90話 5月3日 生徒会室前のひと騒動。
今日は、やわらかな太陽の光がふりそそぐ、比較的過ごしやすい日だった。
授業も外へ出て魔石を探すという内容だったので、ディアナは一日はりきって過ごした。
中には地中深くにもあったりして、そういう魔石を掘り出すのもディアナにとっては楽しい作業なので、他の人に頼まれた時もはりきってお手伝いをした。
けれども、掘った穴を見たレダンがほおを引きつらせつつ立ち去ったり、リュークに頼まれて穴を掘っていたら、パメラが、またそうやって他の男性に媚びて…! となぞの文句を言ってきたりして、なかなか大変だった。
というか、クラスメイトで地の魔力を持っている生徒たちは、みんな他の人の穴掘りを手伝っていたんだけれども……。
まあ結局は、リュークとディアナが親しくしているのが、ただ気にいらないのだろう。リュークがパメラに、自分とディアナははとこの間柄だと説明しても、「だから何ですか!」と返していたし。
ディアナは、もうあまり気にしないことにして、穴を掘り終えると、さっさと移動させてもらった。
ヨハンネスにも穴掘りを頼まれていたことだし。いや決して、パメラのヒステリックな言動から、一刻も早く逃れたかったわけではな……くもなかった。正直に言えば。
それでも、リュークとディアナの関係は、世間さまに顔向けできないようなものでは決してない。
すれ違えばあいさつするし、困った時は助け合う。たまにちょっと世間話をしたりもする。そんな健康的な関係なのだ。
救いなのは、ファルシナやアルテアが、ディアナとリュークの関係を正確に理解してくれているところだ。
ディアナがパメラに絡まれていると、パメラをたしなめてくれる時すらある。
ただ、ファルシナはともかく、アルテアが出てくるとパメラへの政治的ダメージが高くなるのが問題か。
そのあたり、アルテアもわかっているので、人がいる時には口を出してこない。アルテアはやっぱり分別のある人だ。
ファルシナも、何度かパメラに言ってくれたようだったけれど、どうもそのせいで、二人の仲がいまひとつよろしくないようだ。ファルシナはあまり気にしていないようなので、まあいいかとも思うことにしている。
ディアナは今、そのファルシナと一緒に、まるでギリシャの神殿を思わせる重厚な二本の柱と、柱の間にはめ込まれている大きな扉の前にいた。
「ここが…生徒会室…」
まるで、柱や扉が「関係者以外立ち入り禁止!」と訴えているかのような神聖さをただよわせているので、ディアナは扉を開けるのをためらってしまう。
……このまま回れ右したい気分…。
エルカ村に行かない日で、クライヴたちが生徒会室にいる時は、いつでも来ていいとは言われているけれど、いざ来てみたら、なかなか緊張してきたディアナ。
……だって別に、学園内の警備を強化してもらってるんだから、わざわざ生徒会室でお世話になる必要もないと思う。
「………」
ディアナが、金色のドアノブを開けようかどうしようかためらっていると、となりに立っているファルシナが言った。
「じ、じゃあ、わたしはここで…」
「えっ?」
どうやら生徒会室の中に入る気がないらしいファルシナに、てっきり一緒に滞在するものだと思っていたディアナが驚きの声をあげる。
ディアナの疑問を感じ取ったのだろう、ファルシナはどこかあせったような口調で言った。
「生徒会室の中にいれば、ディアナさまの身の安全は保障されたようなものですから、わたしがいる必要などありません」
「……?」
ファルシナの言うことはもっともだとは思う。けれども、ファルシナの口調から、何か他の意図があるようにも感じる。
ちらり、と横目で見たファルシナの呼吸が、すこし浅いように思えた。それはまるで、大勢の人の前に出る時に感じる緊張感のような…。
……ファルシナさま、もしかして、生徒会室に入りたくない?
