89話 5月2日 フラグのひとつは、すでに折れていたようだ。
ディアナがこくりとうなずくと、ライルは気を取り直して話し出す。
「せっかく前世の記憶を思い出したんだから活用しようと思って、まずはゲームの登場人物が本当にいるのか探してみた。で、ヨハンネスを見つけた時、ちょうどゲームのストーリー通りに、ヨハンネスの父親が、アヴォス侯爵に暗殺命令を出されてたから、それを阻止したついでに、ヨハンネスといい雰囲気だった女の子がいたから、くっつけておいた」
「えええ!!」
「ただその女の子、農家の子でさ。魔力もないみたいだったから、身分的には同じ平民とは言え、準男爵の、しかも将来有望な後継がいるメリカント家に嫁ぐとなると、横やりが入りそうだったから、どうしようかと思ってたら、先にアルテア嬢が動いてくれたよ」
「えっ?!」
驚きの連続なライルの話に、思いがけない人物の名前が出たことに、ディアナはさらに驚く。
「どうしてアルテアさまが?」
「アヴォス侯爵は、シャブリエ公爵家の腰巾着みたいなものだからね。ま、ゲームでは、その暗殺依頼自体、シャブリエ家がアヴォス家に指示したものだったんだ。現実では、単にアヴォス家が先走って暴走しただけだったけど。それでも、アルテア嬢は自分の家の派閥の者が、立場の弱い人間に暗殺命令を出した事を、すごく気にしていてね。自分にできる事があればって、いろいろ手を尽くしてくれたんだよ。で、そのひとつが、ヨハンネスの婚約者候補の教育だったってわけ」
「おおお~」
ライルの話を聞き終えたディアナは、思わず拍手してしまった。
「アルテアさま、いい人だよね~。ゲームとは全然ちがうよね~」
「うん。おれは彼女が小さい頃から知ってるけど、優秀なのに、おごったところが一つもない。むしろ常に控え目で、兄上を立てようとしてる」
「そっか~。みのるが言うならまちがいないね。じゃあ、アルテアさまが悪役令嬢Aだってことも、もう気にする必要ないかな?」
「ああ。少なくともアルテア嬢は、嫉妬にかられて魔物召喚をするようなバカじゃないよ」
「ふふ。じゃあ、安心してアルテアさまとお友達になろっと」
「うん。いいんじゃない?」
「――――」
あっさりと肯定したライルを、ディアナはじっと見つめる。
その表情はどこかおだやかで、そしてさきほどから思っていたのだけれど、アルテアの話をするライルの口調は、とてもやさしかった。まるで、宝物を扱うかのように。
そういえば、先日、魔物討伐の授業を一緒に受けた時も、ライルは、アルテアに対してだけはやけに素直だったような気がする。
……えっと。ライル殿下…というかみのるは、もしかして…?
突如、ディアナの頭に浮かびあがった予想は、当たってしまうと、ちょっとよろしくない事態になる類のもので。
……やめやめ。この想像は、そっと胸の奥のすみっこにしまっておこう。うん。
ディアナが、なかば無理やり、考えることを放棄していると、ライルが言った。
「それともう一つ、伝えておかないといけない事がある」
「えっ…?」
ライルが、いつもの飄々とした様子とは違う、真剣な表情で見据えてくるので、ディアナの背筋が思わずしゃきんと伸びる。
「…何?」
ライルの表情につられるように、神妙に尋ねる。と。ライルは小さく息をついて、話し出した。時。
「実は―――――って、おい…」
ライルが口を開いたのとほぼ同時に、彼の肩に、とす、と何かが乗っかった。
それは、鳥の形をした、幼児のげんこつほどの大きさの石だった。
「…え? それって……魔伝鳥?」
「………はあー…」
ライルのめんどうくさそうなため息が、それが魔伝鳥であることを証明していた。
魔伝鳥とは、フロンド王国の発明王と言われた、第五代目国王エドガーとその弟アルス王子…のちのアルス・ノルデン公爵が、共同で作った魔動具のうちの一つだ。
いわゆる伝書鳩のようなもので、鳥の魔石に魔力を流し込むと、特定の相手に手紙を届けることができるのだ。
技術的にはそんなに難しくはないけれど、遠くの相手に渡そうとすればするほど、たくさんの魔力をそそがなくてはいけないため、使える人は限られてくる。
ただ、ディアナが所属する、イリュージア学園の特化クラスともなると、距離はともかく、魔伝鳥は使えて当然とされているので、すでに必修として授業のカリキュラムに組みこまれている。
「で、誰からの手紙なの?」
やる気を削がれたような顔をして、手紙を読むライルに、ディアナは訊ねてみる。
「………ほら」
かくす内容ではなかったのだろう。ライルはディアナに手紙を渡して来た。
「ありがと」
ディアナは手紙を受け取ると、文面に目を落とす。最初の数文字を見たところで、すぐに差出人に思い当たった。
「わあ! クライヴさまからだ!」
両手で手紙をにぎり、わーいと喜ぶディアナ。そしてそれをあきれ顔で見るライル。
「お前宛てじゃないけどな」
自分宛てでもない手紙を見て、何がうれしいのか、まったくもって理解できないので、ちょっと現実を見せてあげようと言ったのだけれど。
「わかってますよーだ。……ふんふん、えっ、もうすぐ会議がはじまる? みのる、早く行きなよ」
ディアナにめげた様子などまったくなく、むしろライルを急かし出す。
それでも動かないライルの背中を、はっやく、はっやく、と言いながら押すディアナ。
「わかったから押すな」
そう言って、ライルはディアナから距離を取ると、言った。
「今は行くけど…。ゲームのストーリーが序盤のうちに、話しておきたい事があるから、時間を作ってくれ」
「うん、いいよー」
ライルの申し出に、断る理由のないディアナはあっさりとうなずいた。
そうして踵を返そうとしたライルに、ディアナは問う。
「ねえねえ、この手紙、どうするの? 捨てるの?」
「ああ。もういらないから、捨てておいて」
「うん、わかった! まかせて!」
あっさりと答えたライルに、ディアナははずんだ声をあげながら手紙を受け取った。
「今日から、わたしの机の中はごみ箱だ!!」
「…は?」
歩きながら答えたライルだったけれど、想定外のディアナの言葉に、一瞬歩みが止まる。
「………」
さきほどよりも気持ちゆっくりと歩きながら、ディアナの言葉を頭の中で反芻し。そして答えを出した。
「…………ま、好きにさせておくか」
あくまで小さなつぶやきだったその言葉は、ディアナには届かない。
けれど、明るい声で、のんきに「じゃあね~」と手を振っているだろうディアナには、おそらく通じているだろうと思っている。それなりに長い付き合いなので。
「………」
ライルは、自然に上がって行く口角を受け入れつつ、まもなく始まるだろう会議に参加するために、再び歩みを早めるのだった。
次回のタイトルは『生徒会室前のひと騒動。』です!
ディアナ「ええ~っ、なぜにあの方があんなことを!」
ライル「………さあ…?(ため息)」




