43話 港町での死闘
三章のエピローグに瓶を渡される部分を追加してあります。
浜辺の風亭での食事を終え、おっさん達四人は、今は違う店でゆっくりと食後のお酒を呑んでいる。
ファンケルは未成年ゆえ、中身はジュースだが。
浜辺の風亭は人気店で、次から次へとお客が入って来る為、長居しては悪いと思い、早々と店を出た。
おっさんは空気の読める男なのだ。
ラミィは氷の付与を使える。
これはと思い、店の鉄器製品のコップを凍らしてもらった。
プハァッ〜〜〜!
……感動はここにあった。
やはりビールは冷やして飲むに限る。
この世界の住人は温いビールなど、よく耐えれるものだと思う。
ふと、視線を感じる。
……やはり、ついてきている。
先程の店でもうっすらと感じてはいた。
他のお客で店は大変混雑していた。
自分達は珍しいパーティーゆえ、多少は視線が集まるのは仕方ないとは思っていた。
だが、目配せをし、他の三人に店を出た後は外套のフードを目深に被ってもらい、回り道をしてこの店に来た。
この場所は浜辺の風亭から、かなり離れている。
町でもどちらかというと、外れの方にある酒場だ。
店に入ってからも、修平以外はフードは外していない。
この店の店員にはちょっと怪しまれたが、港町は色々な人種が訪れるのだろう。
あまり深くは立ち入らない様だ。
この店はお客もまばら、四人は隅にある席に座っている。
他のお客は三組、その内二組は始めから店にいた。
自分達より後に入ってきた一人の男? が怪しい。
その人もフードを深く被っているため、人種はおろか、男か女かもわからない。
ただ身長がかなり高い、それゆえ男ではなかろうか。
この世界は衛兵こそいるが、彼らは魔物から街を守る為にいるのであり、元の世界の警察という役割を担っている訳ではない。
一応、犯罪者を取り締まるときも無くはないが……
街の中でも犯罪は普通に行われる。
中には結託して悪巧みをする者さえいるのだ。
自分の身は自分で守る。
それがこの世界では常識なのだ。
おっさんも酒は呑んでいるが、酔うほどではない。
他の三人も同様、腹も八分目らしい。
ち、ちょっと待って!
あんなに食べたのにまだ八分目なの?
金貨三枚もかかったよ!
結構な金額なんだけど!
「いるわね……」
おっさんの悲しみは無視された。
馬鹿な態度はこの位にしておこう。
ファンケルはともかく、アリエルとラミィも気づいている。
「もう一軒試すか? 偶然ってことも考えられるし」
アリエルも警戒は怠らない。
「え? え? 何がですか?」
ファンケルはまだ気づいていなかった様だ。
仕方ない、里の外など慣れていないだろうから。
気をつけて見ていないと、いつの間にか拐われそうだな。
「時間も時間だ、ダニエウ達はともかく、サイコ達も心配しているだろうから、そろそろ宿に戻らないといけないのだが……」
このまま宿までついてこられて、夜中に奇襲されたのではたまったものではない。
狙いが、金か、彼女達かもわからない。
見た目は三人共可愛いからね。
拐う方からすれば需要は高そうだ。
ラミィは拐った後の方が怖そうなんだが……すいません。
何見てんだよ! ってガン飛ばさないで下さい。
「来る途中に広めの空き地があった。そこで一旦、酔って休憩してる振りをしようか。何か起こすにしても、周りに迷惑はあまりかけたくないから」
盗賊の類いなら、容赦する必要はない。
取っ捕まえてから衛兵に突き出せばいい。
今のこの戦力なら簡単な事だろう。
何もないなら、それに越したことはない。
会計を済ませ、四人は店を出る。
外は夜の帳が下り、襲撃するにはもってこいの環境だ。
空き地は周りに店も住宅もない。
「はぁ、少し酔ったわね。ねぇ、修平……この後どうしましょうか? 宿に戻ってベッドに行く?」
ラミィがデレた……ってのは演技だが、やはりついてきている。
「もう、いいんじゃないか?」
アリエルは回りくどい事は嫌いな様だ。
む、アリエルが腕を回してくる。
顔が心なし赤い。
「いい加減、腕を放せよラミィ……」
違った、やきもきだった!