それは、逆ハーレムルートを阻止したい悪役令嬢Dとしては、とても喜ばしいことだけれども、ファルシナの友人ディアナとしては心配になる状況だった。
ヒロインが生徒会室に入れるようになると、攻略対象者との親密度を上げる機会も当然増える。特に第一王子カーサとの出会いイベントは、ここ、生徒会室で発生するのだ。
……でも…。そういえば、四月のダンスパーティで、ファルシナさまはすでにカーサ殿下と親しげにダンス踊ってたよね…。ヒロインに攻略者たちの情報をくれるはずのパメラさまとも、そんなに仲良くなれてないし、…ってこれはわたしのせいかもしんないけど。それに、フリーのはずのヨハンネスさまには、どうもすでにお相手がいらっしゃるらしいし、みのるライルは逆に婚約もしていない。………もうすでに、相当ゲームのストーリーからは離れちゃってるよね………。
それなら、ここは、友人としてファルシナを心配しよう。そう思いつつ、ディアナは口を開いた。
「そうですか。ファルシナさまとご一緒できないのは残念ですけれど、生徒会室には、わたし一人で参りますね」
ファルシナがしたくないことを、無理にやってもらおうとは思わない。
ディアナは、ファルシナに安心してもらえるようににっこりと笑って、生徒会室のドアノブに手をかけた。
その時だった。
「――――オランジュ嬢?!」
廊下の端の方から、ファルシナを呼ぶ声があがった。
誰だろうと振り向くディアナの目線に、ひっと小さな声をあげて、背筋をぴんとのばし体を緊張させるファルシナが映る。
「…ファルシナさま? どうか」
したのですか? とディアナが問い終える前に、「オランジュ嬢!」と先ほどと同じ声の主が、先ほどよりも近い距離でファルシナを呼んだ。
「えっ…」
今度こそその人物を見たディアナは、驚きのあまり言葉を失う。
肩ほどの長さのサラサラストレートな銀髪に、藍色をさらに色濃くしたような、上品な色合いの瞳を持つ少年。もともと幼い顔立ちなので、笑みを浮かべるとますます無邪気さが際立つこの人は……。
……フロンド王国第一王子の、カーサ殿下ではありませんかーっ。でもってとなりには弟のライルくーんっ。…はとりあえず放置でいいか。
ディアナが声の主の正体に気づくのとほぼ同時に、ファルシナがあせった様子で言う。
「…っ! あ、あの、ディアナさま。わたしはこれで失礼いたしますねっ?」
早口でそう告げて、一目散に去ろうとするファルシナだったのだけれど。
「オランジュ嬢…!」
その時にはすでに、カーサの方はファルシナのすぐ近くにいた。
ひいい…! と震えあがるファルシナとは対照的に、カーサはいかにも恋をしていますと言わんばかりにほおをピンクに染め、ファルシナの細い手をすくうように持ち上げて握る。
「わたしに会いに来てくれたのか? オランジュ嬢」
「えっ、えっと、あの、その…」
……いえ、ちがいます。
言葉に詰まるファルシナの代わりに、きっぱりと言ってあげたい気もしたディアナだったけれど、今のカーサの喜びに水を差すのは何かこわい。したら身の破滅な気さえする。
ので、とりあえず沈黙を貫きつつ、ちらりとライルの様子をうかがう。
「………」
すると、ライルはどこか達観した様子で、静かに首を振った。
……やっぱりだまっておけなのね。うん、わかった。
ディアナが目で了承の合図をライルに送ると、ライルはファルシナに夢中になっているカーサに声を掛けた。
「兄上、まずは中に入りましょう」
「お、おお。そうだな。そうしよう。さあ行こう、オランジュ嬢」
「……えっ! ……あ、は、はい…」
どうあってもファルシナを放す気はない様子のカーサに、ファルシナも結局折れたようで、ライルがドアを開けた生徒会室の中へと入って行く。
「サルーイン嬢もどうぞ」
「…ありがとうございます。ライル殿下」
社交辞令的にうながしてくれたライルに、同様の温度で返し、ディアナも中へと足を踏み入れた。
次回のタイトルは『カーサの人となり?』で~すっ。
ディアナ「わあ~っ、クライヴさまだ~っ」
ライル「……それ、タイトルとまったく関係ないよな? …って聞いてないよ」
ディアナ「わ~いわ~いっ」




