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92話 5月3日 クライヴとライルの攻防?

誤字のご指摘、ありがとうございました!

ナゾの人物が出て来てしまいましたね。誰だよオマエ? みたいな。(笑)

キーボードを打つ時の手のくせみたいです。すみません、助かります。

 その時だった。

「どうぞ」

 そんな声と一緒に、テーブルがかたん、と小さな音を立てる。

 ディアナが視線を向けると、そこにはクッキーや焼き菓子が置かれたお皿があった。

「一人分だから、全部食べていいよ」

 「これくらいなら、食べられるだろ?」と、ディアナにしか聞こえない声量でつけくわえながら、声の主――――ライルは、ディアナの向かいの席に座った。

「お前の分もロイドが用意してくれてたんだけど、兄上に急かされて出て行っちゃったからね」

「ああー…」

 ディアナは、先刻のファルシナに対して的外れな言動を繰り返していたカーサを思い出し、机にお腹をぴたりとつけて身を乗り出し、ライルに顔を近づける。

「…ねえ、カーサ殿下って、誰に対してもあんなに猪突猛進なの? ゲームの攻略サイトで読んだカーサさまと、性格が違うんだけど」

 ディアナの問いに、ライルはうなずいて答えた。

「今日の兄上の言動に関しては、おれも驚いてる。あんなに興奮した兄上、おれも初めて見た」

「えっ、そうなんだ」

「ああ。いつもはあんまり話さない。特におれとはね」

「あー…」

 ディアナは、神妙にうなずいた。ゲームと同じく、カーサとライルの間には確執があるのだろう。

「普段はむしろ、ゲームのキャラクターの性格に近い。王位が欲しければくれてやる、とか平気で言ってくるしね」

「えー…、さすがにそれはちょっと………」

 まずいのではないか、とディアナは思う。だって、カーサのことを次期国王に推薦している人たちもいるだろうに、肝心の本人が王位に興味ないと言ってしまったら、推す方だってやる気を削がれるだろう。

「…それって、大丈夫なのかな? フロンド王国って、長子継続じゃないから、カーサ殿下の言動次第では、簡単に王位継承権が入れ替わるよね?」

 むむむ、と眉をよせたディアナに、ライルがあっさりと答える。

「その心配はしなくていい。おれ、王位を継ぐ気はないって父上と親族には宣言してるから」

「おお~、そうなんだ~」

「おれは、国王なんてガラじゃないしね」

「うん」

「そこ、はっきりうなずくとこかな?」

 あからさまにむくれるライルに、ディアナはけろっとした顔で答える。

「えー。だって、王さまってめん……大変そうなんだもん。たとえばほら、会釈のしかたとかもぎっちぎちに決まってるし」

「今、めんどうくさそうって言おうとしたよね?」

「いやいやいや。それに、他国との晩餐会とか協議会に参加したら、終始笑顔でいないといけないでしょう? そういうの、わたしはむり」

「みのりはすぐに顔に出すからねえ。でも、空気を読むようになっただけでも、まあ進歩じゃない?」

「え。なにそれ」

「だって、前世のお前、いっつも好きなように生きてただろ?」

「みのるだってそうでしょー? わたしの期間限定アイス勝手に食べたくせにー」

「いっそ十個くらい買ってくればよかったのに」

「だって、売り場には二つしか残ってなかったんだもん」

「あー、そいつは残念だったねー」

「思ってない。それ、ぜったい本気で思ってない」

 残念、と言いつつも棒読みのライルに、ディアナはむきいと歯を見せた。そこへ。

「――――失礼いたします」

 張りの中にもやわらかさが交わる響きのよい声が聞こえて、ディアナはぱっと口を閉じた。

 かたり、とディアナのとなりの椅子が引かれると同時に、しゃきんと背筋を伸ばしてみる。

 となりに座ったクライヴは、口もとに笑みを浮かべながら、ライルに頭を下げた。

「お忙しい中、わたしの婚約者の相手をしてくださって、ありがとうございます殿下。わたしの方は一段落つきましたので、どうぞお仕事にお戻りください」

「……」

 ちょっと見は確かに笑顔のクライヴ。

 けれども、口角は上がっていても、目は笑っていないし、まとう雰囲気もぴりぴりしている。

 警戒している様子のクライヴに、ライルはにっこり笑って言った。

「ああ。そう言えば、サルーイン嬢はもう魔伝鳥を使えるのかな?」

「えっ? …ああ、魔伝鳥ですか。ええと、今日の授業ですこし扱いました。一応、鍛錬場の端から端まで飛ばすことはできました」

 ディアナの言葉に、ライルは「そう」とうなずく。

「じゃあ、今度魔伝鳥をプレゼントするよ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 おそらく、連絡用に使いたいのだろう、とディアナは思った。ゲームの逆ハーレムルートを阻止するために、対策を練りたいところだし。

