10話 護衛依頼と初めての野営
次の日の朝方。
修平はいつものように、ギルドへと向かう。
健康的な生活を続けている為か、心なしかお腹がへこんだような気がする。おそらくだが。
「ナタリーさんからの指名ですね。トゥラン商会の馬車を、エルフの交易所まで往復するという護衛依頼です」
「エ、エロフ?」
「エルフです!」
リリアに冷静に突っ込まれた。
おっさん、悲しい……
「西の森の奥にエルフの里があるのですが、人が入れないように結界が張ってあるんです。その近くに彼らは交易所を作っているのですが、特産品はそこから仕入れているんですよ」
どうやら、トゥラン商会は定期的にエルフと取引をしている。
特殊な蜂蜜や薬など、エルフしか作れない物も多いのだとか。
だが、この前のゴブリン騒動のせいで、しばらくは取引を停止していたそうだ。
「トゥラン商会は、前回襲撃にあったみたいなので……今回はナタリーさんを連れていくそうなんです。そのナタリーさんからの指名ですね」
なるほど、ならば断る理由もない。
ウサギもシーズンオフになる事だ。
行動範囲を少し広げてみるのもいいかもしれない。
「わかりました。その依頼受けます」
リリアの話では、準備ができ次第、店の方に来てほしいそうだ。
宿で軽く荷物を確認し、修平は店へと向かう。
「すいませ〜ん!」
商会のドアをくぐると、少女と店員がせっせと働いていた。
「あっ、修平さん! 準備の方は大丈夫ですか?」
ティアナだ。心の傷の方は、もう大丈夫なのだろうか……
「ギルドで護衛依頼と聞いて、きたのだけど……」
「はいっ! 店の裏で、ナタリーが馬車に荷物を詰んでます。急ですみません。修平さん、今回はよろしくお願いします!」
元気そうでなによりだ。
ティアナは娘と同じ位の歳なので、顔は全然似ていないが……
少々、ホームシック気味で記憶が被るのだ。
早く元の世界に帰りたいものである。
前回は、ティアナに初めての旅の経験を積ませ、更にエルフへの顔見せも兼ねていた。
ティアナも14歳になった。
トゥラン商会にとって、通過儀式の様なものらしい。
それがまさか、ティアナの両親もあんな事になるとは思わなかったのだろう。
今回の護衛は、ナタリーといつぞやのナイスミドル、そこに修平が加わる。
後はティアナと、女性の店員が一人行くのだが、なにやら女性の店員の鼻息が荒い。
どうやら、彼女はエルフスキーみたいだ。
エルフの交易所は、ドランから出て馬車で3日ほど。
野営もしなければならないが、野営の準備は商会の方でしてくれるそうだ。
正直な所、凄く助かります。
「了解。ちょっとナタリーに挨拶してくるよ」
今回の依頼、報酬はそこまで高くはない。
だがエロフ、いやエルフがとても気になるおっさんなのであった。
「おっ、来たようだね。こっちの準備はだいたい終わったよ。ゲラートがお嬢様を呼びにいってるから、そろそろ出発するよ!」
ナイスミドルの名前はゲラートと言うらしい。
ウイッ◯ャーに出てきそうな名前だな……
今日の行程は、日が沈む前にひとつめの野営地に着くこと。
周りは森なので、狼の魔物とかがでるそうだ。
よく最初の迷子の時、魔物に出会わなかったものだ。
遭遇してたらいきなりゲームオーバーだったかもしれない。
しかし、ナタリーさえいれば、一人でも蹴散らしそうなんだが……
「数で囲まれると一人で殺るには限界があるからねぇ、まぁ、今回はあんたもいるからね、安心できるよ」
頼られているのか、はたまた、獲物を血祭りにするのが、ただ楽しいだけなのか。
え、笑顔が怖いんですけど。
「何事も経験さ、あんたも護衛は初めてなんだろう」
なんとなくだが、ナタリーも感じているのだろう。
修平が、この世界の異物だということに……
歳の割には、物をあまりにも知らなすぎるおっさんなのだ。
最初から森の中で迷子とか……くまさんもびっくりだ。
ティアナの両親に見送られ、ドランの街を後にする。
修平も初めての遠征、初めてのエルフ。
ついつい年甲斐もなく、胸が高鳴るのであった。
天気は良好。
魔物に一度も襲われることもなく、行程もすんなり進む。
行く最中、ナタリーから野営の下準備等、様々な事を教わり、修平はメモに書いていく。
