53話 ムーアとカミラ
ファンケルは街でお留守番、ダニエウがスーツケースを背中に装備など、前の話で小さい帳尻会わせをしています。
コロコロ変わって申し訳ないです。
修平達がアンデッドの最上位種と対峙する少し前、ゴルド達のいる天幕では、皆慌ただしく動いていた。
急に周辺が暗くなり、轟くような咆哮が鳴り響く。
外に出てみれば、今まで見たこともない大きなスケルトンが遠くに見える。
流石にこの天幕にいる者は、職員も含め、それなりの猛者ぞろいだ。
それ故に咆哮の影響を受けた者はいなかったのだが……
「レイリーはあのデカ物をやってくれ、あんなのに来られちゃ城壁なんぞ意味がないから……なぁ!?」
喋っている最中にそれは起きた。
空でいきなり何かが弾けたと思ったら、光の矢となり、アンデッド達に降り注いだのだ。
「おやっさん! なんだありゃ?」
レイリーもパーティーの女性達も、見たことがない光景に唖然としている。
だが瞬時に頭を切り替え、アンデッドの群れに突っ込んで行った。
流石はSランクパーティーといったところか。
レイリー達を見送ると、ゴルドは頭を抱えその場に踞る。
(あいつ、自分は目立ちたくないとか言いながら、おもいっきり目立っているじゃねぇか! まさか、あの話も本当の事なのか?)
ゴルドは、修平がアハトで"魔物五百体程を一人で倒した"という話があったが、それは流石に眉唾物だと思っていた。
だがこの光景を見ていると、あながち嘘ではないと思えてくる。
これは、そのくらい異様な光景だった。
「これが勇者か、ちょっと規格外すぎるんじゃ……」
ゴルドは空を見ながら、ポツリと呟くのだった。
場面は修平達に戻る。
お互いにまだ動いてはいないが、肌に感じるプレッシャーが半端なものではない。
修平の額にも汗が滲む。
ダニエウ達は足手まといになると、サイコが連れて行った。
ダニエウ達は半分、気を失いかけてはいたが……
あっ、スーツケースが落ちたぞ。
まぁ、いいか。
敵の数は二人だけ。
色白い肌の女と鈍く光る鎧を着た男。
一見、普通の人間に見える。
だが発する声が人のそれとは違っていた。
精神が弱い者ならば、それだけで魂を抜かれるだろう。
『いつまでにらめっこしているのかしら、来ないならこちらから行くわよ? 光栄に思いなさい、そちらの綺麗なお嬢さん達は私の人形にして可愛がってあげるわ』
女性はニタリと笑うと、その口には尖った犬歯が見えた。
女は手の平から霧を出すと、アリエル達に吹き付ける。
霧はアリエル達を包み、女共々、何処かに消えてしまった。
『ならば、俺の相手はこの男か。ふむ、なかなか屈強そうではないか、取り込んだら旨そうだ。せいぜい心地よい断末魔を聞かせて欲しいものだ』
アリエル達の事は心配だが、そう簡単にはやられまい。
こちらも全力でこの男の相手をしなければならないだろう。
見たところ男は両手に武器を持っていない。
どういう攻撃をしてくるのだろうか?
『貴様も死して尚、このムーアの体の一部となれる事を光栄に思うがいい』
ムーアと名乗った男は、ゆっくりと右腕を修平に向かい振りかぶる。
そんな離れた場所では届かないだろうと思っていた。
が、右腕が瞬時に膨張し、巨大な肉の塊となり、修平へと振り下ろされる。
空から重機でも落ちてきたような、凄まじく重い衝撃。
地面が激しく揺れる。
その攻撃を間一髪で避けると、自分が持っていた分の魔力ポーションを一気に飲み干す。
「ゲプッ、魔力も体力も全快にはほど遠いが、文句を言っても仕方がないな。こっちもいくぞ、チェーンソー!」
風の刃を纏ったツヴァイフェンダーの長さは二メートルを越える。
それを伸びきった腕へと振り下ろす。
膨張した右腕は簡単に分断できたが……
『その攻撃ではあまり意味が無い。俺は快楽、愉悦はあっても痛みがないのでな』
ムーアは更に左腕を膨張させ、伸ばし、切られた右腕の先を取り込む。
すると右腕も瞬時に再生し、両手をもって修平を挟み込もうとする。
修平は距離を詰めるように前へかわすと、本体に狙いを定め、敵の腕ごと剣を横に凪ぐ。
本体が真っ二つになるが、ムーアは意にも介せず、今度は右足を膨張させ、蹴り上げる。
転がりながら攻撃を避けると、修平はチェーンソーを解除する。
「切った、はったは意味が無いか。だが右腕を取り込んだということは、体は無限の再生ではなさそうだ……ならば!」
ムーアの巨大化した右腕が凪ぎ払われるが、シールドを全開にして一瞬だけ動きを止める。
ピシッ!
