87話 5月2日 もふもふイベント、開催。……していいの?
つまり。
今のディアナは、動物ともふもふするヒロインとヨハンネスイベントに、突如顔を出してしまった、いわゆるおじゃま虫状態。
「……」
ディアナは、こめかみからたらりと流れ落ちる冷や汗を感じながら、ベンチの方を見る。と。
「……」
「……まあ」
糸のように細い目を見開いて、突然のディアナの登場に驚いているらしいヨハンネスと、うさぎをもふもふする手を止め、ディアナを見つめるファルシナ。
……えっ。これって、なんて声かければいいの…?
普通の心境なら、たまたま通りがかった風で「どうも~」とか言っておけば済むのだけれども、これまでイベントをかくれて見ていた負い目があるので、今ひとつ気の利いた言葉が思い浮かばない。
……ど、どうしよう…。
あせっていまだ木陰にいるライルに視線を送るけれど、ふいっとそっぽを向かれてしまう。
けれども、ディアナが、ひどい、と思う前に、意外な救世主があらわれた。
イベントをじゃまされたはずの主役、ヒロインファルシナが、ディアナの姿を認めるやいなや、笑顔で駆け寄ってきたのだ。
「ディアナ様! こんなところでどうなさったんですか?」
こんなところ、とファルシナが言ったのには理由がある。
まるで、あやしげな薬でも作ろうとしているかのような、不気味な植物が集められた区域だ。貴族のご令嬢が進んで来るような場所では決してない。
そして、そのことを植物マニアたちも重々承知していて、たまにファルシナを見かけると、むしろ「こんな怪し気な場所に美少女が!」と興奮していたりするらしい。
植物マニアが丹精込めて作り上げた怪奇な楽園を、ファルシナがどう思っているかはわからないけれど、ディアナは彼女にはずんだ声で迎えられた。
「もう用事は済んだんですか?」
「……えっ、いえ、まあ…」
……まだです。あなたたちのもふもふイベントが終わるまでが用事です。
何てことはとても言えずに、ディアナはもごもごと答える。
そこへ、ついさきほどまでファルシナがなでくりまわしていた子うさぎが、とてっ、とてとてっとかけよって来て、ファルシナの足元で止まった。
「あら、ごめんなさいね。置いて来ちゃって」
ファルシナは、子うさぎをそっと抱き上げる。
「…!」
まるでおさなごをあやすかのように、ぽんぽん、と子うさぎの背中に手を当てるファルシナに、ディアナは思わず両手を握りしめた。
……かわいい…! さ、さわりたい…!
「ほら、見てくださいディアナ様。この子かわいいでしょう?」
「はい、とっても…!」
ファルシナの腕の中で安心したように収まっている子うさぎに、ディアナはときめきを覚えずにはいられない。
思わずじっと直視していると、子うさぎの大きな目が、ちらりとディアナを見た。もうそれだけでディアナは幸せな気持ちなり、眉を下げまくっている。
そんな時、ファルシナがうれしい提案をしてくれた。
「なでてみます?」
「えっ、いいんですか?」
「ええ。この子、ディアナ様を怖がっていないようですし。たぶん大丈夫だと思いますよ。あ、最初にさわる場所は、背中がいいかもしれません」
ゲームのファルシナの設定のひとつに、動物に好かれる、というものがあった。これが、攻略対象者、ヨハンネス・メリカントとの共通点となり、時々二人で動物の世話をしているうちに、お互いに惹かれ合って行くのだ。
そのファルシナが言うのだ。たぶん、ディアナがさわったとしても、子うさぎは嫌がったりしないだろう。
「……で、では…」
ディアナは、それでも万が一のことを考えて、子うさぎが怖がらないようにと、そおっと手を伸ばし、子うさぎの背中に手を置く。
そして、上から下へそっと手をすべらせると、子うさぎは気持ちよさそうに目を細めた。
「……! か、かわいい~!」
「ですよね~。この子、本当にかわいいんですよ~」
そう言って笑うファルシナにディアナは思う。
……わあ~っ、こっちもかわいい~っ!
