81話 4月29日 ディアナの騎士…?
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。感謝です!
そして、今回のお話はすこし長めです。すみません。
くつくつことこと。
ディアナは、次第に煮立ってくるお鍋をながめつつ、ときおりおたまでくるくると中をかきまぜる。
最初にお鍋の中に入れたのは、お水と薬草。
どんな方法を使ってもいいので、お湯を沸かして薬湯をつくるのが今日の課題だ。
ディアナは、自分の魔力でお湯を沸かす術を持っていないので、普通にきれいに洗った炎の魔石をお水の中にいれて、魔力をそそいでお湯にする。
右隣り、炎の使い手アルテア嬢は、宙づりにしたお鍋の下で炎を燃やし、順調に沸騰させている。
すごいのは、左隣のファルシナだ。ファルシナは、強力な光の魔法を水に当てて、冷たい水を見事に温めてしまった。
今日の授業は薬草の採取。午前中が薬草についての講義で、午後から実際に森まで薬草を取りに行き、学園に戻って調理室にて薬湯作成。午前中の授業は残念なことに出られなかったディアナだったけれど、薬草を取りながらファルシナとアルテアが教えてくれた限りでは、すでに実家で家庭教師に習ったことだったので、ほっとしていた。
ディアナの実家、サルーイン領は、東に海、西に山と、それは自然に恵まれた場所で、めずらしい薬草が生えていたりもするので、次期当主教育でも、薬草関連は必須となっている。
……ん? ようするに田舎? うん。しってる。
どちらかと言うとディアナは、都会の人波や喧噪よりも、緑がもくもくとあふれている風景の方が好きだ。なので、何も問題はない。
それよりも、だ。
ディアナは、昼食を取りながら今後の対策を(ほとんどライルが)練っていた時、とんでもない言い方をしてみんなに誤解を与えてしまったことに、ほんのついさっき、薬草を採りながら気がついた。
……ここは、きちんと誤解を解いておかなければ…! 今後のためにも…!
ディアナはむんと気合を入れて、お鍋をくるくるかきまぜつつ、ファルシナとアルテアの様子をうかがう。
……今、話しかけても平気かな? だめかな?
うう~ん、うう~んと、ときおり前のめりになりながら、タイミングを待つディアナ。
しかし、おそらく薬湯など作ったことのないアルテアとファルシナは、目の前の鍋に集中していて、とても話しかけられる雰囲気ではない。
それに、よっく考えたら、いや考えなくても、ただいま授業中のため、当然ファルシナやアルテア以外のクラスメイトもいるわけで。
……ちょっと言いまちがえたら、誤解を解くどころか、新たな誤解を生むことになるかもしれない………。
どうしようかと悩みつつ、お鍋をかき混ぜていると、ディアナのすぐそばで、ことんとテーブルに何かが置かれる音がした。
「?」
不思議に思い、音のした方に顔を向けると、さわやかな、それでいて甘い香りがただよってくる。
香りのもとになっていたのは、白いティーカップで、中には飴色の液体が入っていた。
さらに、人の気配を感じて顔を上げてみると、甘い香りのするティーカップの前に、すこしやせ気味の少年が立っていた。
「……マッスーオさま?」
茶褐色の瞳でじっと見てくるマッスーオ公爵子息…ゲーム『イリュージアの光』の攻略対象者にして、悪役令嬢Bの婚約者であるレダン・マッスーオが、自分に何の用があるのかとディアナは首をかしげる。
レダンは、きょとん顔のディアナをジロリと睨みつけると、ティーカップを指さした。
「飲んでおけ」
……命令口調ー…はいつものことか。
あいかわらずの尊大な態度に若干引きつつも、ほっこりと湯気を立てるティーカップには魅力を感じ、ディアナはぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
するとレダンは、得意気に胸を張った。
「うむ。これは、リラックス効果と安眠効果のある薬湯をブレンドして、さらに飲みやすいように香りをつけたものだ」
「………」
レダンの言葉に、内心ディアナは驚いていた。
……まさかこのお茶、わたしのために淹れてくれたの?