腕輪に埋め込まれた玉にヒビが入る。
この腕輪には毎回かなりの無理をさせている。
もう、あまり長くは持たないかもしれない……
修平はそのまま腕を切り落とすと、男の落ちた腕に魔力を集中させる。
「硬度はマックスで、分断させながら、何層にも囲め! 土壁三十層!」
『なに?』
ムーアは残った腕を急いで戻そうとするが、修平はその隙を見逃さない。
「どうした? 今まで勝ちゲーばっかりだったから、流石のお前でも油断したのか?」
挑発を加えながら間合いを一気に詰め、回転を加えた一撃で両足を両断。
鎧に蹴りを放ち、本体を空へと飛ばし、残った両足に向け魔力を放つ。
「本体から分断した方は操作できないみたいだな。体がどういう原理で膨張しているかわからないが、これならどうだ? 磁石ヌリカベからの重き石の石像!」
ムーアの両足は磁石の壁で挟まれ、すり潰されると、そのまま周りごと石像にされ固められる。
空から落ちてきたムーアの体は、四肢も元に戻っていた。
だが、体のサイズが一回り小さくなっている。
『貴様はいったい何なのだ? 三百もの歳月をかけ、ここまでなったというのに』
「なるほどね。吸収をしようにも、周りには既にお仲間はいないものな。心配しなくてもいいぞ、墓碑にはポーションをぶっかけてやるからさ」
修平はムーアの目の前でポーション"上"を見せびらかす。
『……これが怒りというものか、貴様は必ず殺す!』
ムーアは怒りに身を任せ、策もなく、修平へと突っ込んで来る。
「こんな安い挑発にのるとはね、再生する奴とはそれなりにやっているんだよ。こっちはさぁ」
縦に両断し、更に横に切りつける。
四分割にしたところにポーションをかけ、再生を阻害。
細かく切り刻み、更にポーションをかける。
『貴様! 貴様だけは―――! ゴフゥッ!』
小さくなったムーアの口から黒い煙のような物が出てくる。
『力が……もう、止めてくれ。俺は消えたくないのだ……』
ムーアの最後の意識が残った塊を、修平は両足と同じように固めていく。
「愉悦や快楽はあると言ってたな。三百年もの間であれば、今のお前と同じように慈悲を求めた者もいただろう? だが、お前はそれを聞きもしなかった筈だ。お前が今感じている。それが恐怖ってもんだ」
『き、きょうふだ……』
ムーアの呟きは途中で途切れる。
すり潰され、固め終わる。
そこは石像の頭の部分になるようにイメージしておいたのだ。
修平は最後の残ったポーションを、石像の頭へとかける。
白い煙を上げながら、ムーアの意識は完全に消えていったのだった。
「こっちは終わったか、魔石は回収できなかったが仕方ない。特殊攻撃が無かった分だけ楽だったな」
例えば、普通の者がムーアと闘えば、スピードの乗った物量と質量で簡単に潰され、ムーアへと吸収されていただろう。
凄まじい剣速をもって、再生を追い付かせずに分断する。
詠唱も無しで魔法を使い、個別に分けて固めていく。
他の誰にこんな真似ができようか?
それにまったく気付いていない修平であった。
『石の中に魔石反応あり、エネルギーのみ回収します』
何か聞こえたような気がするが、そんなことよりも、あちらはいったいどうなったんだ?
「アリエル達はどこに?」
辺りを見渡すが、姿が無い。
戦闘音も聞こえてこない。
応援に行こうにもこれでは……
『ふぅ、人とはまた違う味、だけど中々に美味ね』
いきなり、なにもない所の空間が裂け、女が姿を現す。
アリエル達の姿がないようだが、まさか……
「アリエル達をどうした?」
女は修平を一瞥すると、興味がなさそうに喋り出す。
『今は私、カミラの異空間でお人形になってる最中よ、"紋様持ち"だったかしら、普通と比べてなぜか進行が遅いのよね。でも鬼族の人形は初めてだわ、飽きるまで楽しんであげる。その後は知らないけど』
カミラはさも楽しそうに語るが、修平の怒りは限界だ。
ツヴァイフェンダーで切りつけるが、刃は女の体をスッと抜けた。
攻撃があたらない? なら魔法ならどうだ?
