73話 4月27日 馬車内deトーク。
朝食後、制服に外出用のケープを羽織ったディアナとアルテアは、教育係のガーナが用意した馬車に乗り、魔動具屋へと向かった。
……学園に専用の馬車まで用意してあるとは……、さすが将来の王妃さま。
本来、学園生が外出する時は、専用の乗合馬車を使うのが決まりとなっている。この学園の生徒には貴族が多く、その一人一人が自前の馬車を保有しておくスペースは、さすがにない。
それに、学園が用意した乗合馬車は、外見こそこげ茶色一色とシンプルだけれど、座席はすこし硬めのソファになっていて、多少の悪道ならおしりが痛くなるなんてことはないすぐれた造り。さすが資産家の公爵さまが用意しただけある一級品だ。
品物的には、たとえ公爵クラスでも乗合馬車を使うことに抵抗はないはずなので、それでも個別に馬車を用意するのにはちゃんとした理由があるのだろう。たとえば、暗殺防止とか。
「……」
しかし、この馬車も、乗り心地は大変いい。外見はやっぱり目立った装飾はされていないけれど、中には毛皮のシートが敷いてある。
「もし…もしですけれど、この馬車が襲われたら、この毛皮を体にかぶせてください。鋼の剣や弱い魔法ならはじくことができますから」
「………えっと、この毛皮ってもしかして………」
「あら、ご存知でしたか? フェンリルですわ」
「……………」
……フェンリル。フェンリルと言えば、アレですか。上級の中でも超上級クラスの魔物ですか。
常にこの世に一体しか存在せず、その一体が倒されると世界のどこかでまた一体が産声をあげると言われる魔物。
そんな、超めずらしく超レアな魔物の毛皮が、今、目の前に………。しかも×二枚。
……これを入手するために、どんだけの権力と財力を使ったんだろう……。さすが、フロンド王国建国当時から続く公爵家…。サルーイン家が三倍に増えてもきっとかなわないよ………。
「………」
めったにさわれないだろうから、と、こっそり硬めの毛皮を指ではじいて堪能するディアナだった。
ディアナとアルテア、そしてフェンリルの毛皮を乗せた超高級馬車は、からからと軽快な音を立てながら、丘を降りて町の入口へとたどり着く。
学園の乗合馬車なら、ここで降りて先は徒歩で進むのだけれど、超高級馬車は止まることなく町の中へと入って行く。検問すらない。
……この馬車は特別なんだ。だってそもそも乗っている人とモノが特別だし。
ディアナは、視線はにっこり笑顔のアルテアに向けながら、指でフェンリルの毛皮をさすさすとなでながら思った。
「わたし、魔動具屋へ行くのは初めてなんです」
アルテアがはずんだ声で言う。
「そうなんですか」
「ええ、……実は、町に行くこと自体が初めてなんですけれど」
「まあ……」
……ふーむ? 確か、ゲームの悪役令嬢Aは、休日のたびに町に繰り出して、お買い物を楽しんでいた設定だったような?
「ディアナ様は、町に行かれたことはあって?」
「はい。先日参りました」
「どちらへ行かれたのですか?」
「仕立て屋へ。ドレスを作っていただきました」
「まあ。もしかして、フィクトル様に?」
「はい、…そうです」
……って、婚約者にドレスを作ってもらったって、あらためて考えると照れる……。
「そうでしたか」
ディアナが顔を赤らめるのを見つめる、アルテアの表情は穏やかだ。
「そのドレスは、いつお使いになるの?」
「来月のダンスパーティの予定です」
「それは楽しみですね。わたしも一着仕立てようかしら。しばらく普段着用のドレスを作っていないし……」
「普段着用ですか。いいですね」
「ええ。たいてい普段用のドレスは、一度着用したパーティ用のドレスをリメイクするんです。一度公の場でお披露目をしたドレスを、また着ることはできないので。ですけれど、パーティ用に作ったものは、やはり装飾が凝っていて動きづらいんです」
「……そうなんですか」
アルテアの意外な一面を知り、ディアナは目をぱちくりさせた。
……もしかして、ゲームの悪役令嬢Aの普段着が金糸や銀糸にレース三十重ねとか、やけにぴらっぴらだったのは、一度着た正装用のドレスをリサイクルしてたから? ……いやいや。それは絶対ちがう。ゲームのAは、まちがいなく散財家だった。ゲームの中で、寮のクローゼットにはドレスが百着しか入らないとかぼやいてたもん。
……ちなみに、わたしの部屋のクローゼットには、三十着くらいしか入らないけれどね? そんなに入れるドレスもないから、中はすっかすかだけどね?
ディアナが、自室のクローゼットの中に入っている、動きやすさを重視した簡素なドレスを思い浮かべていると、アルテアが、名案を思いついた、とばかりに顔の前で両手を合わせて言った。
「もしよろしければ、今度一緒に仕立て屋さんに行きませんか?」
「わたしでよろしければ、ぜひ」
別に、断る理由もないだろうと、ディアナはこくりとうなずいた。
ディアナの返事を聞いて、「うれしい」と顔をほころばせるアルテアは、とても美しい。
「いつにしましょうか? 次の休日は三十日ですけれど、わたしはお妃教育が入っていますし………」
「お妃教育は、どちらで受けられるんですか?」
「一日休みの場合は、王宮です」
「えっ」
アルテアの言葉に、ディアナは小さく驚いた。学園から王宮に行くまで、馬車だと丸一日かかるとクライヴから聞いていたからだ。
「お妃教育のために王宮に向かう時は、魔動車で参ります。そうすればだいぶ時間を短縮できますから」
「ああー…」
その手があったか、とディアナはうなずいた。魔動車は、それこそつい最近作られたばかりの、魔石を動力にして動く、いわゆる自動車のようなもの。まだ一般というか、貴族間でも売買はされていないはずだけれど、王家には普及しつつあるのかもしれない。そもそも、発明したのがライル王子なのだから。
……そういえば、入学前クライヴさまにいただいた手紙に、学園に行くなら魔動車で迎えに行くよ? みたいなこと書いてあったな……あれって、ライルさまに魔動車を借りるつもりだったてこと?
「これはここだけの話ですが……、今まで、いろんな方に魔動車を動かしていただきましたけれど、フィクトル様の運転が、一番安定していてよかったですわ」
「! 本当ですか、ありがとうございます」
馬車の中には二人しかいないのだけれど、内緒話とばかりに小さな声で教えてくれるアルテア。
ディアナとしても、恋人を褒めてもらうのは素直にうれしいので、顔がふにゃりとほころぶ。
「機会があったら、ぜひ一度、フィクトル様に乗せてもらってくださいね」
「はい」
その後、アルテアが休める日は、月に一回ある二連休のうちの一日だけだというので、連休初日に行くことに決めた。「楽しみです!」と、普段教室では決して出さない、はずんだ声で言うアルテアを前に、デァイナもわくわくが止まらないのだった。
次回のタイトルは『ライルイベントに潜入…!』
ディアナ「つ…ついに、わたしにもベームイベントを阻止するチャンスが…!」
ライル「多分ない」
ディアナ「えーっ」




