月影の夜会
「ねぇママ、かげってどうして長くなったり短くなったりするのかな?」
小学校から帰ってきたあかりは、電柱の影が朝通る時と帰る時では夕方のほうがずっと長く伸びていることが不思議でママに聞いてみました。するとママは困ったように笑います。
「さぁ、どうしてかしら? あかりはどうしてだと思う?」
「うーんとね、あ。そうだ。きっとね、あっちのおうちのかげとなかよくなりたいんだよ」
「ふふっ、そうかもねぇ」
「夜はわいわいパーティなんかしてるのかも!」
「そうねぇ」
「オバケは影がないから、なかまはずれがイヤでイタズラするのかも」
ママはあかりの頭をなでて笑いました。
「だいじょうぶだよ。電気を消したら、みーんないっしょだもの。みんななかよしになれるよ。それで、朝になったらもとどおり。ね?」
あかりは返事をしませんでした。
あかりはオバケがこわいのです。友達はみんな、そろそろママと一緒に寝たりしないのですが、あかりはオバケがこわくてまだひとりで眠ることができませんでした。
「そうだ。あかりちゃんのお部屋に、いいものがあるわよ」
「えー、なぁに?」
「ナイショ。ランドセルを片づけたら、お部屋の窓をみてごらん」
ママはシーって静かにする時みたいに指で口を押さえて教えてくれませんでした。だからあかりは急いでお部屋に向かいました。
「ほわぁっ、きれいっ!」
あかりの部屋の窓際には、小さなシャンデリアみたいなものがつり下げられていて、きらきらした小さな虹のかけらを部屋中にばらまいていました。
「きれいよねぇ。これ、サンキャッチャーっていうの。太陽を――幸運を、つかまえてくれるんですって」
ママもうっとりとそれを見つめ、あかりの背中をぽんと叩きます。
「夜もね、お月さまの光とかでとってもキレイなの。楽しみにしててね」
「うん!」
「これがあれば、ひとりでお部屋で寝れるかな?」
「うんっ!」
嬉しそうに笑ったママは夕食の準備のために部屋を出ました。
あかりは勉強机で宿題をしましたが、サンキャッチャーが気になってちらちらと眺めてしまいます。
よく見れば、つなげられたたくさんのガラスにはいろんな形があるのです。
ギザギザのツノがついた太陽。三日月。それにお星さま。角がいっぱいの丸に近いものも、涙みたいな形のも、それから、チョウチョの形もありました。
だから部屋のあちこちに落ちている虹のかけらも、いろんな形をしていました。ひしもちみたいだったり、つぶれた丸だったり、それからもちろんちょうちょの形もありました。
あかりは時間を忘れて、ひらひら舞い踊る光の粒を見ていました。
どれだけ見ていても飽きませんでした。だって、どの光の粒も一度だって同じ形、同じ動きはしないのですから。
「あかりー、お風呂の準備できたから入るわよぉ」
「はぁい」
ママが呼びにきて、あかりはようやくのそのそとサンキャッチャーの前を離れました。それからお風呂に入って夕食を食べると、急いで部屋に戻ってきました。
太陽は沈んで暗くなってしまったけれど、サンキャッチャーは月と星の光もしっかりとつかまえて、相変わらず光のかけらを部屋中にまいていました。
昼間の太陽のように尖った光ではなくて、柔らかくて優しい光の粒になっていました。
暗い部屋の中に敷き詰められるように光の粒が落ちている様は、まるで星空の中のようで、あかりの心は浮き立ちました。
「ステキ ステキッ♪」
あかりはうれしくなって部屋中をくるくる飛び跳ねた。
こんなすてきなお部屋なら、ひとりでも怖くなんてありません。
「――あっ!」
ふと、虹色のちょうちょが一匹、ぽとりと落ちました。
ほかの虹のかけらみたいに揺れてるだけじゃなくて、ひらひらと桜の花びらが散るみたいに落ちました。サンキャッチャーのガラスは一粒も落ちていないのに。
あかりは落ちた光のちょうちょにそろりと近づいてみました。
床にぽたりと落ちた虹色のちょうちょは、ひらひらと羽根を動かしているけれど、飛び上がることはできなさそうでした。
おそるおそるつついてみると、ひんやりしていました。月や星のあかりだからかもしれません。
「どうしたの?」
手のひらにのせて声をかけると、羽根が力なくひらりと一度だけ羽ばたきました。光のチョウチョの温度が下がっていきます。
あかりはどうしたらいいのかわからなかったけれどじっとしていられなくて、とにかく立ち上がりました。
見回せば、星空みたいに光の粒が落ちている部屋の壁に、すっと影が走りました。
「やだぁっ!」
それはまんまるの体にヒゲのようなしっぽがついた、オバケでした。あかりは怖くなって飛び退きました。
でも、あかりの手の中で、ひらりとちょうちょの羽根が揺れたのです。びっくりしたあかりがもう一度オバケを見ると、その短い手に黒いチョウチョのようなものが揺れていた。
「まって、それ……っ」
追いかけようとしたら、オバケはささっと逃げました。
「いじわるしちゃダメだよ! ちょうちょのカゲを返してあげてよ!!」
あかりが叫ぶと、窓は開いていないはずなのに、風が頬をなでました。
「ダメ、かわいそうだよ!」
ひらり、舞い上がるものがありました。
小さな光の粒。手のひらの上にいたのは別の、光のちょうちょでした。
ひらひらと桜吹雪を逆再生するように光の粒が舞い上がる、数え切れないほどの光の粒。
その無数の光の粒は、よく見ればチョウチョだけではありません。
鳥に犬。ネコ。花もあるし、ハチもいる。ホタル。テントウムシ。アリ。カブトムシ。クモ。トカゲやヘビ。キツネ。ラクダ。トラ。ライオン。ゾウ。キリン。ゴリラ。イルカ。小魚も恐竜も――あかりが知らない虫も動物も植物もたくさん、たくさん。
光の粒はあかりの背中側から強い風のようにぶわぁっと渦を巻いてオバケに吹きつけました。
光が眩しすぎて、あかりはついに目をつむりました。
でも、目を閉じていても見えたのです。
チョウチョもほかの虫も動物も、それからオバケも、みんなみんな一緒に行進しているみたいに並んで、最後には輪になって、楽しげに踊っているのが。
すると、ひらひらとチョウチョの羽根が揺れて手のひらをくすぐっていることに気づきました。まるで開けてくれと言っているようで、なんとか薄く目を開けたあかりは握っていた手を開きました。
ひら ひら ひらり
手のひらの中にいたちょうちょは風に乗って舞い上がり、ほかの動物や虫やオバケもいる光の輪に向かっていきました。
あかりがちょうちょを見失う直前に、ひらひらと羽根を振ったのが見えました。
「あかり、朝ご飯できたわよ」
ママの声で目が覚めたあかりは、ちゃんと部屋のベッドの上にいました。
「ちゃんとひとりで寝れたね、すごい!」
頭をなでてくれたママの後ろで、サンキャッチャーはゆらゆら揺れて、朝の光を部屋中にまきちらしていました。
「うん、みーんないっしょ。それで、朝になったらもとどおり、だね!」