「僕も、僕も!」
どうやら、ファンケルは空気を読むのは苦手な様だ。
「とにかく、そこの奴、いい加減出てきたらどうだ? そっちだって気づいている事に気づいているだろう」
怪しい奴はフードを外し顔を見せる。
やはり男か、それなりに若そうだ。
見た目は悪くないが……
ガクガクブル、ガクッ……
ファンケルが青い顔をして震えている。
なんだ?
「エルフだったからな、気になった。逃げた者も少しはいた。確認だよ、確信に変わったがね」
ファンケルを除く三人は緊張を高め、臨戦態勢をとる。
今の発言から察するに、北の里襲撃に関わっていることは間違いない。
「一応、向こうが事を起こすまでは、こっちも大人しくしているつもりだった。だが仕方あるまい、生き残りは始末しないといけないのでな」
男は外套を脱ぎ捨てる。
やはりそうなのか……
黒い鎧を着ている。
見覚えがある物とは形は少し違うが、おそらくは……
「ガリオン帝国なのか?」
男は頷くと名を名乗る。
「我が名はガムスと言う。死すべき者とはいえ、殺された者の名前くらいは知っておいてもよかろう」
死ぬのが前提とは、こちらも舐められたものだ。
こちらもそれなりに死線はくぐり抜けてきている上、ファンケルを除いても三対一なのだ。
この自信はどこからくるのだろう?
ガムスはスラリと長剣を抜く、武器は普通に見える。
以前戦った相手は、二人とも黒い武器を持っていた。
こいつも何か特殊な攻撃をしてくるのだろうか?
ラミィは素早く震えるファンケルを担ぎ、後方へと下がる。
「ファル! あなたは宿に戻ってサイコ達に知らせなさい!」
だが、体が動かないのかファンケルは微動だにしない。
ラミィは舌打ちをすると、ファンケルを軽く蹴り飛ばし、更に後方へと吹っ飛ばす。
「しっかりなさい! 私達はこいつを止める。あなたにはあなたにしか出来ない事をやりなさい!」
その間に修平とアリエルはガムスと対峙している。
アリエルも完全武装済み、修平も右手の盾と左手のシールドでガムスの攻撃を上手く防いでいる。
ファンケルは頷くと足を震わせながらも、宿へと走って行った。
「なかなかやるものだ。アムトを殺ったのも貴様らか? ならば遠慮はいらんな」
ガムスの鎧から赤黒い焔が溢れ出す。
ラミィはすかさず修平とアリエルに氷の付与で膜を張る。
すぐ後に爆風が吹き荒れる。
煙が晴れると、そこには鎧が変化したガムスが立っていた。
焔により薄く風の膜が鎧を包んでいる。
「力はまだ温存しなくてはならんのでな、お前らにはこれで充分だろう」
余裕だな。
だが、ガムスからはレオニアルに似た威圧感が肌に突き刺さる。
怖い、本音を言うなら戦いたくはない。
「二本の土柱!」
相手に向かい交差するように柱を突き出す。
しかし、触れる前に柱は崩れ落ちる。
「マジか、普通じゃ無理か……なら、これならどうだ?」
少しの間だけアリエルに任せ、修平は魔力を複雑に練る。
アリエルも近づき過ぎは危険なのはわかっている。
棍棒に氷を付与してもらい、離れた所からアムトの様に氷のトゲを飛ばす。
修平の魔法が完成した。
「二つの土壁、からの磁石引力!」
ガムスの足元から土壁を作りだし、強力な磁力により挟み込む。
強度も先程よりは上げた。
これならどうだ!
だが、ガムスは剣を一閃。
焔を纏った剣は易々と土壁を切り裂く。
ガムスは挟まれる前に飛び上がりかわすと、修平に向かってくる。
速い!
どうにか剣で受け止め、なんとか耐える。が、熱気と剣気でジリジリと押されていく。
修平は両手で耐えているのだが、ガムスは右手だけ、片手だ。
ラミィも氷の矢で攻撃をするのだが、左手を軽く凪ぎはらうと矢は悉く消し飛ぶ。
熱い!
剣で対峙したままだと、集中できずに上手く魔力が練れない。
ここにきて修練不足か、水魔法でカバーしようにも隙が無い。
「なら、飛べ!」
ガムスの足元に磁石を作り、修平がいつも空を飛ぶように斥力により高く打ち上げる。
高さにして十五メートル位だろうか、落ちたらただでは済まないだろう。
だがガムスは、熱による気流操作で落下を緩やかにすると、少し離れた所に着地する。
本人は熱くないのだろうか?
