40話 二人のSランク
首都クロイツ、冒険者ギルド本部。
ツェーンの街からの報告により、ギルド内は慌ただしく動いている。
ファーデンの近場で二つのエルフの里が崩壊した。
しかも、この短期間にだ。
始まりの森方面の調査にもAランクパーティーを二組行かせているが、まだ戻ってきていない。
そこに加え、今回の報せがもたらされた。
事が事だけに、低ランクパーティーでは荷が重いだろう。
最近、ファーデン周辺に出てくる魔物も強個体が多く、冒険者の中にも命を落とす者も少なくない。
今は、圧倒的に人手が足りない。
「レイリー! そっちはどうだ?」
「おやっさん、まともな情報がはいってこねぇ! 俺らが直接行った方が速くね?」
各街のギルド支部から通信機を使い、襲撃の情報を集めているのだが大したものは入ってこない。
世界中のギルドの中で最高のSランクは三人しかいないのだが、その内の二人がこのギルドに在籍している。
もう一人は西の大陸にいるのだが、最近連絡がとれないらしいと、西の本部の人間がぼやいていた。
おやっさんと呼ばれたひげ面強面のこの男が、東大陸の本部の老ギルドマスターである。
依頼中に左腕が動かないほどの大怪我をしてしまい、冒険者稼業を引退した、元Sランクの冒険者でもある。
現在のSランクの二人の内の一人がこのレイリーという男。
性格は軽いが実力はかなりのものだ。
パーティーメンバーもAランクが二人にBランクが一人。
高レベルのパーティーなのだが……
「駄目だ! 何かあった時の為にお前らにはここに居てもらわないといけない。ただでさえ今は、エネルが魔物退治で出払っているんだぞ!」
レイリーはため息を吐く。
「こんな事なら変わってもらえばよかったよ」
「エネルさんはソロで速く動く。何かしら依頼を与えてないと勝手にどっかに行ってしまうのだから。もぅ、そんなに腐らないでよ」
「しょうがないよね〜」
「……」
レイリーのパーティーメンバーが彼を慰めようと声をかけてくる。
最後の者の声は聞こえないのだが……
三人共、女性である。うらやましい。
魔導師、盗賊、ヒーラーとパーティーバランスもとれている。
レイリーは魔導師の女性を見てニヤリと笑う。
「あ〜体を動かしてぇ! しょうがねぇな、するかメイ?」
「嫌よ! 腰が砕けて、しばらく動けなくなるでしょうからね」
熱々である。ハーレムパーティーか、この野郎!
レイリーは話題を変える。
「ニナ、エネルはどこに行ったっけか?」
「湖に巨大な魚が出たって依頼だったかな?」
盗賊の女性が答える。
「ならいいや、水の中とかメンドクサイ」
「……」
ニナは呆れ顔だ。
「聴こえないよ。リーンはもっと大きな声を出さないとね〜」
「ベッドの中ではそれなりなんだがな〜」
リーンは顔を真っ赤にしてレイリーを叩いている。
「くっ、見せつけやがって! 儂だって、儂だって速く帰ってイチャコラしたいぞ!」
老ギルドマスターは涙を流し、耐えるのであった。
彼は58歳にして新婚なのである。
最近、怪我により冒険者を引退した女性と結婚した。
彼女に打算があったかどうかは、さだかではないのだが……
もう一人のSランクはエルフのエネル。
実際はアメリアの祖父でもあるのだが、彼の正確な年齢はおろか、いつからこの街にいるのかも、街の誰もが知らない。
現在、エネルは湖の真ん中で舟に乗り、巨大な竿を垂らしていた。
依頼は漁師の舟をいくつも沈めている魔物を退治してほしいというものだった。
中には舟ごと喰われた人もいたらしい。
「なかなか釣れないね〜」
いったい何を釣ろうというのか、いや、釣れたとしても引き揚げられないだろうに。
「ふぅ、直接行くか」
エネルは裸になると湖に飛び込んだ。
魔法で顔周りに空気の膜を作り、呼吸を確保する。
そして、下へ下へと潜っていく。
武器は細身のエストックのみ。
湖の中は、濁りこそ少ないが、それなりの深さになると日の光が届かなくなる為、薄暗く、視界が悪い。
その時、視界の端にキラリと何かが光った。
それはもの凄いスピードで、エネルめがけ大口開けて突っ込んでくる。
「あれかな?」
エネルはギリギリ避けると、すれ違いざまにエストックを突き刺し、体を魚に固定する。
全身を眺めてみると、それは巨大なナマズだった。
「おいしいかな〜?」
ナマズはエネルを振り切ろうと、体を捻らせたり回転をしている。
それでもエネルは離れない。
湖底に体ごとぶつけ、潰そうとナマズは勢いをつける。
「自分も少し痺れるから嫌なんだけどね〜」
エストックに埋め込まれた黄色の石に魔力を込める。
すると、雷が周囲に迸ると、轟音を響かせながら光に包まれる。
「あたたっ、でも、うん、終わったかな」
ナマズは動きを止め、ひっくり返った。
そのまま浮力により、湖面へと上がっていく。
エネルもナマズと一緒に上がっていく。
舟に備え付けられた縄をナマズにくくりつけ、舟上へと這い上がると、風魔法で体を乾かし、服を着る。
「よし、帰ろう」
風魔法で推進力を発生させ、陸地に向けて舟を走らせる。
クロイツ近くのバースに着くとドライドッグにナマズを引き揚げ、驚いて固まっている漁業組合員へと渡す。
これにて依頼完了である。
「後はよろしく〜」
そして、エネルは意気揚々とギルドへと戻って行ったのだった。
依頼達成まで1日もかかっていないのだ。
そのスピードに、漁業組合員は信じられないといった様子だ。
「ただいま〜」
エネルはギルドの扉をくぐる。
老ギルドマスターが出迎える。
「おう、エネル。早かったな」
「楽勝、うん、なにかあったの?」
エネルはギルドを朝早くに出ていった為、北の里が崩壊したことは知らない。
少し前の始まりの森崩壊時には、報せがきてすぐに向かったのだが既に何もなかった。
細かい調査は他の者に任せ、街にすぐに戻ってきたのだが……
ギルドマスターは重い口を開く。
「始まりの森に続いて北の里もやられた、犯人はまだわかってない」
この街はエネルに昔から恩がある。
そのエネルに告げるのはかなり酷なのだが。
「そう、今日は疲れたから屋敷に戻る。はい、これ」
エネルは淡々と書類を書いている。
老ギルドマスターも拍子抜けだ。
もっと怒るなり、嘆くなりしないのだろうかと。
エネルは帰る途中、空を見上げる。
何かを思い出すように。
「ようやく、といったところかな……」
そして、意味深な言葉を呟くのであった。