44話 慟哭と慈しみと
その空き地は兵隊の訓練所でもあった。
現在はかなりの人数がそこにおり、衛兵が現地を調査している。
現場を遠目で見た住人の話によると、激しい戦闘音が聴こえ、何人かが争っていたそうだが、動きが速すぎてよくわからなかったそうだ。
いつの間にか戦闘も終わっており、争っていた者もいなくなっていた。
その為、ただの喧嘩であろうと結論がでていた。
辺りは土が飛び出たり、草木が焦げてたりはしたが、この世界の喧嘩には魔法を使う者もいる。
衛兵達にとっても、それなりに見慣れた光景なのだ。
本当は、もしかしたら町が壊滅していたかも知れないとは、誰も知るよしはなかったのだが……
その頃、おっさん達九人はというと……
その場には台車も置いてあったので、勝手に借り、気を失った修平と、ガムスの遺体を乗せて宿へと戻って来ていた。
あの場所にそのまま遺体を放置しては、後々、面倒臭い事になる。
理由を話そうにも、話を信じてもらえなければ、長い期間この町に拘束されてしまうだろう。
なにより、ガムスが着ている黒い鎧を放置することは、かなり危険だと思われた。
その為の処置である。
決して計画殺人ではない。
ラミィは考えた。
そうだ、どうせならダニエウを衛兵に突きだそうと……
「勘弁して下さいよ! ラミィの姉御!」
「あれ? 心の声が漏れてた? 失敗しちゃった、てへっ!」
「そんな可愛く言っても騙されませんぜ!」
とりあえずのコントは置いておき、修平は宿のベッドに寝かされていた。
修平はまだ目覚めていない。
アリエルとファンケルが心配そうに横に付いている。
サイコとパスモンは戦闘があった空き地に戻っていた。
犯人は現場に戻る。ではなく、一応偵察だ。
ガムスは単独で動いていたのか、たまたま一人だったのか。
二人は顔を隠し、辺りを伺っている。
ダニエウ達とラミィは宿の食堂で軽く呑んでいた。
食堂からは宿の庭が見える。
そこには例の台車が布をかけられて置いてある為、見張っているのだ。
「しっかし、そんな事があったんですかい、俺達何も知らずに楽しんでましたぜ!」
「あたった女性が中々のテクニシャンでしてね、俺達も翻弄されっぱなしでさぁ」
「未知の扉はここにあったんだな……」
ラミィは呆れ果てる。
こいつらには世界の危機など、どうでもいいのだろう。
何故こんなやつらにつきまとわれているのだろう。
修平には、ほんの少しではあるが、同情する。
「これからどうするつもりで?」
「概ね変わらないわ、首都クロイツに向かう。しかし、"あれ"をどうするか。ね」
ラミィは台車に視線を移す。
遺体は燃やすにしても、黒い鎧をどうするべきか……
ファンケルも風神の加護に目覚め、聖霊も使役できる様になった。
研究の為に、鎧は南の里へと送るべきだろうか。
しかし、もし敵が取り返しに来たらと思うと……
「修平が起きてから話し合いね、深く考えてもしょうがないわ……」
ラミィは考えるのを諦めて、冷えた果実酒で喉を潤すのだった。
「ん、ああっ!」
修平は目覚めた。
周りを見渡し、アリエルとファンケルの顔を見ると安堵する。
たが、ふと思い出す。
手が震えだし、両手には人を切った感覚が残っている。
ガムスの目から徐々に生気が消えていく様が、脳裏から離れない。
「済まない、ちょっとだけ、一人にしてくれないか……」
アリエルとファンケルに外に出てもらい、必死に手の震えを止めようとするのだが……
「お、俺は人を……ころ……」
後悔などしていない、と言うと嘘になる。
あのままではファンケルが殺されていた。
仕方がなかったのだ、奴は敵だった。
放っておいたら皆殺されていたのだ、しょうがなかった。
言い訳ばかりが頭をぐるぐると駆け巡る。
人殺し! と誰かに言われた訳ではない。
だが、思いと心は別物だ。
自ずと涙が出てくる。
「ああっ、あっ、ああああああっ!」
慟哭。
いつかは訪れると思ってはいた。
いつかはやらないといけないと思っていた。
だが、だが……
アリエルはドアの外で、修平の叫びをうつむきながら聞いていた。
アリエルは何かを決意したように顔を上げる。
「ごめん、ファンケル。ちょっとラミィ達の所へ行ってくれないか?」
ファンケルは頷くと、ためらいながらもアリエルの言うことに従う。
何度も気にして、振り替えってはいたが……
「修平、はいるぞ!」
アリエルはいきなりドアを開け、部屋の中へと入る。
すると、修平は咄嗟にシーツの中に隠れた。
アリエルはふわりとシーツを外し、ベッドに入ると、修平を己の胸に受け止める。
「泣けばいいんだぞ。お前は優しすぎるから、今は泣いて、泣いて、泣いて。全部あたしが受け止めてあげるから、修平は心配しなくていいんだ……」
「ん、ああ、ああ、ああっ!」
涙が止まらない。
修平はアリエルの胸で泣き続ける。
アリエルは赤子をあやすように、修平を優しく撫で続けたのだった。
ファンケルも食堂に降りてきており、今はジュースを飲んでいる。
「へへっ、ラミィの姉御、いいんですかい? アリエルの姉御とられて……あだっ!」
ラミィはかなり不機嫌な顔をして、ダニエウにチョップする。
「私はあんた達と違って、空気がちゃんと読めるできる女なの! こんな時は流石に何も言わないわよ! でも、あー、ムカつく、あんた達は今日は庭で"あれ"の番をしなさいよ!」
それだけ言うと、ラミィはファンケルを連れて部屋に戻って行った。
「え〜、勘弁して下さいよ〜!」
「こ、怖いじゃないですか!」
「ゆ、夢にでてきそうなんだな……」
ダニエウ達が後ろで何かを言っているが、ラミィは無視する。
二階へと上がり、ラミィとファンケルは修平の部屋の前を通る時、中からアリエルの激しい喘ぎ声が聴こえてくる。
ファンケルは顔を真っ赤にして俯いている。
「これはしょうがない、どうにもしょうがない、しょうがないのよラミィ……」
自分に言い聞かせるように、同じ言葉を呟き、部屋へと戻るラミィなのだった。
深夜、皆が寝静まった頃……
『現勇者の波長パターン解析完了』
『ボックスオープン』
『ボックスにより魔王の欠片を消去します……確認しました』
『魔石吸収によるエネルギーも枯渇しました』
『エネルギー不足により休眠モードに移行します』
そして宿には、再び静寂が訪れるのであった。
十万字を越えていればいいらしいので、調子に乗ってESN大賞に応募しました。
載せるだけなら、"ただ"ですからね。
ブックマークも少しづつですが増えていってます。
ありがたいことです。
これからも倒れない程度に頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。