76話 集まる力
「ねえ、瑞希さん。なんで皆、急に慌ただしく動いているのかな?」
美緒と瑞希は王国にある、冒険者ギルドの酒場にて、昼食をとっていた。
山本さんがいなくなった後、美緒がいきなり、一度冒険者になってみたいと言い出した。
瑞希はあまり乗り気ではなかったが、山本さんに強引に魔物退治に連れ出されていた瑞希は、身体能力だけはかなり上がっていたのだ。
登竜門である実技試験も、試験官だったケビンを瞬殺した。
イケメン青年ケビンも、修平に簡単に倒された事をバネに、頑張ってランクをBに上げたのだが……
どうやら、どんなに頑張っても、異世界チートには敵わなかった様だ。
哀れ、イケメン青年、ケビン。
まあ、美緒はギリギリ合格ラインだったのだが……
「何かあったのかしら? あ、ケビーン! こっちこっち!」
瑞希はケビンの姿を見つけ、自分達が座っている席に呼ぶ。
ケビンも瑞希達に気がつき、急いで駆けてくる。
「ねえ、ケビン。兵士みたいな人が来てから、ギルドの中が急に騒がしくなったけど、何があったの?」
兵士達はすぐに出ていってしまったが、すれ違いで、今度は獣人達がギルドに入ってきたのだ。
彼らは来てすぐ、奥の会議室に行ってしまった。
「なんでも、魔王が復活したとか、勇者が出たとか? よくわからないですね。今ギルドの偉い人達が話し合っているみたいですが……もしかしたら召集がかかるかもしれませんね」
「……勇者に魔王か、いよいよ、ファンタジーっぽくなってきたわね。しかし、あの駄ネコ、いったい何処に行ったのかしら?」
連れのネコは"野郎ばっかりは、もういやニャ"と言い残し、いつの間にかいなくなっていた。
飼い主としては気になるが、見た目は化けネコ、しかも、あの強さだ。
心配するだけ無駄というものだろう。
「私達も参加しないといけないの?」
瑞希はともかく、美緒はまだランクFなのだ。
戦いになれば、足手まといにしかならない。
「流石にランク制限はかかるでしょうね。しかし、前回の魔王復活時、世界の人口が1割切ったという話もありますからね。本当かどうかはわかりませんが……」
「あっ、出てきたわ。あれは、ギルドマスターと、エルフ?」
ギルドマスターの横にはエルフと獣人が立っている。
更に奥には、ドワーフの姿もある。
これだけ他種族が揃うのは珍しい。
それだけ事態が切迫しているということだろうか……
「皆の者、聞け! ここにいるエルフの報せにより、魔王の復活を知る事となった! これからの戦いは、世界の命運が懸かっている。選択は各々に任せるが、戦える者はエルフの里より転移し、始まりの森へと行くことになる! 集合は明日、明朝だ! 準備は各自するように、以上!」
シーン!
ギルド内は静まりかえる。
一瞬間を起き、ギルドの其処らかしこで、怒号が鳴り響く。
「やべぇ、逃げなきゃ! でもいったい何処に……」
「おおおっ! 俺はやるぞ!」
「選択か……なぁ、いい加減、俺達結婚しないか?」
慌てて逃げ出す者。闘いに、興奮する者。ケジメで結婚を申し込む者。様々だが。
「瑞希さんはどうするんですか?」
どうやら、ケビンは戦いに参加する様だ。
彼の顔には、決意の色が見てとれる。
瑞希はチラッと美緒を見る。
「私は行けないかな。美緒ちゃんの事もあるし……」
それに、戦闘は何度かしたものの、やはり慣れない。
切ったはった、流血、そして、恐怖。
日本人だからか……そういったものに、馴染みが薄いのだ。
「そうですか。強制では無いですし、それもアリだと思いますよ。では準備がありますので、僕はこれで……」
ケビンは駆け足で去って行った。
すると、入れ違いで、ギルドマスターが瑞希に向かってくる。
「瑞希さん、でしたね。ちょっといいですか?」
瑞希と美緒は奥の会議室へと連れて行かれる。
そこには、先程のエルフ、獣人、ドワーフが座っていた。
「すいません。あなたの実力は、かなりのものと聞きましたので……」
どうやら、勧誘の様だ。
行かないつもりだったのだが、断りにくい状況になってしまった。
「今回、既に勇者も現れているので、私達はサポートという形になると思われます。どうでしょう、一緒に行ってくれないでしょうか?」
「あの〜、ちょっといいですか?」
美緒がおどおどと話に割り込む。
「勇者って、いったい誰なんですか?」
ギルドマスターは意を決した様に、エルフを振り返る。
エルフは頷いて、ギルドマスターに話を促した。
「名前も公表してもいいそうなので、月形修平という方だそうです。現在、冒険者をしていますね。ギルドに登録もされています。見ますか?」
美緒は空いた口が塞がらない。
「み、美緒ちゃん。どうしたの?」
「お、お父さん? なんで、お父さんが……?」
そして、美緒はそのまま、その場に倒れてしまったのだった。
一方、同時刻、南の砂漠ではエルフ達が各集落に散開し、鬼人族達に声をかけていた。
東で。
「ああ、あのサンドワームを倒してくれた恩人さんが勇者じゃと! 恩は必ず返す。それが砂漠の流儀じゃ」
北で。
「我等が同胞の仇をとってくれた恩人よ。我等の力、使ってもらおう」
西と南でも。
「どのみち、魔王が復活したなら逃げ場はない。やるしかねぇ」
各々の部族の精鋭達が、エルフの南の里へと集結する。
南のエルフの里でも。
グリーフの工房では、数人のエルフ達が昼夜とわず、ワクチンの量産体制をとっている。
中には過労で倒れたしまった者も、多々いるが……
「グリーフ殿、これで薬の量は足りているか?」
「まだまだ必要じゃ、だが、死ぬ気で間に合わせる。儂のこの足では、戦闘には参加できんからな。ワクチンの効果も前に比べ上がっておる。これならば、普通に戦うには問題なかろう」
西と南のエルフの里でも、子供と老人、体の弱い者以外は全て戦闘に参加する。
負ければ終わり。
皆、それをよくわかっているのだ。
こうして、各地では続々と戦力が集まっており、準備が出来次第、始まりの森へと順次転移を行っていく。
来るべき終焉に向け、戦いの火蓋がきられようとしていたのだった。