69話 4月25日 ライルの挑発…からの告白
「……ディアナ」
心配そうにクライヴに名前を呼ばれる。
「ごめん。本当はライル殿下には遠慮していただきたかったんだけど……」
困ったように言うクライヴに、ディアナは首を振った。
「……いいえ。わたしは大丈夫ですよ、クライヴさま」
「…………ごめん。今日はずっとディアナの傍にいるから。ディアナもおれから離れないで」
言葉とともに、手をきゅっと握り込まれる。
大丈夫、と言いながら、実は不安でいっぱいだったディアナの心ごと、クライヴの大きな手が包んでくれたような気がした。だから。
「………はいっ」
クライヴの手を握り返しながら、ディアナは笑顔で答えた。
そうして、二人連れ立ってライルたちの傍へと行くと、ヒロインとライルの自己紹介が終わったところのようだった。
「あの、先日はハンカチを取っていただき、ありがとうございました」
「……ん? そんなことあったっけ?」
「………」
首をかしげるライルに、ディアナの顔がひくりと引きつる。
……ありましたよ。見事にロナンドイベントをかっさらっていったでしょ、アナタ。
ゲームでは、風のせいで、木の枝にひっかかってしまった制服のスカーフを、ロナンドが練習用の剣で取ってあげる、という設定だったけれども、実際木の枝にひっかかったのはハンカチで、さらに枝から取ったのはライルだった。
「ああ…! そう言えばそんな事あったな」
その時現場にいたロナンドが、まるで他人事のように言う。
……いえ。本来なら、あなたが当事者だったんです。
心の中でびしりとつっこむディアナ。口に出せないのがかなりつらい。
「それで、あと一人のメンバーはどちらに? ライル殿下」
「もうすぐ来ると思うよ。時間ぎりぎりになるんじゃないかな」
ロナンドの問いに、ライルが答える。
「それにしても、殿下が自ら、わたしたちのパーティに参加してくださるとおっしゃった時は、驚きました」
「まあねー。クライヴが、危険でもなんでもない初回の魔物討伐の授業で、婚約者に傷ひとつつけたくないからって、学園随一の腕を持つロナンドを仲間に引き込もうとしてるからさー、おれも協力しようと思って」
……ん?
「まあ……よほど婚約者が大切なんでしょう。なあ、クライヴ?」
「ええ」
「……!!」
ロナンドの言葉に、当たり前だとばかりにうなずくクライヴ。
……えええ~…! はずかしい…! けどうれしい…!!
ディアナが、かっかぽっぽと染まり出すほおを、空いている手でかくすように押さえる中、ファルシナが声をあげた。
「まあ…! 素敵です、フィクトル様。わたし、前から思っていたんです、サルーイン様とフィクトル様は、とってもお似合いだって!」
ぱちん、と両手をたたいてファルシナがはしゃぐ。
「すっごくうらやましいです! もう、末永くお幸せになってください!!」
「いやいや。結婚前なのに末永くはまだ早」
「ありがとうございます。オランジュ嬢」
早いんじゃないか、と続くはずだったろうロナンドの言葉を、クライヴが強めの口調でかっさらった。
「…」
思いがけないクライヴの言動に、ぽかんと口を開けるロナンドを置き去りにして、クライヴはディアナを見つめる。
「こんなに早くから祝ってもらえるなんて、おれ達は幸せだね、ディアナ」
「…うあ、は、はい…」
赤い顔をのぞきこむようにして言われると、ますますディアナの興奮度があがり、それに乗じて顔もさらに赤くなる。
もう首どころか鎖骨のあたりまで、ディアナが赤くなった時、ライルがいくぶんか冷めた声で言った。
「――――ずいぶん自信があるみたいだけど……、幸せに? なれるの? 二人で?」
「ええっ…?」
ライルの言葉に、小さく疑問を呈したのはファルシナだった。けれど、王族相手に不敬だと思ったのだろう。
すぐに、しまったとばかりに口を押さえる。
「ああ、いいよ。学園内では無礼講だ。それに、忌憚のない意見が聞きたいしね」
ライルはひらりと手を振って、ファルシナの行いを容認し、クライヴに視線を戻した。
「そもそもさ、君達が結婚することによって、誰が幸せになるの?」
「………っ」
ライルの言葉が、ディアナの胸に突き刺さる。
お互いが望んだわけじゃない者同士。一枚の紙きれに署名して、教会に届けるだけで、誰が幸せになれるのか。そうすることで幸せを勝ち取るのはいったい―――――誰なのか。
