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8話 4月9日 次の約束

いらっしゃいませ。

初めて来て下さった方、ブックマーク登録、評価をして下さった方、ありがとうございます。

 馬車を下りると、クライブは、西にある建物を指差した。


「あれが、今日からディアナが暮らす女子寮だ」


 クライヴのもう片方の腕は、ディアナの腰に添えられている。密着した身体にどきまぎしつつ、ディアナはこくこくとうなずく。


「歩けそう?」

「だ、大丈夫です」


 歩くのは大丈夫。クライヴとの密着状態が続く限り、顔はほてったままだろうけれども。


「じゃあ、行こうか」


 クライヴにうながされ、ディアナは、そろそろと歩き出した。クライヴも、ディアナに歩調を合わせて、ゆっくり進む。


「明日の始業式は、具合が悪いようなら休んでも影響はないと思うよ」

「あ、…はい」


 始業式。

 ゲームで見た始業式は、学園長と生徒会長のあいさつ、そして、魔力審査で体内に一番魔力を保持している新入生が、入学の誓いをして、あっさり終了した。それから、クラス毎に分かれて担任教師の挨拶を聞き、解散。


 一見、何の変哲もないイベントのように思えるけれど、これがゲーム攻略の観点から見ると、案外重要だったりする。


 入学の誓いをすべく選ばれたのは、伯爵令嬢、ファルシナ・オランジュ。ゲームのヒロインだ。

 彼女の瞳は、黒に限りなく近い緑。しかも、この世界では比較的少ない、光の魔力の使い手でもある。その上、内に強大な魔力を秘めていることから、貴族の間では入学前からかなり有名な存在なのだ。


 ただ、この時点で、ヒロインの母親が平民だと知っている生徒もちらほらいて、ヒロインの事を、卑しい血の持ち主と、いじめる材料にする。

 たとえば、悪役令嬢Aのアルテアは、ヒロインがいるところで他の悪役令嬢たちにその話をし、みんなでばかにしたように笑う、という、めちゃめちゃ性格の悪いことをするのだ。


 そんなこんなで、色んな意味で入学前から注目を集めている彼女が行う入学の誓いには、攻略者との親密度を上げる要素が含まれている。


 ヒロインが、入学の誓いで何を言うかによって、攻略者の親密度が変化するのだ。


 ゲームでは、誓いの言葉をいくつか選択できて、それによって、一人、あるいは二人、あるいは全員の親密度を上げることができる。

 全員の親密度を選択すると、一人一人の上り幅は少ない。けれど、逆ハーレムルートを狙うのであれば、そこ一択なのだ。


 だから、ヒロインが、入学式でどの言葉を言うかで、今後の対策が立てられるとディアナは考えている。


 ……逆ハーレムルートへ進む言葉でなければ安心できるし、そうでなければ……どうしよう。


 とりあえずがんばって、クライヴとの仲は裂くべきか。


 いやでも、ヘタに妨害したら、それこそゲーム通りにクライヴに嫌われてしまいそうだし。ここは、日光東照宮の三猿の教えにしたがって、見ざる聞かざる言わざるを決め込むのがいいのか。


 ディアナが、悶々としながら歩いているうちに、女子寮に到着してしまう。


「今日は、ゆっくり休んで」

 クライヴが、寮の銀色の縁取りがされたドアを開けて、中に入るようにディアナを促す。

「あ……」


 ここで、ディアナはしまったと思った。


 せっかく、生徒会の仕事で忙しいはずのクライヴが迎えに来てくれたのに、ほとんど何も話さないまま、お別れになってしまう。

 クライヴと過ごせる時間は、もう残り少ないかもしれないのに。

 逆ハーレムルートか、万が一、個別のクライヴルートに入ってしまったら、本当に、あっという間にディアナとの距離が開いてしまうのだ。

 できれば回避したいけれど、がんばるつもりではいるけれども、それでもダメだったら……。


 今から2か月後にはもう、クライヴは、婚約者であるディアナの買い物に付き合うこともなくなり、ヒロインと一緒に、遠乗りに出かけるようになってしまうのだ。


 だったら、今、クライヴがそばにいてくれる今、すこしでも長く一緒にいたい。


「………」


 そう考えたら、ディアナは、その場から動けなくなってしまった。

 貴族の子女も暮らす寮だ。当然異性は中に入れない。

 ここで、離れてしまったら、今日はもう、クライヴとは会えなくなる。


「……ディアナ?」

 なかなか寮に入ろうとしないディアナを、クライヴが呼ぶ。


「……、…」

 ディアナが、そろりと顔を上げると、クライヴの深い青の瞳と視線が交わる。

 その瞳の色に引き込まれるかのように、ディアナの口が想いを告げる。

「……もう少し…一緒に……」

「えっ、」

 ディアナの言葉に驚き、小さな声をあげるクライヴ。

 それで、ディアナは、はっと我に返った。


 ダメ。


 ゲームのクライヴが、ヒロインに惹かれて行く原因のひとつに、悪役令嬢Dのわがままがある。

 今日の出会いイベントだって、ヒロインは、自分は光の治療魔法が使えるから、ねんざくらいすぐに治せると、早く自分を寮に連れて行けとがなる悪役令嬢Dと心配するクライヴを、快く送り出そうとする。けれど、クライヴは、怪我人を放ってはおけないと、ヒロインが自分でケガを治療し終えるまでその場にとどまるのだ。

