91話 5月3日 カーサの人となり?
「…あれ」
部屋の中は、思ったよりも普通だった。机や椅子なソファや部屋をいろどる花瓶などの調度品は、金や銀の縁取りがしてあって、上品な上に高級品な印象は受けたけれど、全体的にシンプルな印象を受ける。
……こんな感じだったっけ?
ゲーム画面で見た生徒会室を思い出しつつ、うーんと首をひねっていると、ギイイ…と重たげな音がして、生徒会室の扉が開いた。
「―――ディアナ!」
「クライヴさま…!」
部屋に入って来た人の名を呼びながら、ディアナは早足でクライヴに歩み寄る。
「もう来てたの? 早かったね」
「はい…! 今日は一日魔石を探す授業だったので、早く終わったんです」
「そう」
「…っ!」
クライヴの藍色をさらに深くした瞳にやさしく見つめられて、ディアナの胸が高鳴った。
「さあ、中へどうぞ」
「はい…」
そっと差し出された手の上に、やはりそっと指を添え、ディアナはクライヴにエスコートされてさらに室内へと足を踏み入れた。
金縁銀縁の家具の間を通り、クライヴにエスコートされた先には、真っ白いテーブルと椅子のセットが置いてあった。
生徒会室の奥まった場所にあり、これなら、静かに勉強している分には生徒会役員たちの仕事の邪魔にならずに済むだろう。
「この椅子を使って」
「はい」
三脚ある椅子のうち、とりあえず一番扉に近い席に座っておく。いわゆる末席だ。
「おれは向こうの席にいるから。何かあったらいつでも呼んで。お茶はすぐに持ってきてもらえると思う」
「ありがとうございます」
ディアナが礼を言うと、クライヴは笑顔を見せながら立ち去った。入れ替わりに執事が来て、ティーセットを一組テーブルに置く。
「ありがとうございます」
ディアナは、さっそくティーカップを手に取り、つややかな飴色の紅茶を飲んだ。
「……おいしい」
ほう、と息をついたディアナの反応を見て、執事は「恐縮です」とうれしそうにほほえむと、一礼をして去って行った。
姿勢の良いうしろ姿を見送りつつ、ディアナはふむ、と考える。
……執事さんって、あんな顔してたんだー。
ゲームの中でも、生徒会の執事は登場した。けれども、画面にうつるのは手や胸などの体の一部分だけで、どんな顔をしているかはわからなかったのだ。
……かなりのイケメンさんだったな。それはもう、ゲームの隠れキャラにもなれちゃいそうなレベルだよ。
ゲームのかくれキャラを見つけた気分になったディアナは、うきうき気分でティーカップに手を伸ばし、こくりこくりとゆっくりお茶を飲む。
用意された三脚の椅子たちは、たぶんアルテアとディアナとファルシナのために用意してくれたのだろう。ディアナが家の格にこだわっていたとしたら、扉から二番目に近い席を選ぶのだけれども、前世の記憶と同時に、庶民だったころの自分も思い出したディアナの中に、そんなめんどうな序列は存在しない。
さすがにアルテアは立てなくてはいけないけれども、ファルシナと自分なら、どちらが手前に座ろうが、たいした問題ではないだろう。
とはいえ、席の序列で家の格をひけらかす貴族も確かに存在する。それもまちがいではないので、学園を卒業して、本格的に社交デビューをした時には、ちゃんと序列どおりに並ぶことになる。
……社交の場で、友達を作るのって、すっごくむずかしそう………。やっぱり友情は、学園生活でつちかうのが大吉だね。
なので、せっかく一緒に生徒会室にまで来たファルシナと、すくすくと友情を育てたいところなのだけれども。
「………」
肝心のファルシナは、生徒会室にある家具の中でも比較的豪華な方に入るだろう、金細工がほどこしてある布張りのソファに座らされている。そのとなりには、ごきげんすぎて満面笑顔のカーサ王子。
カーサは、ガラスのテーブルの上に置かれた焼き菓子を食べるよう、しきりにファルシナに勧めている。
「さあ、たくさん食べるといい。それとも、これだけでは足りないか?」
「い、いえ…。充分です…」
確かに、充分だろうとディアナも思う。だって、つばの広めな麦わら帽子ほどの大きさのお皿に、びっしりと焼き菓子が並んでいるのだ。大食いさんでもなければ、とても食べきれないだろう。
それなのに。
「えっ…、もしかして、好みのものがないのか!? おいロイド! 今すぐ新しい菓子を取り寄せろ! いくらかかってもかまわないから、オランジュ嬢の口に合うものを選べ!」
「か、かしこまりましたっ」
イケメン執事のロイドは、カーサの謎の勢いに押されるままに、いきおいよく直角に会釈をして、生徒会室を飛び出して行った。
「まったく…、気の利かない奴だ。オランジュ嬢、すまないが、すこしの間待っていてくれ。ああ、今後のために好みの菓子を聞いておこう。オランジュ嬢は、どのような菓子が好きなのだ?」
「い、いえ。あの、本当に、ここで並んでいるもので充分なんです……」
「…そうか。オランジュ嬢は慎ましいのだな。そんなところがますます魅力的だ」
「……………恐れ入ります」
カーサの言葉に、苦笑いでうなずくと、ファルシナは、小さなクッキーをひとつ口に入れた。
「どうだ、うまいか? ん?」
「はい、おいしいです…」
「そうか、では、もうひとつ食べたらどうだ? ほら」
「――――」
きれいな色に焼きあがったクッキーをカーサが手に取り、ファルシナの口元に持って行く。
「え、あ、いえ、それはさすがに…」
必死に断るファルシナに、カーサは「いいから食べなさい。好きなのだろう?」と言ってさらに勧めている。
「………」
そんな二人のやりとりを、ディアナは、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見ていた。
……えっ、カーサルートって、あんな感じ? でも、攻略サイトに書いてあった紹介文には、世紀の発明はするわ、学園の成績も一位だわで、大変優秀な弟ライルくんにひがみ根性を持ってたって。しかも、次の王にはライル殿下を! とかいう声が方々の貴族からあがって来たせいで、どうせおれはダメなんだ…、いいよいいよ、生徒会も王の座も、全部全部ライルが持って行けばいいよ、って落ち込んで、生徒会の仕事をほっぽり出して森に遊びに行ったり、生徒会室に来ても、奥の個室に入っちゃって、部屋から出て来なかったりしたって、話だったのに。
「どういうこと…?」
ゲーム知識として知っているカーサとはだいぶ…いやまるで違う姿に、ディアナは完全に圧倒されていた。
……攻略サイトの感想欄に、初期のカーサは、まるで梅雨時の空気みたいにじめじめしてウザイ。って書いてあったけど……。見たかぎりでは、からっからの快晴だよ? へたしたらもはや灼熱の砂漠だよ。……伯爵令嬢が引き気味なのにも気づかずに、押しまくる一国の王子………。……あれ、このまま行くと、カーサ殿下が国王になられるんだよね? え、国王さまって、他国の王族との話し合いとか、交渉事とか、いろいろするよね? え、……空気の読めない王様って………、……だいじょうぶ…なのかなー…?
カーサの様子に、国の将来が一気に心配になってしまったディアナは、はしたなくも、カップのハンドルを持つ手が震えるのを、止めることができなかった。
次回のタイトルは『クライヴとライルの攻防?』
ディアナ「え? クライヴさまとみの…ライル殿下が? 何を争うの?」
クライヴ「さあ? 何だろうね?」
ライル「クライヴ、目が笑ってないぞ?」