 そう思って、ライルにお礼を言ったディアナだったけれど、クライヴは違った。クライヴは見る角度によっては限りなく黒に近くなる青い瞳をライルに向け、固い口調で言った。

「ライル殿下。申し訳ありませんが、ディアナはおれの婚約者です。それなのに、殿下と魔伝鳥で連絡を交わすとなると、火のない所にも煙が立つかと思われます」

 けれどもライルは、クライヴの意見など範疇にないかのように、おもむろに首を振る。

「煙なら、もう立ってると思うけど?」

「…っ!」

 なぜか得意気に笑うライルに、クライヴは唇を噛んだ。

「けむり…?」

 二人が交わす会話の意味が、今ひとつわからずに首をかしげるディアナ。

 ……? なんでみのる…ライル殿下と文通するのがいけないの? ……魔伝鳥って、前世で言う、アドレス交換みたいなものだよね…? ……あ! もしかしてあれ? ゲームのディアナが企んでた、国家乗っ取りの疑いがかけられちゃうとか? でも、第二王子と共謀して国家乗っ取りはないか。それだとクーデター? うん。どっちにしても、印象悪いねっ。

 クライヴが誤解をしているのだと思ったディアナは、あせりながら声をあげる。

「あの、クライヴさま? おそらく殿下は、たんにわたしとお手紙の交換をしたいだけで、そこに他意はないと思います」

 けれども、クライヴのまとう空気は、おだやかにならなかった。むしろ先ほどよりも冷たくなっている。

「…他意がないのが、むしろ問題なんじゃないのかな?」

「えっ…」

 クライヴの言葉に、ディアナは驚きを隠せなかった。

 ……他意があった方がいいの? でもそれだと、わたし完全に悪役になっちゃうしっ。そしたら最後は、どでかいぶひぶひさんに、骨までがりごり食べられちゃうっ!

 ディアナは、心の中で、ひいい…! と悲鳴をあげると、クライヴの腕のはしっこをつまむ。

「あ、あのっ、クライブさまっ。おそらく殿下は本当にその…! た、たとえば、今日なんかおもしろいことあった? とか、ヘマしなかった? とか、そういう…、あのっ、何てことない会話をしたいだけではないかと……っ」

 ライルも、ゲームのシナリオ回避のために、ディアナと連絡を取りたいだけなのだ。けれども、何も知らないはずのクライヴに、逆ハーレムルートがどうとうか、そんな説明をするわけにはいかない。ただ、きっとライルは、ルート回避対策もしつつ、しょーもない日常会話も手紙におりまぜてくるだろう。前世で、そしてつい先ほども、みのりとみのるが楽しんでいたように。

 けれども、ディアナが何か言えば言うほど、クライヴの顔は曇って行くし、クライヴがまとう周囲の風は冷たくなる。

 怒っているのだ、とディアナは悟った。そしてあせった。どうしよう。いったい何をどう言えば、クライヴは納得してくれるのだろうか?

「え、えっと……」

 ディアナは、もう泣きそうな顔で言いわけを考える。そう、ディアナの言葉は言いわけでしかない。でも、真実をすべて伝えることはできないのだ。だからしかたない。

 そう思っていると、かたり、ととなりで椅子が鳴った。クライヴが席から立ち上がったのだ。

「クライヴさまっ…!」

 顔をそむけるクライヴを追いかけるように、ディアナも立ち上がる。握ったままだったクライヴの腕のすそを、さらにきゅうっと握りしめた。

「あのっ、あの、わたしっ…!」

「――――いいんだ」

 ディアナの言葉をさえぎって、クライヴは言った。ディアナにきちんと顔を向けて。

 その表情は、さきほどの冷たい風はまぼろしかと思うほどに穏やかだった。

 そして、クライヴは静かに笑う。

「ディアナがそうしたいなら、殿下から魔伝鳥をいただくといい」

次回のタイトルは『ライルの真意』


ディアナ「わ~いっ、やった~っ」

ライル「ったく……」

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