なぜに? と心の中で盛大にはてなマークを飛ばすディアナに、レダンは、ふんっと鼻を鳴らしながら説明してくれた。
「……今朝は大変だったろう。お前の働きはわたしも知っている。土が枯れた農村を蘇らせようと日々働いていると聞いた。お前とわたしは、同じ土の魔力の持ち主。お前の魔法はまだまだ未熟で、わたしよりかなり……いや、多少……いやほんの少し劣ってはいるが、お前の持つ、ほぼ黒に近い瞳の色からして、いずれはわたしよりも……いや、わたしと張り合うレベルの魔法が使えるようになるのかもしれない。そんな貴重な人物が、今朝のようなつまらない事件の為に使えなくなってしまったとしたら、国にとっても大損害だからな。今日は、わたしが手ずから淹れてやった貴重な薬湯を飲んで、ゆっくりと休むといい」
「………はい、そうさせていただきます」
レダンの話はちょっと長すぎたし、途中から自分に陶酔し出したので、気持ち後ずさってしまったけれど、レダンがディアナを心配してくれたのはわかった。ので、素直にもう一度ぺこりと頭を下げる。
するとレダンは、満足気にうなずいた。
「うむ。これからも励めよ」
そう言って去って行くレダンの後ろ姿は、あんさんどこのお偉いさんよ、あ、宰相の息子さんだった。とついついひとりボケツッコミをしてしまうレベルの居丈高だった。
「………」
……位が高い家に生まれると、いろいろと大変なのかもしれない。
自分は、常に人の上に立っていなければならない。レダンはきっとそう思い込んでいるのだろう。そして、そうであるように、幼いころから教育もされてきたのだろう。
ディアナは、そんなに位の高い家の子じゃなくてよかった、と、他の人が聞いたなら、いやいや、おたくのおうち、爵位的には公爵の下で、侯爵と同等だし、その上、国の重要な防衛区域を任されているんだから、もしかすると、ヘタな公爵よりも発言力は上なんだけど……? と突っ込まれることまちがいなしのことを思いながら、お鍋に意識を向ける。
レダンと話をしていたので、炎の魔石に力を注いではいなかったけれど、薬湯はきれいな若草色になっていた。どうやら余熱でいい具合に煮詰まったようだ。
……ふっふっふっー。ねらい通り。
ディアナは、にやりといくぶんか貴族令嬢らしからぬ笑みをうかべると、ティーカップに薬湯を移そうとした。その時、ディアナの背中越しに、甲高い声がした。
「あらあ、いい匂いですわねえ~?」
若干わざとらしさが含まれている言い方に、ディアナが眉を寄せながら振り返ると、茶色い吊目の少女が、ディアナを高圧的に見降ろしていた。
「まあ、エトフォートさま」
声の主が、悪役令嬢Bベアトリスのものと気づき、ディアナはちょっと驚く。
ゲームどおりにストーリーが進行するのを避けるため、極力関わらないようにしていたこともあり、悪役令嬢たちとはほぼおつきあいがないと言ってもいいディアナ。
けれども、ベアトリスの視線の先にあるものに気づいて、ああ、と納得した。
「とてもおいしそうだわ。レダン様がおつくりになった、その薬湯」
……ああー…。
ようするにベアトリスは、自分の婚約者が作った薬湯が気になったのだろう。
ゲームでもレダンの特技は薬湯づくりで、ヒロインにもたびたび薬湯を飲ませていたのを、ディアナは思い出す。
……ん? マッスーオさまのおつくりになる薬湯って、気が向けば誰にでもくれるようなものなの? ゲームでは、ヒロインは特別、みたいな感じがしたけれども。
「レダン様の薬湯は、とても貴重ですのよ。当然ですわよね。高貴なご身分であるレダン様のお手によって、つくられたのですから」
「………」
……まあ、確かに公爵家のおぼっさまが作ったとなると、貴重……なのかな? ていうか、公爵うんぬん関係なく、マッスーオさまは薬湯に関する研究をしていて、実際に効果のあるものを調合できるのがすごいような?