いらない荷物は商会に預かってもらい、いつものリュックには最低限の物を持ってきた。
往復6日、交易所にかかる時間も考えると、宿を一度解約した。
節約、節制、お金は大事なのだ。
「思ったより速く着いたね、早速野営の準備を始めようか」
ナタリーは慣れた手つきで、テントを次々と組み立てていく。
ティアナと女性の店員は馬車の中で眠る。
修平達三人は、馬車を守る位置にテントを配置した。
ティアナ達二人は薪を集める、そこにゲラートが魔法で火をつけた。
修平は近くの川に向かう。
水汲み担当を任されたのだ。
最近、土魔法の練度が上がってきたおかげで、硬度調節も可能になってきた。
川につくとデカイ瓶を作り出す。
中に水を満たし、蓋をすると、それをコロコロと転がしながら運ぶ。
前までなら、瓶は割れてしまったであろう、だが、おっさんも日々進歩しているのだ。
年の功より瓶の硬なんちって……
閑話休題
「ご飯ができました!」
夕食のメニューは、水に干し肉と野菜を煮込んだスープ、それと硬めのパンだった。
不味くはない、だが美味しいともいえない。
夜営だから仕方ないのだが……
未だにこの世界では、米だけではなく、麺の姿も見ていない。
元の世界に戻ったら真っ先にラーメンが食べたいものだ。
ラーメンライス大好きおじさんなのである。
とても太ってしまうのだが……
夜間の見張りは2時間交代で行い、修平の順番は3番目になった。
とりあえず仮眠をとろうとするのだが、下がゴツゴツで痛い!
「この堅さ、無茶苦茶腰にきそうだよ! 助けて! トゥルース◯ーパー!」
修平はヘルニアではない、だが腰痛気味なのだ。
故に、家にあった某マットレスが恋しくなるのであった。
とはいえ、護衛は明日もあるのだ。
無理をしても軽く寝ないといけない。
修平は痛みを我慢して、横になるのだった。
「交代だ。修平の番だよ」
修平はゆっくりと目を開ける。
ビクッ!
起きると目の前にナタリーのドアップの顔が。
どんなホラーだよ……おぉう、びっくりした。
そういえば野営をしていたんだった。
起きたらいきなりナタリーの顔とか勘弁して!
もう少しで心臓が止まるかと思ったよ!
「わ、悪い……熟睡してた……」
ナタリーは手をヒラヒラさせ、自分のテントに入っていく。
起きている間は、とりあえず火を絶やさずに、周りを警戒してればいいらしい。
修平は久しぶりにスマホを起動する。
写真を眺めながら、修平はちょっと物思いにふける。
確実に前進しているのは分かるのだが、このままのペースでは、帰るのがいったいいつになるのか……検討もつかない。
死にはしなくても、時間がかかりすぎて、おじいちゃんになってしまうのではという思いもある。
「リアル浦島太郎みたいだな……」
考えてもしょうがない、誰も答えはくれない。
その後、何事も起きることはなく、夜はふけていくのであった。
交代して、また仮眠をとる。
次に起きた時、出発の準備にとりかかる。
どうやらナタリーは、旅に慣れていない修平の負担を減らす為、夜間の見張りの順番を減らしてくれたようだ。
2日目の朝、天気は少々曇り気味。
雨が今にも降りそうな空模様。
街道はあるが、整備がそこまでされてない為、道がぬかるんでくるとキツそうだ。
次の野営地には近くに滝があるそうで、景色がとてもいいらしい。
「物見遊山の気分でなら、とても気が楽なんだけどね……」
時間が昼に近づくと、ポツリポツリと雨が降ってくる。
「やはり降ってきたね。気を引き締めていくよ。雨が降ると奴等がやってくる確率があがるからねぇ」
ナタリーさん、それフラグです。
事前に聞いていたが、雨が降るとトレントという魔物が活性化するらしい。
そのまんまの木の魔物で、枝を使い攻撃してくる。
地面が柔らかくなると、根っこを土から引っこ抜き、トコトコ歩いて襲いかかってくるそうだ。
三流ホラー映画みたいだな。
しばらくすると、修平達の目の先に、三体の歩いている"木"がいた。
見た目、かなりシュールな絵面なのだが……
「火魔法が弱点だが、雨だと威力が半減する。木のどこかに顔のような模様がある。そこを狙いな! ゲラート!」
先手必勝だ!