ヒロインと子うさぎ。なんて破壊的な組み合わせ。これを目の前で見せられて、落ちない男などいるのだろうか。いやいない。
……いやいや。クライヴさまに落ちられたら困るけど。
「………」
クライヴといる時は、ぜったいにこの場所に近づくまいと固く誓うディアナだった。
ちょっと複雑な気分にかられつつも、子うさぎの白い毛をほわほわとなでていると、それまでは二人を遠巻きに見ていたヨハンネスが歩いてきた。
ヨハンネスの頭や肩には、あざやかな羽を持つ小鳥たちが数羽留まっている。赤やら青やら黄色やら色とりどりなその様は、まるで小さな花畑を見ているかのようだ。ちなみにその横の花壇で育てられているのは、その茎や葉の先に、まるでのこぎりのようなギザギザなとげのついた花だ。茎の先端についている紫色のつぼみが開いたら、いったいどのような花を見ることができるのだろうか。……いや、想像しない方が精神衛生上いいかもしれない。
ディアナは、なるべく周囲に目を向けないようにして、にっこりとヨハンネスに話しかけた。
「メリカントさま。ごきげんよう」
気づいたディアナが声をかけると、ヨハンネスは糸目をさらに細めて微笑んだ。
「ごきげんよう、サルーイン嬢。どうやらあなたも、動物に好かれる性質らしいですね」
「いえ、メリカントさまほどじゃありませんよ。ファルシナさまだって、こんなに子うさぎに好かれていらっしゃいますし。うらやましいです」
ディアナが答えると、ヨハンネスは静かに首を振る。
「いえ。あなたに近づいても、小鳥たちが飛び立とうとしません。これは、ここにいる小鳥たちが、あなたを警戒していない証拠です」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。特にここにいる子たちは、結構人見知りをするんですよ」
そう言いながら、ヨハンネスがそっと腕を伸ばすと、小鳥たちが、まるで行進するかのようにヨハンネスの腕をとことこと歩き出す。
「……そうなんですかー…」
まるで親鳥を呼ぶ雛のように、ぴいぴい鳴きながら歩く小鳥にディアナが癒されていると、さらに数羽飛んできて、隊列に加わった。
「わあ~っ!」
ヨハンネスの腕の上で繰り広げられている小鳥のマーチに、ディアナは思わず歓声をあげた。
実はこの光景、ディアナは以前にも見たことがあった。現実にではなく、ゲームプレイ中に。
ゲームでも、ヨハンネスは動物に好かれるという設定で、彼が外を歩いていると、最低でも一羽は小鳥が飛んできて、肩や頭に留まるのだ。
この交流イベントを何度かこなすと、スチルが入手できる。その絵柄は、ベンチに座るヨハンネスとファルシナの周りに、鳥やうさぎや、りすや猫などのたくさんの動物が二人を囲んでいる、というものだった。
もちろんその中には、ベンチの前後左右にある毒どく植物は描かれていない。スチルの中では、毒どくたちは、点描とばらの花びらに出番を奪われているのだ。もちろん、この周辺にはばらの花など咲いていない。点描とばらは、あくまでも、ゲームのキャラクターに恋するヲトメが、イリュージアの世界にどっぷりつかれるよう、神さま(くしゃ)がほどこしてくれた、解けることのない魔法なのだ。
ヒロインとイケメンのスチルの背後に、毒どく植物などいてはいけないのだ。ぜったいに。
なので、ディアナは、目の前で繰り広げられているイケメンと小鳥たちのたわむれだけを、視界に入れるように努める。
……うん。映像ももちろんきれいだったけど、やっぱり本物にはかなわないね。眼福眼福。
ディアナがごきげんでヨハンネスと小鳥たちのかわいらしい交流をながめていると、それまでは笑顔だったヨハンネスの表情に、ふっと影が差した。
「……?」
さみしげに小鳥を見つめ、そして苦しげに眉を寄せるヨハンネスを、ディアナはじっと見据えてみる。
話があるなら聞くけれども、無理に聞き出すことはあまりしたくない。とは思いつつ、もしかすると、ヨハンネスの表情が変わった原因に、自分も関係しているのではないかと思う。
ディアナの机の中で息絶えていた小鳥は、いったいどこから連れて来られたのか。
たとえば、ディアナが何か小動物を飼っていたのなら、その子の命を絶つことで、ディアナに大きな精神的ダメージを負わせることができるだろう。
けれども、幸い、ディアナにはそう言った趣味がなかった。だとすれば、殺す目的で調達された小鳥は、おそらく………。
「………」
ディアナは、ヨハンネスの腕や頭の上で遊んでいる小鳥たちに視線を向けた。
……あの小鳥も、最近までは、他の子たちと一緒に、メリカントさまのまわりで遊んでいたのかもしれない………。
ディアナは、息苦しさを感じて、胸をきゅっと押さえた。そこへ。
「はい、そこまでー」
うしろから、どす、と頭にチョップをくらう。
「んうっ?」
そのまま手でぐいっと押されたので、ディアナは前につんのめる。
「わわっ」
二三歩と足を進めたことで、何とか転ばずに体勢を整えられたディアナは、誰だ、こんなことするやつは。だいたい想像つくけどねっ! と思いながら振り返ると、やっぱりそこには、想像通りにあきれ顔をした、ライルの姿があった。
「…!」
「まあ、ライル殿下」
「こんにちは。ライル殿下」
「………」
ディアナが、なにすんでいこのばかみのる! と、がうがうかみつこうとしたところで、ファルシナがライルに明るく声をかけるし、ヨハンネスにいたっては、必要ないのに胸に右手を当てて頭を下げるという、正式な挨拶をしてみせた。
「何度も言ってるけど、ここ学園の中だから。堅苦しい挨拶は必要ないよ」
ライルは、胸に右手を当てるという、王族としての正式な挨拶をしながら、ヨハンネスに言う。
ヨハンネスは戸惑いつつも、ですが…、と小さく首を振る。
「大恩あるライル殿下に対して礼を欠くなど、わたしにはとても……」
「……頭固いなあ」
「申し訳ありません」
ある意味かたくなな態度を見せるヨハンネスに、ライルは肩をすくめた。
「―――――ま、それが君のいい所なのかもね」
あくまでも態度を改める気はない、というよりは、改めることができそうにないと訴えるヨハンネスを、ライルは受け入れることにしたようだ。
……大恩? てどういうこと?
学園の規則で、生徒同士は、身分にかかわらず平等に接するようにとなっているにも関わらず、ヨハンネスはあくまでも忠義を貫こうとしている。
今のヨハンネスなら、たとえばライルが人を殺せと命令しても、おおせのままにと答えそうだ。
……まあ、みのるがそんなこと言うわけないけどね。……え、ないよね?
ディアナは、みのるの良心に多大な期待を寄せつつ、ゲームではどちらかと言うと人間嫌いだったヨハンネスを、どうやってどこぞの藩の大石何某状態にしたのかを、今度聞いてみようと思ったのだった。
次回のタイトルは『犯人の思惑』です~。
ヨハンネス「犯人は絶対に許しません」
ディアナ「……(あれ、ヨハンネス様って、こんなにこわいキャラだったっけ?)」