すくなくとも、自分は幸せだ。たとえ、たがいの両親や、国の思惑がそこにあったとしても。ディアナは声を大にしてそう言いたい。けれど、それはためらわれた。
だって、この結婚では、ディアナの方が立場が上なのだ。そのディアナが、クライヴを縛り付けるようなことを言ってしまったら………。いざ、クライヴが他の人……ヒロインを好きになった時、身動きが取れなくなるかもしれない。
「……っ」
だから、ディアナは言った。唇をかみしめて。本当の想いは、心の奥底に眠らせて。
「……何をおっしゃるかと思えば。ライル殿下、殿下もご存知だとは思いますが、わたしたちの婚約は、家同士をつなげるもの。そこに、……わ、……わたしたちの……幸せなど……っ……」
「………ディアナ」
「………っ…ひっく…」
自分たちの結婚は、あくまでも政略的なものなのだと、ライルにきちんと伝えないといけない。そう思うのに、瞳から汗がこぼれ落ちそうになるので、くちびるをかみしめて、必死にこらえる。汗が止まりかけたころにもう一度口を開けば、また汗が出そうになるので、ディアナは言い続けることができなかった。
そんなディアナの体を、クライヴがぐっと抱き寄せ、腕の中にしまいこんだ。
ディアナの頭をなでるクライヴの手は、まるで、もうこれ以上話さなくていい、と言ってくれているようだった。
「クライヴさまっ…」
ぐすぐすと泣きべそをかきながら、ディアナはすがるようにクライヴの胸にひたいを押しつける。
そんなディアナの頭に手を置くと、クライヴは静かな声で言った。
「ライル殿下」
「……………何?」
たっぷりと、もったいつけるように時間を置いて、クライヴの呼びかけにライルが答える。間を開けることで、意見を言い辛くさせるつもりでした事だったけれど、クライヴには通じなかった。
クライヴは、黒にほど近く、わずかに青が入った、大きな魔力を持つ証となる瞳を、真っすぐライルに向ける。
「確かにおれ達は、家同士の取り決めで、政略的に婚約しました。けれどおれは、少なくともおれ自身は、………ディアナを愛しています」
「……!」
ディアナが、クライヴの腕の中でびくりと動く。
……クライヴさま…、今、なんて……。
今、聞こえてきたのは、クライヴの口から出るわけのない、信じがたい言葉。けれど。
……愛って…? わたしのこと、愛してる…って………。
それを言ったのは、確かに、今、自分を抱きしめてくれている人で。それは、クライヴでまちがいなくて。
「………っ…!」
クライヴの言葉を、頭の中で反芻していくうちに、クライヴの想いが、ディアナの胸にじんわりと染み込んで行く。
それはまるで、永遠に尽きることのな泉のように、ディアナの心をあたたかいもので満たして行った。
「クライヴさまっ…! クライヴさま…!」
ディアナは、クライヴの胸にしがみつき、必死に言い募る。
「わたしもっ…、わたしも、クライヴさまをお慕いしておりますっ…! ずっと…っ! はっ、はじめてお会いした時からっ…!」
そう。ディアナのそれは、まさしくひとめぼれだった。
両親に連れて行かれたダンスパーティで、クライヴを紹介された時、一瞬で心を奪われたのだ。
こんなに素敵な人が、この世にいるのかと。
あとで、そのクライヴが自分の婚約者になったと知った時、ディアナは、それこそ大喜びした。喜びすぎたあまりに、過呼吸ぎみになり、両親やメイドに心配されたほどだ。
そんな相手と自分が、まさか両想いだったとは。
ディアナは感極まり、もはや人目をはばかることなく、クライヴの背中に手を回す。
きゅっと腕に力を入れると、クライヴも答えるようにディアナをしっかりと抱きしめてくれた。
「………ディアナ……」
「……クライヴさま…っ…」
この世で一番愛おしい人が、愛おしそうに自分の名前を呼ぶのを、いつまでも聞いていたいと思うディアナだった。
次回タイトルは『たのもしい仲間。』でっす。
ディアナ「ちょっと待っ……、今タイトルどころじゃないですぅ~、ひっくひっく…」
クライヴ「………」
モブA「! ちょっとみなさまご覧になって?! クライヴ様とサルーイン様が…!」
モブB「まあ…! ラブラブですわね…!」
モブC「きぃ~! うらやましいぃ~!」




