9話 4月10日 入学式の朝
初めて来てくださった方、ブックマークをしてくださっている方、評価をしてくださった方、ありがとうございます。
ふわり、ふわり。
何か、あたたかいものに包まれている感触。
ふわり、ふわり。
何だろう。とってもやさしい。
ふわり、ふわふわ。
待って。もうすこしこのまま。
ふわふわ、ふわり。
もうすこし、わたしを包んでいて。
もうすこし、だけ……。
ジリリリリリ! ジリリリリリ!
その時、イリュージア学園の女子寮にけたたましく鳴り響いたのは、起床時間を知らせるベルの音。
「………んう」
ある意味騒音とも言えるその音を聞き、ディアナはベッドから身体を………起こさない。
……だってぇ………、まだ眠いんだもぉ~ん…もぉ~ん…もぉぉぉぉぉ~ん…。
心の中で、小さな子供でもしないような言いわけをしながら、掛け布団をぐいっと頭まで引き上げる。
だって、さっきまでとてもいい夢を見ていたのだ。
何か、ふんわりとしたあたたかいものに包まれて、この上なく幸せを感じられた夢。
ジリリリリリ! ジリリリリリ!
ベルの音は、往生際の悪いディアナの根性を叩き直すかの如く鳴り続けるけれど、当の本人は知らん顔だ。
「………」
だって、起きたくない。
できることなら、さっきまで見ていたあたたかい夢に、ふんわりふわふわといつまでも包まれていたい。
何なら、このまま天に召されてしまってもかまわない。
だってそうしたら、胃がきりきり痛くなりそうな学園生活を送る必要もなくなるし、何より、おっそろしい豚の魔物に、生きながらがりじゃりと食べられることもないのだから。
ジリリリリリ! ジリリリリリ!
ベルの音が、ひたすら鳴り響く。
メイドのいないこの部屋で、音を止めることができるのは、ディアナしかいない。
貴族は、ひとりまでなら、寮にメイドを連れて来ていいことになっていたのだけれど、数か月前、母に誰を連れて行くかと聞かれた時、ディアナはひとりで大丈夫と断ってしまったのだ。
……あれ。そういえば確か、ゲームの中のディアナは、寮にメイドを連れて来ていたような?
悪役令嬢Aの公爵令嬢アルテアなんて、わたしは未来の王妃なのだから当然よ。とばかりに、三人メイドを連れて来ていた気が。
………ゲームでいたはずのメイドがいない………。小さいことかもしれないけれども、これって、ゲームの設定から現実がすこしそれたよね? てことは、これからのわたしの動き方次第で、今後の展開も変えられたりするんじゃ?
「……………」
ディアナは、もそりと布団から顔を出した。
学生寮に入ってからも、メイドに身の周りのことをすべてやらせていたゲームのディアナと、自分は違う。
すこしだけ、本当に、ほんのすこしだけではあるけれども、希望が見えたように思えて、ディアナは、ベッドから起き上がる。
そして、壁ぎわに垂れ下がっているひもをくいっとひっぱり、目覚ましベルを止めたのだった。
イリュージア学園の入学式は、校舎の手前にある講堂で行われることになっていた。
学園にある石造りの建物は、どれも白を基調に、窓枠が銀色、屋根はあざやかな青色に染められている。
校舎の窓の両脇には、壁に半分埋め込まれた円柱があり、それが均等に並んでいる。三階建ての建物は、左右がきっかり対称的になっていて、規則正しさを思わせるデザインだ。
今から入学式が行われる講堂は、両脇にいくつもの円柱に支えられた三階建ての尖塔があり、中央の屋根がドームの形をした建物だ。
講堂の窓には、ひし形のステンドグラスがいくつもはめ込まれていて、たくさんの大小の花や木々をかたどっている。
青や赤や緑や黄色と呼ぶ色であっても、場所によって濃淡を分ける工夫がされていて、ずっと見ているとガラスの中へ吸い込まれそうな気分になった。
ゲームに出て来る建物の中では、講堂が一番気に入っていた。プレイ中は、この建物の中に入ってみた~いっ、とか、学園生活してみた~いっ、………なんて、思ったりもしたものだけれども。
……まさか、悪役令嬢…しかもDになって体験する日が来るなんて、夢にも思わなかったよ………。
ディアナは、身の不幸を盛大になげきながら講堂に入る。そして、上級生らしき生徒に案内されるまま、並べられている椅子に腰を下ろしたのだった。