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85話 4月30日 なかよし(?)姉弟再会。

「えへへ……えへ……ひっく…」

 感動の再会を果たしたディアナは、笑いながら泣くという高等技術をしてみせる。

 どうやら感情がしっちゃかめっちゃかになっている様子の元姉のほおに、元弟がぽふんとハンカチを当てる。

「ほら、レダン見てなくていいのか?」

「よくない………」

 ディアナは、ぐずっと鼻をすすって、ありがたくライルのハンカチを手にした。

「ちーんっ」

「げ…」

「洗って返すぅ……」

「いや………うん…」

 ライルの微妙な返事を聞き流しながら、ディアナはおそらく最高級だろう布ハンカチで顔をきれいにふく。

 そして、「よし」と気を取り直してレダンを見据えた。

 まだヒロインの姿はなく、レダンは、ひとりで自分の作ったお茶を飲み、ほっこりと息を吐いていた。

「ふむ……」

 ……マッスーオさまも、ほっと息をつく時があるんだねー……。

 教室でディアナが見ているレダンは、ひとりで席についている時も、常に気を張っているように見えた。

 ……マッスーオさまには、生徒会の仕事もあるんだし、たまには息抜きも必要だよね。

 昼下がりの日光を、気持ちよさそうに浴びているレダンに、ディアナはすこし好感が持てた。

 そんな、リラックスしている時にヒロインと会い、日常の緊張から解き放たれた状態で会話をしていたら…、二人がおたがいに惹かれて行っても、不思議ではないようにディアナも思う。

「………ふうー…」

 それにしても、今日は日差しがあたたかい。しかも、まわりには青々とした木々が生い茂っていて、森林浴にはぴったりな環境だ。

 ……これは、マイナスイオン効果もばっちりだね。体もぽかぽかしてきたし、気を抜くと寝ちゃいそう……。い、いかんいかん。寝たらだめだ。わたしの明るい未来のために、がんばらないとっ……。

 ディアナはぎん、と目に力を入れて、必死に眠気を追い払う。

 ……そういえば、ゲームだと、日光を浴びるのが一番好きなキャラクターは、クライヴだったなー……。

 攻略対象者と親しくなると、それぞれが好む東屋で、お茶や食事をするのだけれど、クライヴにだけお気に入りの東屋がなかった。代わりかどうかはわからないけれど、クライヴの場合は、馬で遠乗りに行くイベントがあったのだ。その時は、草原にシートを敷いて昼食を取り、食後はそのまま寝そべっていた。どうやらクライヴは草原の上に直接ごろりでも抵抗はないようで、あえてシートを敷いたのはヒロインのためだったとあとで知ることになり、クライヴの気遣いにますますヒロインはときめいちゃうのだった、なんてストーリーがあったはず。

 ……今度、クライヴさまと遠乗りに行きたいな…。それで、一緒にごはん食べて、草原にごろりしたいな…。ただ、ひとつ心配なのが、紫外線。ゲームのヒロインは、いくら日向ぼっこしたところで、いつもお肌はまっしろつるつるで、しみソバカスに悩まされることなんてなかったけれど……、現実は違うんだよ…!

 生身の人間は、太陽がんがん浴びたら、お肌は黒くなるし、皮もむけるし、シミのもとになるメラニンだって蓄積されていくんだよ…! ただ、おひさまの光がどことなくやわらかいのはうれしいな。地球なんか、それまで太陽からそそがれる生物に有害な紫外線を防いでくれていたオゾン層が、フロンガスのせいでどんどん破壊されていっちゃって、オーストラリアでは、実際に皮膚がんが増えたって話も聞いたよ。だからさ、オゾン層を保護しようって条約をつくって、フロンガスを世界からなくそうとしてたんだよね。……この世界はどうなんだろう…。クライヴさまとひなたぼっこはしたいけど、皮膚がんはこわいし。あれ、でもこの世界に皮膚がんって言葉ないかも。あ、光魔法があれば、そういうの全部治っちゃうのかな? もしかしてシミも? ……今度、ファルシナさまに聞いてみようかな?

「……で。何考えてるの?」

「うんー…、光魔法でシミそばかすは治るのかなって」

「治るんじゃない?」

「え、ほんと? やった!」

 ……うわあいっ。これで、クライヴさまと一緒に草原にねころがって、ひなたぼっこができる!