心の中で自分の意見をのべていると、ベアトリスは八センチほど身長差のあるディアナを見降ろしながら、ふふんと笑った。
「価値がわかったのなら、ひとくちひとくち味わいながら、ありがたく飲むといいわ」
腰に手をあて、胸を大きく反りながら言うと、ベアトリスはきびすを返して自分の席へと戻って行った。
歩く時も腰に手があったので、それはちょっと歩きづらくはないだろうか、とディアナは思ったけれど、まあベアトリスにしてみれば、余計なお世話だろう。
ベアトリスを気にするのはやめて、左右を見てみると、ファルシナはすでに薬湯を作り終わっていて、アルテアはちょうど鍋からカップへと薬草をそそぐところだった。
薬湯の作成が終わった者は、椅子に座って待つことになっているので、ディアナも木製の椅子にちょこんとおしりをつける。
すると、ディアナが腰を落ち着けるのを待っていたかのように、ファルシナが話しかけてきた。
「そう言えば、ディアナ様は、身の回りの面倒を見てくれるメイドを、連れて来られなかったんですよね?」
「ええ、そうです」
当初はひとり連れてくる予定だったのだけれど、寸前になって前世の記憶を思い出したので、まあ、日常生活を送るくらいなら、メイドさんがいなくても支障はないだろうと、断ってしまったのだ。
おかげさまで、今は完全なひとり暮らし。寮生活ではあるけれど、ちょっぴり大人の階段を登った気分になっていた。
そんなディアナの返答に、ファルシナはうーん、と考え込む。
「今からでも、呼ぶことはできませんか? できれば護衛を兼ねられる方の方がいいかもしれません」
「護衛…ですか」
ディアナにも、ファルシナの言わんとすることは理解できた。けれども。
「ですが、もしもわたしが狙われているのであれば、むしろ近くに人を置いたら、巻き込んでしまう可能性がありますし」
「確かにそうですけれど……」
ファルシナは再びうーんと考え込み、その後、「あ」と小さな声をあげて、ぽんと小さく手をたたいた。
「では、寮の中では、できるかぎりわたしが一緒にいるようにしましょう」
「え?!」
目の前で、名案! とばかりにどや顔をしているファルシナに、ディアナはふるふると首を振った。
「いえいえ、仮にも伯爵令嬢のファルシナさまを巻き込むなんて、とんでもないことでございます!」
ダメ、ぜったい。とばかりに断固拒否をするディアナに向けて、口を開くファルシナ。けれども、反論は目の前のファルシナからではなく、背後から聞こえて来た。
「わたしもご一緒しますわ。ファルシナ様」
「え…!」
すこし低めの落ち着いた声がした宣言に、ディアナは顔をひきつらせる。
調理室に来て、あたりまえのようにディアナの両隣りの席についたのは、ファルシナとアルテア。
そして今、ディアナはとなりの席にいるファルシナに体を向けて話している。
……この体勢で、うしろから声が聞こえてきたと言うことは………。
いや、本当は、誰が言ったかくらいわかっているのだ。声で。
ただ、なんとな~く、ディアナが認めたくないだけというか……。
……あなた、前線に出て来ちゃ一番ダメな人ですよね…? ご自身のお立場、わかっていらっしゃいます…?
ディアナの背中がひやりと冷えた。そして、必死に考える。アルテアをディアナの護衛もどきにせずにすむ方法を。しかし。
「まあ! アルテア様がご一緒してくださるなら、まさしく百人力です!」
目の前のファルシナが、元気に言った。
……あ。ここにも、アルテアさまのお立場を理解していなさそうな方がひとり。
ディアナのほおが、ぴくりと痙攣する。その後ろで、アルテアが
「まあ、そんな……。わたしの方こそ、ファルシナ様がいてくださったら中級レベルの魔物が何体いても、負けることはなさそうですわ」
「いえいえ。さすがに三重に取り囲まれたら、多少はけがをすると思います」
「でも、負けることはないと?」
何かを含んだようなアルテアの問いに、ファルシナははっきりと答えた。
「はい! アルテア様が、わたしの背後にいてくださるなら!」
「当然です」
おそらく、満足のいく答えだったのだろう。アルテアは深くうなずき、そしてディアナに視線を向ける。
「と、言うことですので、ご安心くださいディアナ様。あなたのことはわたしたちが必ずお守りいたします」
「そうですよ! わたしたちにまかせてください!」
「えっ、ええっ…?」
……いや、それ立場逆です、次期王妃さま。そして伯爵令嬢さまも、わたしではなく、アルテアさまをお守りしてくださいぃ…。
心の底からそう告げたいディアナだったけれど、意気揚々と握手をがっちり交わすアルテアとファルシナを間のあたりにしてしまうと、今、ふたりのやる気満々な雰囲気を壊すのはどうかと思うし、壊したところで、たぶん、二人の意見は変わらないだろうと悟るディアナだった。
次回のタイトルは『ファルシナの心づかい。が気になる。』でっす。
ファルシナ「しまいには、ガイコツが空から降ってくるかも…?!」
ディアナ「いえ、それはさすがにないかと。………ないよね…?!!」




