88話 5月2日 犯人の思惑
心の中で、うん、と決意していると、ヨハンネスが細い目をディアナに向けてきた。
「ライル殿下のおっしゃる通り、サルーイン嬢が気になさる事ではありませんよ」
「えっ?」
「わたしもそう思いますよ。ディアナ様」
突然話を振られ、きょとんとしているディアナに、子うさぎを抱いたファルシナも言った。
「………」
まるで、宗教画に描かれている神のような、慈悲深い笑みを浮かべている二人に向け、はてなマークを飛ばすディアナ。そこへ再び、ごつ、と頭にチョップを食らう。
「う」
「だ~か~ら~さぁ~」
頭に置かれた手が、そのままぐりぐりとディアナの脳天をえぐるようにこする。
「うぐ、ちょっ、まっ」
「小鳥が殺されたのはお前のせいじゃないから、気にすんなってこと」
ディアナの言葉尻をつみとるように、ライルが言った。
「えっ……」
「だから、自分が誰かを傷つけたせいで、小鳥が犠牲になったとか思ってるんだろうけど、違うから」
「……あ」
そこで初めて、ディアナはみんなが自分を元気づけてくれているのだと気がついた。
はっとして横にいるファルシナを見ると、ファルシナはやさしい笑顔をディアナに向ける。
「そうですよ。もしもディアナ様が誰かを傷つけたのだとしても、それはきちんと、「自分は傷ついた」って言ってもらえないとわからないし、それをディアナ様にわからせるために、他の命を奪ったんだとしたら、それはもう手段が間違っていると思います」
「そうですね…。自分を主張する方法なんて、他にいくらでもあるのに、ああいう方法しか取れないのは……悲しすぎます」
ファルシナの言葉にうなずきながら、ヨハンネスも自分の意見を言う。
二人の言葉に、ライルは腕を組んでうなった。
「んー…。加害者の気持ちは加害者にしかわからない。人の心の形…考え方なんて、それこそ人によって違う。すべてにおいてまったく同じ考え方をしている人間なんて、一人もいないとおれは思うし。だからこそ、オランジュ嬢の言う通り、何らかの形で自分の考えを主張できればいいんだけど……今回のケースでは、今のところ犯人の意図がまったく見えないのが悩ましいところだね」
「……もしかしたら、意図を見せる気がないのかもしれませんね」
「だとすると…、単なる憂さ晴らしの可能性が高いか」
「おれは、そう思います」
ヨハンネスは、真摯な瞳でライルを見据えた。ライルは、後頭部に手を当て、息をつく。
「……こういう問題の解決のしかたって、人間の数だけあると思うんだよね、おれは」
「要するに、難しい、と」
「そうだね。ま、できる事からやってみるしかないか」
「はい。……ただ…、おれは、今、犯人と対面したら、そいつを殴らずにいられる自信がありません。……あの小鳥は、この学園に来て、一番初めにおれの肩に留まってくれたんです」
「………そうか」
「はい」
「やるなら見えない場所にな」
「そうします」
「………」
……会話がだんだんデンジャラスな方向に…。
ライルはともかく、ヨハンネスのちょっと黒い部分を見て、ディアナはいくぶんか引き気味になった。
けれども、二人の気持ちはわからなくもないのだ。
……そう、たとえば…、初対面でわたしに背中をなでさせてくれた子うさぎちゃんが、同じ目にあったとしたら……許されるならきっと、必殺のぐーぱんちを、ごふっとみぞおちあたりにお見舞いすると思う。必殺って言っても別に、ただの握りこぶしだけれども。その方が相手もちょっと青あざできるくらいで済むだろうし。……いや、もしかしたらできないかも。え、そしたら、わたしただのなぐり損? じゃあ、やめておくか。
「では、わたしはそろそろ…」
ディアナが思考を自己完結させたところで、ヨハンネスが言った。
「鍛錬室が使える時間なので、行って参ります」
「あ、わたしもです」
ファルシナは、慌てた様子で、子うさぎを地面に下ろす。
「では、失礼いたします。殿下」
「失礼いたします」
「ああ」
「はい。ファルシナさま、また後で」
「ええ。今日も十九時に食堂に集合しましょう」
「はいっ」
ファルシナは、食事の時間を確認すると、一足先に去ったヨハンネスに続く。
ただ、足早なヨハンネスに対してファルシナは比較的ゆっくり歩いているので、二人の距離はどんどん広がって行った。
「……あの二人、そんなに仲良くないのかな?」
ディアナが首をかしげている横で、ライルが問う。