「あ、でも、日光を浴びすぎるとやっぱりよくないかな。皮膚がんにかかったりとか」

「今のところ、この世界でがんは発見されてないね」

「あ、そうなの? よかった」

「クロロフルオロカーボンなんて物質も存在しないから、オゾン層が破壊される心配もないよ」

「クロロ? そんな名前のキャラクターが出て来るまんががあったような?」

「あったねえ」

「ところで、クロロなんとかって何?」

「クロロフルオロカーボン。いわゆるフロンガスの事」

「へえー…って、あれ?」

 ふとベンチの方を見ると、先ほどまでそこに座っていたはずのレダンがいなくなっていた。

「ちょっとみのる、マッスーオさまは?」

「お前がおかしな妄想している間に戻って行ったけど?」

 人気のないベンチに驚くディアナに、ライルが説明してくれた。

「おかしな妄想?」

「だから、日光浴し過ぎて病気になったらどうしよう、とか思ってただろ?」

「思ってた!」

「心配なら、ほどほどにすればいいだけの話だと思うけど」

「でもね、クライヴさまって日光浴大好きなんだよ? クライヴさまに誘われたら、わたしだって一緒に芝生に寝転がりたいし。でも、日焼けし過ぎて皮膚がボロボロはがれ落ちてる時の姿、クライヴさまには見せたくないもん」

「何で?」

「何でって、そんな変な姿見せたら、令嬢らしくないと思われちゃうかもしれないし?」

「……今さら?」

「ちょっと、何が今さら? ていうか今さらでもいいのっ。わたしがイヤなのっ」

「へーへー」

 両手に握りこぶしを作って力説するディアナに、ライルはそっけなく答える。

「ま、でもとりあえず、レダンはヒロインに会わなかったんだし、イベントは回避できたって事でいいんじゃない?」

「あっ、ほんとだ! やったね!」

 まるで、ミニうさぎが飛び跳ねるかのようなしぐさでぴょこんっと立ち上がる

「……仕草はあいかわらずか…」

「ん? なんか言った?」

「別に。それよりこの世界の話なんだけど」

 ライルの提案に、ディアナは勢いよくうなずいた。

「そうっ! この世界ってさ、わたしが遊んでたゲーム、『イリュージアの光』の設定ほぼそのままだよね?」

「うん。まあ、多少違うところはあるけど。ていうか、多少手を加えたと言うか」

「えっ。どのへん? もしかして、みのるがまだ誰とも婚約してないとこ?」

「それもそう。まあそこは、気に入った相手がいたらしてもいいかと思ってたけど」

「悪役令嬢Eは?」

 何気に聞いたディアナに、ライルは思い切り顔をしかめた。

「……お前、おれがあいつと婚約してたら、どう思う?」

「………………どんまい?」

「わかってるんなら言うな」

「ごめんなさい」

 ぺこん、といさぎよく頭を下げるものの、反省しているとは到底思えないディアナを、ライルはぎっと睨みつける。

「お前…、余裕そうだけど、イルマ・ダントンが狙ってんの、多分、クライヴだからな?」

「えっ! それはだめ! あ、そうだ! みのるがダントンさまと婚約すればいいんじゃないの?」

「………ついさっき、どんまいとか言った口がそれを言うのか?」

「だって…!」

 あわあわとあせるディアナに、ライルは呆れ顔で言う。

「つーかお前、先日クライブに告白されてたじゃないか。だったら、今のお前とクライヴは、家同士の繋がりとは関係なく、恋人同士って事だろう?」

「…! こ、恋人…?!」

「そ。だから、お前は何があろうと堂々と構えていればいいんじゃないの? クライヴもどうやら本気らしいし………って、聞いてないか」

 ライルが話す横で、第三者から、クライヴと自分は恋人というお墨付きをもらったのがよほどうれしかったのか、祈るように両手を握って、うっとしとした表情で、「恋人…!」と繰り返すディアナ。

