75話 黒い何かと新たな力と
「なんだこりゃ……」
ラギアは眼下に広がる、黒い巨大な塊を見下ろしている。
現在、ラギアは旧ラディソン王国の首都があった場所、その上空、かなりの高度に浮いているのだが……
街がすっぽりと、黒い塊によって呑まれているのだ。
「ん、なんか出てきたぞ……あれは?」
大きな黒い塊の外側から、真っ黒な人の形をした何かが、ポコポコと湧き出てくる。
黒い人形はその場に暫く留まった後、ゆっくりとクロイツ方面に向け歩き出していく。
しかも、次々と。
ラギアは暫く観察していると、黒い人形は一定間隔で発生している様だ。
それも所々の場所で。
「気味が悪いな……もしかして、あれは人なのか? 俺だけじゃ判断できねぇか……なぁ!」
ラギアは一度街に報告する為、戻ろうと旋回した時だった。
背後からの気配を感じ、咄嗟に飛行ユニットのオンオフを切り替え、体を沈め、ギリギリ攻撃を回避した。
「ほう、あれを避けるか。腐っても保持者だな」
ラギアは改めて、自分を攻撃してきた男の顔を、まじまじと見る。
「お前は……ロッドマン? いや、それにしては……」
容姿が若すぎる。
それにあの時、確かに体が骨になり、跡形も無く崩れ去ったはずだ。
しかも、男の背中には一対の羽がはえている。
人間? 魔物? ラギアの思考は混乱する。
「元々、狂ってはいたが……最早、人でも無くなったのか?」
「名前など、好きに呼べばいいさ。私はロッドマンには違いないが、そんな事はどうでもいい。どうだ、この羽は? 体を再構築する際に着けてみたんだが。空を飛ぶというのは、気持ちがいいものだな」
体を再構築? だが、やはり、この男はロッドマンなのか?
ラギアはいまいち理解ができなかったが、ゴルドには、この事を知らせないといけない。
魔力ポーションを一気に飲み干し、空のビンをロッドマンに向け投げると、飛行ユニットへ魔力を注ぎ、ラギアは全力でその場から離脱する。
「逃がすと思うのかね?」
だが、ラギアの全力にロッドマンはしっかりとついてきている。
「ふむ、その装置も興味深い。お前を殺した後、ゆっくりと調べるとしよう」
「ふざけるな! 俺はまだ死ねねぇ! ようやく、娘と一緒に暮らせるんだ! 意地でも生きて帰るんだよ!」
ラギアは自身の懐から、ビンを取り出し、蓋を開け、液体を空中に散布する。
これは偵察に行く前に、紋様持ちでは無いラギアでは、闇に対抗する事は難しいと、エネルから渡されていたのだ。
このビンの中には特殊な液体が入っており、液体は空気に触れるなり、気化して辺りへと広がっていく。
「これは……ほう、確かに力は弱まるな。だがな……」
ロッドマンは、自身の持っていた黒い剣を振るう。
剣から黒い刃が飛び、ラギアの左肩に命中すると、飛行ユニットごと切り裂き、ラギアの体を抜けていく。
「がっ! 糞が……」
それでもラギアは全力で飛び続ける。
しかし、飛行ユニットが一つ失われた状態では、真っ直ぐに飛ぶ事も出来ず、凄まじいスピードで始まりの森の方角へ突っ込んでいく。
「やれやれ、あの装置は勿体なかったが……あのスピード、この高さでは、な。更にあの傷だ。まず助かるまい。さてと、こちらも最終段階に移行せねば……」
ロッドマンは踵を返し、黒い塊へと戻っていくのだった。
一方その頃、修平はというと……
クロイツから出て、すぐ近くの場所で、魔物相手に魔法の特訓をしていた。
「ゲラート直伝、ファイアボール!」
修平はいつの間にか、火魔法まで使える様になっていたのだ。
冗談で使ってみたら、いきなり火が出てしまい、宿が火事になりかけてしまった。
ラミィが慌てて壁を凍らせ、どうにか延焼は防いだのだが、宿の女将とラミィに滅茶苦茶怒られた。
最近、サザンジャイアントを倒したお陰か、それとも黒い軍団と戦ったからか、いまいちよくわからないのだが。
だって、まさか本当に出るとは思わなかったから……
しかし、これで五属性、全てをコンプリートした。
ラミィから話を聞くと、氷や雷の属性といったものは、特殊に派生したものであり、あまり一般的では無いらしい。
「うむ、身体能力だけでなく、魔法でも人間離れしてきたな。これ、元の世界に戻ったらどうなるんだろうか?」
アメコミのヒーローみたいだ。
手から火や、風を産み出し、ビルの隙間を跳び回る。
ネットニュースを賑わせる事、間違いなしだな。
危険人物として、どこかの組織に暗殺されそうだが……
「勘弁してほしい……」
できれば余生は静かに生きたい、おっさんなのであった。
体に疲れは残っているものの、修平は手の空いた時間に魔物を狩っていた。
ドレッド側の防壁が崩壊した為、衛星都市より内部にも、強い魔物が現れる様になってしまったのだ。
魔石、更にはちょい運のゲージを上げる事の必要性。
そして、人々の平穏を守る為。
修平は日夜、戦い続ける。
「今はビジネスマンではないが、二十四時間、戦え……ません!」
昔、そんな感じのCMがあったな……
今考えると、かなりブラックなのだが。
ん、アリエルが凄い勢いでこちらに向かってきている。
何か動きがあったのだろうか?
「修平! ゴルドがギルドに急いで来てくれって!」
修平はギルドに慌てて行くと、既にいつものメンバーも揃っていた。
「アインスのギルド支部から連絡だ。街は放棄したが、一応、何人かは残しているんでな。ラギアが戻って来ないからよ、早馬で偵察にむかわせたんだが……」
黒い人の形をした集団が、ゆっくりとクロイツに向かってきているらしい。
現在、黒い何かがいる場所は、始まりの森跡地近く。
進行速度がかなり遅いので、ファーデンまで到着するには、まだ時間はあるらしいが……
数が数え切れないくらい、もの凄く多いそうだ。
「まったく次から次へと……今、各都市の冒険者達を集めるよう、指示は出しているんだが、どこもかしこも復興で手いっぱいだからな……」
物資も人手も足りない状況だ。
まさに、猫の手も借りたいといったところか。
山本さん(猫)の手は借りる事はできるが……
「どのみち、以前の結界を張るには魔石の数が足りねぇ。最悪、外側の衛星都市で止めねぇと、街の全滅もありえる」
もうゴルドが頼れるのは、修平達しかいないのだ。
しかし、黒い人形か……どうやって倒す?
とりあえず、一度は相対してみないと、なんとも言えない。
そして、断るという選択肢は無い。
ここまで来たら、一蓮托生、毒食わば皿まで。
修平は最後まで付き合うつもりだ。
仲間達と決意新たに、黒い何かに向け、歩みを進めるおっさんなのであった。
モンハンのアイスボーンが……
時間が……時間が……