しかし、凄く強い。
鎧の力だけではなく、剣技、体術どれをとっても敵わないと思わせられる。
そこにサイコ達とファンケルがやってくる。
サイコとパスモンは剣を巧みに使い、ガムスと互角に戦っている。
ダーククラブ相手では大きすぎて通用しなかったが、対人ならば剣の腕はガムスに劣らない。
首チョンパ大好きっ子だからか……
「ふん、面倒だな」
だが、ガムスが闇の力を自分の周りに発動すると、サイコ達は膝をつく。
「邪魔だ、死ぬがいい」
ガキンッ!
ギリギリだがなんとか受け止めた。
「報告通り、貴様らにはこれが通じないか。だが!」
みんなまとめて吹っ飛ばされる。
勝ち筋が見えない。
このままでは……
「みんなを傷つけないで! お願い風神様!」
ファンケルの持っていた石から鷹が飛び出す。
鷹はガムスに向けて突っ込んだ。
不意を突かれたガムスは咄嗟にだったが、剣で受け止め、弾く。
そしてファンケルを睨み付ける。
「ふむ、とりあえずは目標を始末するか」
ガムスはファンケルに向かって凄まじい勢いで駆け出す。
剣がファンケルを袈裟斬りにする直前、誰しもが間に合わないと思っていた。
アリエルとラミィもファンケルが切り裂かれる姿を思いうかべ、目を反らす。
だが、修平は間に合った。
「あああっ!」
「なんだと?」
ガムスは驚愕の表情を浮かべる。
修平のスピードが恐るべき速さで上がっていく。
今まではなんだったのか、というくらいに剣を振る力も篭っている。
ガムスの方が徐々に押されているのだ。
「なんだこいつは? この力、まさか、こいつが勇者なのか? 報告では勇者は死んだはずでは……」
「らあっ!」
「ぐっ!」
修平はこの世界に来てから、魔物は倒してきたが、人をまともに切ったことが無い。
それゆえ人と対峙すると無意識に力をセーブしていた。
ファンケルが切られそうになった時に、その無意識で押さえていた"タガ"が外れた。
筋肉は悲鳴を上げている。
だがそんな事はお構い無しだ。
このままではやられると感じたのか、ガムスは距離をとり魔力を鎧に注ぎ込む。
「出来れば、使いたくなかったのだがな」
そう言い残すと、徐々に闇が大きくなり獣の形になっていく。
が、そこにラミィの放った矢が飛んで来る。
矢の先には二つの瓶がくくりつけられていた。
瓶は元はガムスであった闇に当たると、闇が急速に縮んでいく。
「なに? なんだこの液体は?」
闇は無くなり、ガムスも元に戻る。
ガムスも何が起きたのかわからない様子だ。
「あんたが北の里で逃したっていう、エルフの怨念よ」
ラミィとしてもこれは賭けだった。
南の里を出るときに渡された二つの瓶。
効くかどうかはわからなかったが、無我夢中で放ったのだ。
動揺しているガムスに修平の剣が振り下ろされる。
ガムスも両手を使い、受け止めるが……
「があああああっ!」
「はっ、これまでか……」
修平の剣は鎧を肩口から切り裂き、ガムスの胸辺りで止まった。
「ゴホッ、申し訳ありませんリンネさま、ゆうし……ほうこ……」
最後は言葉にならなかった。
血を吐き出し、ガムスは事切れる。
修平もその場に崩れるように倒れた。
アリエル達も慌てて修平の元に駆け寄る。
「修平! 修平!」
「アリエル、大丈夫よ、気を失っているだけだわ。助かったのね私達……」
みんな殺されると思ったが、どうにか命はとりとめた様だ。
まさか、修平があんなにも強いとは……
敵は勇者という言葉を言っていた。
修平が勇者なのだろうか?
ラミィは思案する。
ちょっと勇者とのイメージが賭け離れているのだが……
「なんとか体は動くか、これが闇か、なんにもできなくなるの……」
サイコ達も動けるようになった様だ。
そこに遅れてダニエウ達がやって来る。
「あー! 旦那! なんだこれ? いったい何があったんだ?」
三人ともなにやらグッタリしている。
どうやら他の所で体力を使い果たした様だ。
ラミィは呆れている。
「あんた達ってほんと役立たずね……」
既にこの場は騒ぎにはなってきているが、隠れる様に九人は宿へと戻るのであった。