「はあ…」

 ライルはため息をひとつつくと、すっと手をあげ、てのひらを横に向けると、なれた手つきでディアナのおでこを指でびこんとはじいた。

「! いたっ!」

「おかえり」

「あ、ただいまー」

 前世でもみのるは、妄想にどっぷりと漬かっているみのりを呼び戻す方法として、でこぴんを多用していた。

 今世でもやられるのかー、とみのりはおでこをさすりながら思う。はじかれたおでこは痛い。けれども、その痛みが後を引かない絶妙な弾き加減から、目の前にいるのが、確かにみのりの双子の弟、みのるなんだと改めて確信する。

「ふふふー」

「何笑ってんだよ、気持ち悪い」

「ふふふー」

「たく…」

 にまにまと笑うディアナに悪態をつくライル。そんな悪態さえも、ライルがみのるである証拠な気がして、ディアナはますますうれしくなる。

 根負けしたかのようにみのるにそっぽを向かれるのも、前世のみのりにとっては日常だった。

「ひさしぶりに、お姉ちゃんとハグする?」

 はい! と両手を広げてカモンしてみるも、もと弟の返答はすげなかった。

「アホか。ていうか、おれ達もう姉弟じゃないからな? ついでに言うと、今のお前、おれよりも年下だからな?」

「弟がかわいくない…」

 ディアナは、子供のように丸めた両手を目の下に当て、くすんと泣きまねしてみる。

「かわいくなくて結構」

「うそ。そんなとこもかわいい」

「だから、男にかわいいとか言うな」

「えー、クライヴさまにも?」

「その方が賢明だと思うけどね。……って、そんな事はどうでもいい」

「え、よくないよ?」

「いいから、ちょっと黙ってて」

 どうやらライルが話をしたそうだと察し、ディアナはとりあえず口をつぐむ。口の形があひるになっているのは、まだ会話したいけれどしかたなくだまってみた、という、彼女なりの不満のアピールだ。

「お前、イリュージアの光の攻略サイト、見てた?」

「うん。もちろんがっつり見たよ。でないとクリアなんてできないもん」

「じゃあ、かく……ん?」

 ライルが何かを言いかけた時、ディアナのほおあたりにひゅんと風が吹いた。

 そして風の要因となった、赤ちゃんのげんこつサイズのかたまりが、ライルの肩に留まる。

「……チッ」

 ライルがちらりと横を向いて、自分の肩にいるものが、木で彫られた鳥の形をしていると気づくと、小さく舌打ちした。

「それ、もしかして魔伝鳥?」

 先日、魔法の講義で習った、特定の相手へとメッセージを運んでくれる魔動具だと気づき、ディアナははしゃぐ。

 魔伝鳥は、鳥の魔物から取った魔石を三つに割り、一番大きなものを鳥の形に削って、差出人と受取人二人で魔力を込め、残った二つにそれぞれが魔力を込めて所持することで、鳥の形にした魔石が空を飛び、互いの間を行き来するという魔動具だ。

「……兄上からか。行かなきゃまずいな」

 魔石の鳥の形からか、あるいは魔石に込められた魔力からか、差出人に見当がついたライルは、いらただしげに立ち上がる。

「兄上って……カーサさま?」

「うん」

「そっかー。みのる、本当に王子さまなんだねえ」

「本当にって何だよ。……話はまた今度。切羽詰まってはいないけど、なるべく早めに話しておきたいから、頭の中には入れておいて」

「わかった」

「じゃあ」

 ディアナがうなずいたのを確認して、ライルは去って行った。

「……ふむ。みのるが去った方向的に推測すると、カーサさまがいらっしゃるのは男子寮かそれとも学園の校舎か………」

 あごに人差し指を当て、どこかの少年探偵らしく考えたあと、ディアナはひとつの結論を出した。

「ま、どっちでもいいかー」

 まるで、陽の当たる縁側で、時間を気にすることなくひなたぼっこしている三毛猫のようなのんきな口調で言いながら、大きく伸びをすると、「レダンイベント、発生しなくてよかったー」とつぶやきながら、ファルシナとの待ち合わせ場所になっている、女子寮へと戻って行くのだった。

次回のタイトルは『ヨハンネスイベント発動中』


ディアナ「もふもふいいな~。わたしもうさぎ飼おうかな~」

ライル「小動物が、小動物を飼う…」

ディアナ「ん?」

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