64話 4月24日 葛藤
そうなのだ。今、ディアナが遭遇しているのは、恋愛シュミレーションゲーム『イリュージアの花』で発生する休日イベントなのだ。
ゲームでは、自慢したがりの悪役令嬢Dが、試運転段階の魔動翼機に乗せろとクライヴに強要するのだ。
クライヴは、ライルに「少しだけなら」と許可を得て、ディアナを魔動翼機に乗せたけれど、ゲームのDは、どうやら高所恐怖症だったらしく、機体がわずかに浮かび上がっただけで悲鳴をあげ、今度は下ろせと騒ぎ出す。ほとんど飛ぶことなくいったん魔動翼機を屋上に戻したクライヴは、ちょうど見学に来ていたヒロインを、「乗ってみる?」と誘うのだ。
乗る! と答えればもちろんクライヴとの親密度があがり、その上、真剣な表情で魔動翼機を動かすクライヴのスチルもゲットできるという、クライヴ押しのゲーマーなら、まず外せないイベントなのだ。
「………」
実際のディアナは、高いところがそんなに嫌いではない。けれど、揺れ動く機体に恐怖を感じないとは言い切れない。
ヒロインの姿はまだ見えないけれど、ディアナが魔動翼機に乗り込んだあとで来たら……。そして、ゲームのイベントが発動してしまったら……。
クライヴの気持ちが、ヒロインに傾いてしまうのだ。
ぶたの魔物に食べられて死ぬのはもちろんいやだけれど、クライヴがヒロインに惹かれて行くのをとなりで見るのも当然いやだ。いったいなんの拷問だそれは。
「………」
純粋な気持ちで言えば、魔動翼機には乗りたい。そりゃあもう、はりきって乗ってみたい。
クライヴと空のデートができるばかりか、すぐとなりで、クライヴの真剣な顔をながめることができるのだ。興味なんてありまくりだ。
「……、…」
けれど、やっぱりゲームのストーリーが、ディアナの心に待ったをかける。
婚約者がいる身でありながら、と悩みつつも、ヒロインを好きな気持ちをごまかせなくて苦しむクライヴなんて、見たくないのだ。
「………」
ディアナは、お腹のところで、祈るように両手を握りしめると、クライヴに告げた。
「………あの…、申し訳ありませんが……今日は………無理そうです……」
「えっ……」
クライヴの声が聞こえた。まるで、予想外とでも訴えるかのような声。
ディアナだって、本当の本当は、クライヴの誘いを受けたい。けれどできない。
明確な理由を告げることもかなわず、ただ、うつむくだけ。
……せっかく、クライヴさまが誘ってくださったのに……。
ゲームのストーリーなんて気にしないで、魔動翼機に乗ればよかったのかと言う思いが、思考をよぎる。
けれどその思いは、すぐに恐怖という名前の気持ちに塗りつぶされた。
同時に、自分がクライブの婚約者であることを、申し訳なく感じる。
だって、クライヴ自身も、今日のフライトを楽しみにしていたはずなのだ。それなのに。
「――――――」
完全に自己嫌悪におちいったディアナは、言葉もなくうなだれる。
「ディアナ……」
そんな彼女の右肩に、あたたかいものがふれた。
それが、クライヴの手だと気づいた時には、ディアナの体はクライヴに引き寄せられていた。
ディアナのうすい左肩が、クライヴの胸に当たる。
「……!」
驚いたディアナの体が、ぴくりと震えた。
「……ごめん。…そうだよね。体が回復してないのに、無茶を言ったね」
「………!」
クライヴの言葉に、ディアナは驚く。
……ま、待って…! 別に体調のせいじゃないんだけれど……っ。
だからと言って、ゲームのイベントうんぬんと、本当のことを言うわけにもいかない。けれど、誤解させたままというのもディアナとしては落ち着かないのだ。
結局、うまい言いわけも浮かばないまま、ディアナはクライヴに視線を向けた。
……! ち、近いぃ…っ!
けれども、思ったよりもすぐそばにあったクライヴの顔に驚いて、速攻でうつむく。
……し、至近距離すぎる…! あと二十センチも近づいたら……は…鼻がぶつかっちゃうよう…!!
かっかぽっぽと赤くなるほおを両手で包みながら、ディアナは心を落ち着かせようと大きく息を吸う。
そんなディアナに、クライヴが尋ねた。
「…でもいつか……、おれが動かす魔動翼機に乗ってくれる…?」
「……!」
すこしかすれたクライヴの声が、ディアナに懇願しているように聞こえた。
「もちろんですっ!」
両手ににぎりこぶしを作って、ディアナは力強く答える。
クライヴの声に、切なさとか寂しさとか、そういうものが混ざっているように思えて、つい反射的に答えを出してしまった。
でも、後悔はしていない。なぜなら。
「よかった…」
心底ほっとしたように息をつきながらほほえむ、クライヴの顔が見られたから。
けれども、そのあとすぐに、顔の距離が近い…! とディアナがうつむいてしまったしまったのは、まあご愛敬の部類に入る………だろう。
そんなディアナの動揺に、気づいているのかいないのか。
クライヴは、ディアナの耳に顔を近づけて言う。
「………さっきよりも少し風が冷たくなった。体が冷えないうちに行こうか」
「…! は、はいっ……」
クライヴが、校舎へと続く扉へと、ディアナをエスコートしながら歩き出す。ちなみに肩の手はそのままだ。
このまま校舎に入ったら、誰かに見られてしまうかもしれない、と、うれしいような恥ずかしいような、たぶんそのどちらもなんだろうなと思いつつ、されるがままに歩き出したのだけれど。
ディアナたちがたどり着く前に、ぎいい…と重い音を立てて扉が開いた。
……誰か来た…? ―――――まさか、ヒロイン?!
「? ディアナ?」
驚いて立ち止まってしまったディアナに、クライヴが問う。
「あ、いえ……」
ディアナは慌てて首を振りつつ、訪れたのが誰なのかを確かめるために、扉をじっと見た。結果。
「………え…?」
ディアナとクライヴの前に立ったのは、虎の威を借りる狐的なキャラクターの悪役令嬢B、ことベアトリス・エトフォートと、先日ダンスパーティで、幸せそうにクライヴと踊っていた悪役令嬢E、ことイルマ・ダントンだった。
次回タイトルは『これもイベントなんですか?』で~すっ。
ディアナ「な、なぜ悪役令嬢ずがここで登場するの……?!」




