98話 5月5日 カーサとファルシナ、そしてアルテア。
「それで、最後のお一人なのですが………」
「………、カーサ殿下、ですね?」
「はい」
ディアナの言葉尻を受け取ってくれたアルテアに、ディアナがうなずいて見せると、それまでは楽しそうにしていたファルシナの顔が強くこわばった。
ディアナは、そんなファルシナを横目に、自分が思っていることを正直に告げる。
「わたしは、ファルシナさまからカーサ殿下に馴れ馴れしくしているところを、見たことはありません」
……反対はありますが。めちゃめちゃありますが。前世の世界だったら、パワハラでとっくに訴えられている事例ですが。
「………、そうですか」
ディアナの言葉に、アルテアはふう、と息を吐いた。
「ですが、カーサ殿下は、どうやらあなたを気に入っていらっしゃるようです」
「…!」
「確かに、わたしもそれは思いました」
ディアナは、びくりと震えるファルシナの腰にこっそり手をそえながら言った。
アルテアは気づいている。当然だ。生徒会室でのことは知らなくても、ダンスパーティの時、ファルシナと踊っていたカーサのとろけるような笑顔を見ていたとしたら、気づかないわけがない。
けれども、ディアナが見たかぎり、ファルシナからは決してカーサに近づいていない。だからディアナは、淡々とその事実を告げればいいだけなのだ。
「ですけれど、今回、エトフォートさまたちが問題になさったのは、ファルシナさまからカーサ殿下に近づいたということです」
ディアナが告げると、アルテアもうなずいた。
「そうですね。カーサ殿下のことについても、ファルシナさまには非がないと、わたしも思っています」
きっぱりとそう言い切るアルテアに、ディアナは、身震いを覚えた。
……この方は、やっぱりきちんと分別をお持ちでいらっしゃる。すべてを自分の思い通りにするためなら、人を傷つけることもいとわない、ゲームの悪役令嬢Aとは絶対にちがう。
ディアナが感動に打ち震えていると、アルテアがさらに言った。
「……というか、カーサ殿下のお心を和ませることができるファルシナ様を、むしろ尊敬いたしております」
「…………。えっ?」
………ん?
アルテアの言葉に、数秒遅れでおどろくファルシナ。アルテアは、そんなファルシナに向けて、にっこりと、まるで、酸いも甘いもすべてを経験してすっかり悟りの境地に入った、どこぞの神様のような微笑みを浮かべた。
「カーサ殿下は、とても繊細なお方です。殿下の笑顔は、わたしはともかくライル殿下、そして殿下のお付きのものですら、めったに見ることはできないのです。その殿下の笑顔を何度も引き出せるファルシナ様は、おそらく殿下にとって、大きな支えとなっていることでしょう。どうか今後も、殿下のお心を癒して差し上げてください」
「………」
………え、ええー…。
アルテアの衝撃的な発言に、ディアナは、すでに驚きを通り越して愕然としていた。
当事者のファルシナは、恐れおののいたかのように、アルテアから距離を取っていた。
とは言え、座ったままなので、背中を後ろにひくくらいのことしかできないのだけれども。
しかしアルテアは、ディアナはともかくファルシナの反応すらも完全にスルーして、美しい顔に、悟りの笑みをたたえている。
そこに、反論は許さないとでも言うような圧を感じているのは、おそらくディアナだけでは…ないはずだ。なぜなら。
「お三方へは、わたしから説明しておきます。ですから、ファルシナ様は安心して、カーサ殿下にお仕えください」
と、まるで最終通告のように言ったアルテアに、ファルシナはうなずく以外の選択肢を持っていなかったように思えたから。
「は、はい…」
まるで、人生における大切な何かをあきらめたかのような、憔悴した表情で、了承したファルシナに、アルテアは、やはり笑顔で言うのだった。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね…?!」
「………」
強まった語尾に、絶対逃がさない、というアルテアの想いが込められているのを感じて、ファルシナのとなりで、ディアナもまた、肩を震わせてしまうのだった。
「ふひー…っ」
怒濤のお茶会が終わりを告げ、ファルシナとアルテアが部屋から出て行くと、ディアナはソファに横たわり、ぼふりとクッションに顔をうずめた。
「何だったんだぁー、いったいー……」
アルテアをお茶会に誘ったのは、まちがいではなかったと思う。実際に、アルテアのおかげで、ファルシナは、ゾフィーナ・ハイエール先生による罰ゲー……もとい、淑女教育を受けなくて済んだのだから。
だがしかし、やはり気になるのはアルテアの言動。
「……あれって…、ファルシナさまにカーサ殿下とお友達になって欲しいって意味………? じゃあないようなー………」
アルテアの言葉だけを拾ってみれば、友人関係を望んでいるようにも思えるけれど、それだけではないようにも思える。
フロンド王国では、国王のみ王妃の他にも側妃を迎えることが許されている。だとすれば、アルテアは、将来的に、ファルシナをもう一人のお妃に迎えるつもりなのではないだろうか。
もちろん、側妃を迎えるには、カーサの意思も必要になるのだけれども……。
ディアナは、先日生徒会室で見た、カーサのデレ具合を思い出す。
「………カーサ殿下、あからさまにめろめろだったもんなー…ファルシナさまにー……」
……別に、ファルシナさまが側妃になられるなら、それはそれでいいけれどもねー………。いいんだけれども。
うんうんとうなりながら、ディアナは、ぽつりと言葉をこぼす。
「……その場合、ルートは完全消滅ってことでいいのかなー…?」
ここは、ゲーム『イリュージアの花』とよく似た世界。ヨハンネスに婚約者がいたりと、ストーリーと違う部分もあれば、ストーリー通り、クライヴのように、長男で優秀なのにもかかわらず、継母の陰謀で婿に出されてしまう人もいる。
この世界がどんな方向へ進めば、ディアナは安全になれるのか、ぶたな魔物にはぐはぐされずに済むのか……。
ディアナにはまだわからず、不安が消えることはない。
「……うう~…っ……みのるライルに相談したいぃ~………」
クッションでほっぺたをぐにぐにとつぶしながら、ディアナはうなり続けるのだった。
次回タイトルは『前世夢話・自転車に乗って。』です。
ディアナ「やった! 遅起きは三文の徳!」
ライル「何言ってんの? そもそも人間の体は、太陽の活動と一緒に生活するようになってるわけだから、それに反すると、体にいろいろ変調をきたすんだよ。たとえば……くどくど」
ディアナ「…………(うへえー…)」
ちなみに市来は断然夜派。