威力は弱まるが、雨なら延焼で森林火災も起きにくい。
ゲラートは幾つかの火球を生み出すと、一体に向けて放つ。
火球がトレントに見事命中すると、動きが鈍り、敵の攻撃が遅くなる。
「風ノコ!」
修平の風魔法が、トレントの枝を次々と切り落としていく。
「ふんっ!」
ナタリーの鋭い一撃が、トレントを真ん中で真っ二つにする。
模様もなにも、ナタリーには関係ないらしい。
どんだけだよっ!
「せいっ!」
最後の一体の模様を削る、すると、トレントは動きを止め、その場にパタリと倒れた。
「はぁ、はぁ……」
最後の一体は、修平の練習の為、一人で任されたのだ。
かなり息も絶え絶えだが、なんとかはなった。
おっさん、確実にレベルアップしている。
軽快な音が、どこからか聴こえてきそうだ。
「うん、今のはいい動きだった。まだ荒削りだけどねぇ、それなりの形になってきているじゃないか!」
修平、ナタリーに褒められる。
この世界に来てからというもの、体の調子は上がっているように感じる、まさかのアンチエイジングだろうか?
「魔物を倒すと魔素を少しずつ体に取り込むからねぇ、どうだい? わたしもピチピチだろう?」
ナタリーさん、そんなセクシーポーズをとられても……
修平はあえて、そこには突っ込まないことにした。
横を見ると、ゲラートも目を逸らしている。
「そうなのか、納得!納得……」
修平もスッと目を逸らす。
上手く生きて行くには、空気を読むことも大事なのである。
次の野営地に着く。
夜の番は昨日と同じでいいそうだ。
気を使ってもらって、なんかすいません。
「薪は昨日の内に、乾いていたのを集めておいたので……」
ティアナ、中々にできる子である。
「もうすぐですね、私もエルフ見るのは初めてなんです」
確かに、この世界に来てからというもの、魔物とか以外は人間の姿しか見ていない。
「ティアナ、エルフ以外に種族っているの?」
「はい、東に行くと獣人の国があるそうです。でも王国とあまり仲がよくないらしいので……互いに戦争ばかりしているみたいです」
獣人か、ケモ耳サイコー。
「ここら辺では見ませんが、王都では獣人の奴隷も見かけるらしいです。私はまだ見たことが無いのですが……」
奴隷……獣人……くっ殺せ!
テンプレですね、わかります。
どうやらおっさんの頭の中は、なかなかに腐っているようだ。
しかし、戦争か……
修平は平和主義である。
人類みな平等。
人は人の上に人を作らず。
それはさておき、いずれは行ってみたいものだ。
もふもふは人類の夢と希望なのである。
おっさん的には、だが……
「奴隷か、人の奴隷とかもいるのかな?」
「犯罪奴隷とか、税金が払えなくて奴隷に落ちる人もいますね。ドランは税金がそんなに高くないので、あまり見かけませんが……」
ぜ、税金ですと……
そりゃ、お金がないと街が成り立たないか。
不味い、まったく考えて無かった。
「ぜ、税金っていくらなの?」
お金が足りないとおっさん、奴隷落ち。
冷や汗たらたらである。
でも、そんなに高くないってティアナも言っていた。
だ、大丈夫だよね……
「職業が冒険者ですと……ランクにもよるのですが、修平さんのランクですと金貨一枚ですね。年末までにギルドに納める感じです」
金貨……まだ見たことがないのだけど……
「き、金貨って銀貨、何枚分?」
「百枚です」
百枚か、あと4ヶ月ほどで年末になる。
「早目に払わないと奴隷か……ううむ……」
返済、税金、身の振り方、考える事が多い。
色々な悩みに頭を抱え、唸るおっさんなのであった。