 すると、悪役令嬢Dはさらにがなり立てる。それこそ、遠巻きにDたちのやりとりを見ている生徒たちが、耳をふさぐレベルの声で。そしてそれは、ヒロインが足のけがを自分で治し、クライヴと別れるまで続いたのだった。ある意味、悪役令嬢Dの性格の悪さをゲームの登場人物たち、そしてプレイヤーに周知? するイベントだったのかもしれない。


 自分がみのりで、プレイヤーだった時は、うわ~自己中~。とあきれるだけでよかったけれど、そういうわけにはいかなくなった。

 

 ……だって今は、わたしがその、悪役令嬢ディアナ、なんだもん………。


 悪役令嬢Dとして生を受けてしまったからには、どんなに抵抗したって、自分をやめることはできない。

 だったら、せめて、わがままを控えて、クライヴに嫌われないようにしなければ。


 そう思って、クライヴと、少しでも長く一緒にいたい気持ちを、胸の奥に押し込める。


「あ、えっと、何でもないです。その、おやすみなさい」


 両手をぱたぱた振って、ぺこりと頭を下げ、寮の中に入ろうとしたディアナだった。

 けれど。


「ディアナ」


 ディアナの手が、彼女のそれより二回りも大きなクライヴのそれに包まれた。


「ふぇっ?」

 驚きのあまり、おかしな声を出すディアナ。顔が赤いのは、クライヴの前で変な声を出したのが恥ずかしかったのか、それとも、クライヴに手を握られているからなのか。ディアナ自身にも判断がつかない。というかつける余裕がない。


 かちん。とその場で固まってしまったディアナを前に、クライヴは、照れくさそうに笑った。


「明日、もしディアナの体調が良ければだけど…、入学式が終わったあと、学園内を案内するよ」

「えっ…」

「今日は、長旅で疲れてるだろうから、ゆっくり休んで」

「へっ、あっ、は、はいっ」

「――――じゃあ、……おやすみ」


 そう言って、ディアナに背を向けるクライヴ。まだ夕方にもならない時間なのに、おやすみと言ったのは、たぶん、さきほどディアナがあっぷあっぷしながら、思わずおやすみと口走ってしまったのに、合わせてくれたのだろう。


 かっこいいだけでなく、思いやりもある。わたしの未来のだんなさまになるかもしれない人は、何て素敵なんだろう。

 頬を桃色にそめそめ、クライヴの後姿を見守っていたディアナだった。けれど。


「ひょぇっ…!」

 ディアナは、小さく声をあげると、両手で頭を抱え込んだ。


 そうだった。ゲームでも、入学式のあと、ディアナはクライヴに学園を案内してもらっていた。

 ゲームの場合は、ヒロインとクライヴが出会いイベントをしている間、ほったらかしにされた事に激怒したDが、「明日は一日わたしの言う通りにしなさいっ!!」とわがままに命令したのだけれども。 

 でもでも、今のだって、ディアナがクライヴと一緒にいたいがために、クライヴに誘わせたとも解釈できるのではないだろうか。


「あああ……。また、イベント回避できなかった……」


 ディアナは、寮の扉に力なくよりかかり、肩を落として、自分の犯してしまった失態に打ちひしがれたのだった。





「………」


 ライルは、だるそうに腕を組みながら、校舎の壁に背中をあずけ、クライヴが女子寮から去って行くのを眺めていた。


 クライヴは、ディアナに背を向けてすぐに、表情からやわらかい笑顔を消し去り、唇を固く引き結ぶ。


 ディアナは、最初、ほんわりと頬を桃色に染め、クライヴの背中を見送っていたが、突然何かに驚いたかと思うと、両手で頭を抱え、ぷるぷると左右に振り出した。

 それから寮の扉にごてんとよりかかると、しょんと肩を落としてしまい、扉の前まで来た次の入寮者に、「あのー…」と遠慮がちに声をかけられるまでそのままだった。


 入寮者に気づいたディアナは、「ごめんなさい~」と顔を赤くして半泣きで謝りながら、寮の中に駆け込んで行く。


 寮の扉が閉められ、ディアナの姿が見えなくなると、ライルは肩をすくめながら、ほう、と息を吐いた。


「………何だかねぇー……」


 肩をすくめつつ小さく呟いたその声は、ライルの望み通り、誰の耳に拾われることなく、やわらかく吹きくる春の風の中へと消えていくのだった。

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