7話 4月9日 婚約者の動向。
いらっしゃいませ。
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おかげさまで、日間恋愛異世界転生/転移ランキングで、100位以内に入れました。
……ひ、ひええええぇぇぇぇえええええぇえぇぇぇぇぇえええええ…!!
ディアナは、心の中でどでかい叫び声をあげた。
だって、今、ディアナの目の前で起こっている光景は、それだけ衝撃的なものなのだ。
……あ、あれはまさしく…! ゲーム『イリュージアの花』で見た、ヒロインとクライヴの出会いイベント…! ついでに言うとスチルにもなってたやつ…!!
ほっそりとしたヒロインの体を抱きかかえるクライヴ。背後に青薔薇ときらきらエフェクトをしょいつつ、大きな瞳をやんわりと細めて「大丈夫?」とヒロインに笑いかけるさまに、乙女心をがっしりつかまれた。
前世のディアナ…みのりが、二番目にクライヴルートを制覇して、次のキャラクターを攻略している時も、ちょくちょくスチルを見返してはもだえていたものだった。
そんな希少なシーンが、今、目の前で繰り広げられている。けれども。
……う、うれしくないっ。ぜんぜんうれしくないよう~!
ゲーム通りに学園生活が進んで行くなんて、ディアナにとってはまさしく死活問題。喜べるはずなどない。
……ど、どうしよう…! このままじゃあ、わたし、ぶたさんに食べられルート、まっしぐら…!!
人生の終わりを感じたディアナの頭の中が、瞬時に真っ白に染まる。
息を吸うのも苦しくなり、ディアナは頭を抱えて馬車の座席に倒れ込んだ。
「! ディアナ様? ディアナ様っ」
護衛の青年が、何かを言っているようだけれど、声がやけに遠く感じる。自分はそんなに護衛と離れてしまったのだろうか? いつのまに?
うまく呼吸もできず、息苦しい状態の中で、ディアナは、ゲーム画面で見た光景を思い出す。
ゲーム『イリュージアの花』のヒロインは、髪の色が、確かにストロベリーブロンドだった。
そして、たった今見たのは、クライヴとヒロインの出会いイベント。
ヒロインが、慌てた様子のモブキャラにぶつかり、転びそうになったところを、クライヴが助ける。
そして、その様子を馬車の中から見ていた悪役令嬢Dが、二人のもとにやって来て、他の女性に気を取られて自分を蔑ろにしたと、クライヴをなじり、足をくじいているヒロインには見向きもせず、自分を寮までエスコートしろと言うのだ。
もちろん、ディアナにそんなことをする気はない。けれど、どうやら現実は、ゲームのストーリーと限りなくリンクしているようだ。
たとえディアナが悪役令嬢Dのような行動を取らなくても、現実に起こる出来事に巻き込まれ、巻き込まれ続けたら………。
いつの間にかディアナが、ヒロインをねちねちいじめていることになってしまったり、クライヴの義母や隣国と結託して国を乗っ取ろうとしているなんて噂が立ってみたりするのではないだろうか。
そうなれば、最終的に行き着くのは、豚の魔物にばりごり喰われてしまう運命だ。
「――――」
気がつけば、身体ががたがたふるえていた。
ディアナは、せめて自分を抱きしめようとしてみたけれど、腕がうまく動かない。
ディアナの指先が、ふるえながら宙をさまよう。
「……っ…」
声にならない声をあげながら、まるで、助けを求めるかのように手を伸ばしていると、突然、ディアナの手に、温かい何かが触れた。
その何かは、ディアナの手をしっかりと握りこむ。
……やさしい……。安心、する……――――。
その心地よさに、硬くなったディアナの身体が、すこしずつほぐれて行った。
「……アナ…、ディアナ……」
身体から不自然な力が抜けてゆくと同時に、自分を呼ぶ声が聞こえて来る。
低く、どこかやわらかい響きを感じるその声に、誘われるようにまぶたを上げると。
ディアナの視界に飛び込んで来たのは、つい、本当についさっきまでストロベリーブロンドの少女の身体を支えていたはずの。
「………ク……クライヴ……さま?」
だった。
ディアナがぱちくりどんぐりまなこをしている前で、クライヴは、安心したように、ほっと息をつく。
つられるように、ディアナも大きく呼吸をした。
「どうした? 気持ち悪い? それともどこか痛い?」
倒れたディアナを気遣ってか、ささやくように話しかけるクライヴ。
ふっと目線を下に向けると、先刻まで空をさまよっていたディアナのか細い手は、クライヴの強く大きな両手にやさしく包まれていた。
「……え、…いえ……」
突然、至近距離に現れた婚約者に、ディアナの心がどきんと跳ね上がる。
クライヴの青みがかった金の髪が、今にも握られたディアナの手に触れそうだった。
青みを含んだ黒い瞳に見つめられていると気づいた時は、また少し息苦しくなってきたけれど、それは、先ほどまでと違って、甘さをふんだんに含んでいた。
ゆるやかなカーブを描いた眉と、目の下の涙ぶくろが、クライヴのやさしさをさらに強調しているように思える。
「……息が苦しそうだね。それに、顔も少し赤い」
心配そうに問われ、ディアナは慌てて首を振る。
「だ、大丈夫、です」
そう。息苦しいのは、恋心が今ちょっと全面に押し出されているからだし、顔が赤いのも同じ理由。病気などでは決してない。
それでも、あえてこの症状に名前を付けるとしたら……恋煩い、と言ったところだろうか。
だがしかし、それはディアナにしかわからないことであって、目の前で婚約者が赤い顔をして、浅い息を繰り返していれば、何らかの不調を疑われてもしかたがない。
「とりあえず、医務室で診てもらおう」
クライヴに言われて、ディアナはますます首を振る。
「い、いえ、本当に、大丈夫です。ちょっと……疲れが、出ただけだと、思いますから……」
「……本当に?」
「ほ、本当、…です」
「………」
ディアナの返答に、クライヴは眉を寄せる。たしかに、軽く息を切らしながら大丈夫と言われても、説得力に欠けるなあと、ディアナも思う。
でも、本当に病気ではないのだ。ディアナの症状は、お医者様にも草津の湯にも、決して治せない代物なのだ。
なので、ディアナは、よいしょと身体を起こした。
「それよりも、学園の敷地内に、いつまでも、馬車を止めたままでは、他の方の、ご迷惑になってしまいますね」
そう言いながら、立ち上がる。
「そんな事は、気にしなくていい」
クライヴは、強い口調で言いつつも、ディアナを支えるために、背中に手を添えた。
「あ……はい」
ディアナは、素直にうなずいた。クライヴの、反論を許さない言い方は、ディアナを心配しての事だろう。
そう思うと、たまらなくうれしさが込み上げて来る。