「仲良くなって欲しいのか?」
「んー。ファルシナさまが、ヨハンネスさまをお慕いしていらっしゃるのであれば? だって、メリカントさまって、婚約者いないでしょう? だから、ヒロインとくっついたとしても、何の問題もなくない?」
「あー…。それが、あるんだな」
「えっ?」
ライルの言葉に驚き、ディアナが目を見開く。
「ちょっと待って。それ、どういうこと?」
「んー? それがさあ……とりあえず、それ止めろ」
早く早く、と急かすように腕をぱしぱしたたくディアナの脳天に、ライルはチョップを落とす。
「っ、いったーい。いたいいたい」
「嘘だね」
「ばれたね」
ディアナは、両手で頭を抱えて、痛いアピールをしたけれども、あっさりとライルに看破され、それを認めた。
それも、前世でもよくやっていた、二人のじゃれ合いの一種だ。
「へへっ」
ご機嫌でにこにこと笑うディアナ。そんな彼女を見て、ライルが何かをあきらめたように肩をすくめる。
「で、ヨハンネスだけど……」
「うんうん」
「婚約者はいない。でも、候補はいる」
「えっ!?」
ライルのそれは、ディアナにとっては青天の霹靂とも言える発言だった。
ディアナは、ライルの腕をぎう、とつかむと、自分の方へとぐいぐいひっぱる。
「う、うそでしょ? 逆ハーレムルートの場合、ゲームのヨハンネスさまに、婚約者はいなかったはず…。え、待って、じゃあ今って、ヨハンネスさまルート? えっ、でもその場合、ヨハンネスさまの婚約者はアルテアさまになるはずでしょ? でも、アルテアさまは今、カーサさまと婚約してるよね? え、違ったっけ? いやいや、まちがいないはず。だって、アルテアさま、今日も十九時まで、みっちりお妃教育を受けるっておっしゃってたし…!」
「だから落ち着け」
ごす。再びライルのチョップがディアナの頭に落ちる。
「いたい」
「嘘つけ」
「うそです」
そうして、ディアナがおとなしくなったところで、ライルが話し出す。
「おれが前世の記憶を思い出したのって、一年くらい前なんだけど」
「へえ、けっこう遅かったんだね」
「そういうお前は?」
「今年の四月あたま」
「…もっと遅いじゃねーか」
「えへ」
「まあいいや。で、どうもこの世界、前世でお前がやってたゲームに似てるなって思って、いろいろ調べたんだ」
「あ、そういえば。みのる、わたしが臨海学校に行ってる間に、勝手にゲーム進めてたよね? 帰ってからゲーム立ち上げてびっくりしたよ。今日こそ入手しようってはりきってたスチルが、すでに表示されちゃってるんだもん」
その時のくやしさを思い出したらしく、ディアナがむう、と口をとがらせる。
「ああ、あの時な。お前が、命の次に大切にしてる、食事も忘れるほど夢中になってたから、どんなにおもしろいのかと思ったら……恐ろしくつまんねえゲームだった」
「?! ええっ…!」
小ばかにするように言うライルに、ディアナは驚愕の瞳を向けた。口もとを押さえた両手が、かくかくと震えている。
「あ、あ、あのゲームがつまんないなんて……! みのる、なんてかわいそうな子…!!」
「………は?」
「だって! あの『イリュージアの光』だよ?! 乙女ゲーム売上ランキングでぶっちぎりの一位だったんだよ?! それをおもしろく感じることができないなんて……。みのるかわいそう~っ!」
両手で顔をおおい、えーんと声をあげて泣くディアナに、ライルが冷たく言った。
「嘘泣きはいいから」
「あ、ばれた」
「ていうか、高校生男子が、乙女ゲームをやって楽しんでたら、気持ち悪いと思わない?」
「? なんで?」
「…………ああ、いいや。お前に世間の常識を説いたところで、馬に念仏なんだった」
「え~っ。失礼な。わたしにだってサルーイン家のあとつぎとして、ちゃんと勉強してますよ~だ」
「お前の家庭教師、すっごく苦労してるんだろうなー。給料倍にしてやれば? って、まあそんな事はいいから。とりあえず、最後までおれの話を聞いてくれ」
「んー。何かすっごく言い返したい気分だけど、とりあえずわかった」
もうすこしライルと遊びたい気分だったけれど、ディアナも、ヨハンネスの婚約者候補という話題に興味があったので、おとなしくすることにした。
次回のタイトルは『フラグのひとつは、すでに折れていたようだ。』でっす。
ディアナ「え? わたし、知らない間に仕事してたっ?」
ライル「それはない」