「土柱!」
土の柱はカミラの体を貫通する。
だが、ダメージが無いのか、気にもしない様子だ。
時間をかけるとアリエル達が……
焦りが剣を、体の動きを鈍らせる。
そこに、修平はおもいっきりカミラの蹴りを受けてしまった。
鎧の胸部分が陥没した。
凄まじい衝撃が内臓にまで達する。
ガハッ! ゲホッ! ゲホッ!
『弱っ、ムーアはこんな奴にやられたの? 所詮は三百程しか経っていない小物よね。男、しかも、おっさんなんて趣味じゃないのよ。早く死んでくれないかしら?』
その喋り方を聞くと、いつぞやの女を思い出しそうだが。
どうすれば、どうすればいい?
光魔法はまだ慣れていない。
使うと意識まで持っていかれてしまう。
それで万が一倒す事は出来たとしても、アリエル達が……
「焦るな、まだ間に合う。君ならこんなババアなど楽勝だ」
いつの間にか綺麗な女性が横に立っている。
歳は20代後半くらいだろうか。
凛として、落ち着いている。
『ババアですって?』
「推定七百といったところか、充分にババアだろう。いや失礼、若作りロリババアだったな」
無茶苦茶、煽ってるんですけど……
『あんた誰? いつ現れたの? ふんっ、どうでもいいわね、あんたも綺麗な顔をしているから、私の人形にしてやろうかと一瞬思ったけど……ぐちゃぐちゃにしてゾンビの餌にでもしてやるわ』
「ふむ、歳をとると言葉使いも汚くなるようだ。そこの君、ちゃっちゃと殺ってくれたまえ」
え、俺? 煽るだけ煽って他人任せですか?
第一、攻撃がまったく当たらないのですけど……
女性は小声で喋る。
「あいつは空間を少しずらしているだけだ。攻撃した際にあいつの周辺を広範囲にやりたまえ」
いまいちよく分からないが……
「チェーンソー!」
風の刃を纏わせ再びカミラの体を切り裂くが、刃がスッと体を抜ける瞬間。
「はぜろ!」
言葉を放った瞬間、風の刃が暴発する。
『ぐへっ!』
カミラの上半身が吹き飛ぶ。
直ぐ様再生するがダメージは残っているようだ。
「うんうん、その調子だ。こんな性悪ロリババアは害悪でしかない。さっさとこの世界から、ご退場していただこう」
顔は綺麗だが、何気に口が悪いな。
しかし、敵に同情している暇はない。
「土の竹林! 乱れ風ノコ!」
修平は次々と範囲系の魔法を使う。
しかし、残存魔力が心許ない。
カミラがくたばるのが先か、それともこっちの魔力が無くなるのが先か。
『糞ったれが! 次は必ず殺す! あの女達は可愛がってからなぶり殺しにしてやるよ!』
カミラは自分の体を、数多くの小さな蝙蝠に変え、逃げる準備をしだした。
既に異空間の裂け目は開いている。
このままでは逃げられる……
「ビーストフォームか。え、もう無理? やれやれ、君は詰めが甘いな。しょうがない、見ているだけのつもりだったが。すまないがこれを貰うよ」
それは、アハトでの報酬金の魔石?
女性は魔石を右手で握りつぶすと、左手を蝙蝠の大群に向ける。
「目を瞑りたまえ。邪悪なる者よ消し飛べ、フラッシュオーバー!」
光の奔流が溢れだした。
目を瞑るのが少し遅く、修平は眩しくて目が開けれない。
炎の様な光が蝙蝠はおろか、異空間内部まで焼き付くしていく。
『こんな、こんなの嘘よ! なんなのよあんた達は? あぁぁぁ………』
蝙蝠からカミラの姿に戻ったが、黒炭となり崩れていくと、残骸から黒い煙が上がって消えた。
「ふむ、どうやら時間切れか。そうそう、彼女達を助けたかったらね、ゴニョゴニョ……」
まだ目が開けれない修平の耳元で女性は囁く。
「なんですと!」
「ふふ、じゃあね、また会おう!」
再び目を開けた時には女性の姿は何処にも無かった。
「そうだ! 異空間が持っている内に行かないと!」
修平は異空間の中に迷わず踏み込むのであった。