61話 4月24日 猪突猛進…されても困る。
……ゲームのパメラは、すっごくいい子だったんだけどなー。逆ハーを狙うヒロインの恋愛相談にも、積極的に乗ってあげてたし。……まあ、これがゲームと現実の違いというものなんだろうなー…。………いや、ヒロインと悪役令嬢とじゃ、接する態度が違って当然なのかな?
……でもでも、現実の世界では、みんながみんな自分の人生を生きてる…ある意味主役なわけだから……。
「……ちょっと! 聞いてるの!!?」
「ひゃあ!」
耳もとで怒鳴られて、ディアナはおもわず飛び上がりそうになる。
獲物に喰いついたら、肉どころか骨髄液まで吸い尽くさんばかりの、飢えた畜生的な表情で近づいて来るので、ディアナは反射的にパメラから距離を取った。
おそらく、生物本来の生存本能が働いたのだろう。
けれども、またそれがパメラの戦闘本能に触れたらしく、彼女はディアナが遠ざかった分だけ近づいてくる。
「逃げると言うことは…、ご自身がやましいことをしていると、認めるのね!?」
「………」
……だから、どうしてそうなる。
口先にまで到達した言葉は、やっぱりこくんと飲み込んでおく。
怒りの感情がぐつぐつと煮えたぎっている相手に、何を言ってもきっと通じない。
………ところで、どうしてパメラさまは、こんなに怒っているんだろう? ほんとに、ちょっとリューと話しただけなんだけど。婚約者が決まると、幼なじみとしてのちょっとした会話ですら許されなくなるの? 婚約って、そういうことだっけ? でも、だとしたら、社交の場が成り立たなくなるんじゃ? ダンスパーティで、ちょっと男性と世間話することだってあるよね?
「だいたいあなた! ライル王子にまで色目を使うなんて、どういうことよ!?」
「…え?」
突然、ディアナにとってはほぼかかわりのない…というか、あまりかかわりたくない相手の名前が出て、ディアナはぎょっとした。
ディアナの動揺を見たパメラは、口もとを引き上げて嗤う。
「まあ、やっぱり思い当たることがあるのね。あの、ダンスパーティでもめったに踊らないライル様が、あなたを誘うなんて、何かあると思っていたのよ」
「――――――」
パメラの言葉を聞き、ディアナは目を細めた。
……まあそうだよねー。実際、ダンスパーティでライルさまと踊ってた時も、そうとう悪目立ちしてたしー。
パーティでの、好奇にさらされた状態を思い出して、人気のない遠い場所へ行きたくなる。
……でも、本当に何にもないんだけどなー。
と言ったところでやはり信じてもらえそうにないので、口を閉じておとなしくしておく。
「いったい、あのライル様にどう迫ったのかしら? あばすれ女の手練手管を、ぜひ教えてくださらない?」
「………」
どんどんエスカレートするパメラの物言いに、ディアナは、自分の体が冷たくなっていくのを感じた。
「オルヘルス嬢、ディー…サルーイン嬢は、あなたが思っているほど器用ではありませんよ」
「…!」
かばってくれたのは、ディアナのとなりでずっと話を聞いていたリュークだった。
「おれはサルーイン嬢とは幼なじみですから、彼女のひととなりは、ある程度理解しているつもりです」
感情を抑えた声で、静かに告げたリューク。けれどパメラは、口をゆがめて言った。
「まあ…! ブルス子息は、おやさしいのですね。けれど、サルーイン嬢が婚約者のいる身でありながら、ライル様とダンスを踊ったのは事実です」
「先日のダンスパーティのことをおっしゃっているのなら、ライル様は、アルテア・シャブリエ公爵令嬢とも踊っていましたが?」
「シャブリエ様とサルーイン様とだけ、です。……要するに、サルーイン様は、ライル様にとって特別、ということですよね?」
大きく手を振り、得意気に言うパメラに、リュークが首をかしげて尋ねた。
「……その理論だと、シャブリエ嬢もまた、ライル様に色目を使っていることになりますね」
「えっ…」
「つまりあなたは、シャブリエ嬢も、カーサ王子という婚約者がおありになりながら、ライル王子に色目を使っていると言いたいのですか?」
「い、いいえ…! そうではありませんっ」
リュークの言葉に、パメラはあせった声を出しながら答えた。
「シャブリエ様は、将来ライル様とご姉弟になられるんですもの。お二人の仲がいいのは、むしろ喜ばしいことです」
「我がフロンド王国で、大きな防衛力を誇るサルーイン領の次期当主と、第二王子であらせられるライル様の間柄が良好なのも、喜ばしいことと思いますが」
「………っ!」
至極もっともなリュークの切り返しに、パメラが顔を赤くする。
くやしげに唇をかみしめているところを見ると、リュークの言葉に納得できないのだろう。
そして、彼女のいらだちの矛先は、ディアナに向けられることになった。
「………まったく、聡明なブルス様が、ここまで手玉に取られてしまうなんて、驚きです」
両手を天に向けて大仰に言うと、パメラはディアナを睨みつけた。
「サルーイン様、他人を自分の思い通りにするあなたの手腕だけは認めますわ。けれど、あなたのその傲慢さが、いつか、ご自身を滅ぼすことをお忘れなく」
「……………」
憎々し気に告げるパメラの言葉は、まるで呪いのように、ディアナの胸に刺さる………ことはなかった。
………んー。パメラさまは大きく誤解をしているようだけれど、別に、リューやライルさまとは、恋愛うんぬんの関係ではないし。だから、そっちの方面でわたしが身を滅ぼすことはない、と。それにしてもパメラさま、ずいぶんと鼻息を荒くしていらっしゃいますけど、赤い布を見せられて興奮して今にも暴れ出しそうな闘牛のようなそのお顔は、好きな人に見られても、後悔しないたぐいのものなんでしょうか…? まあ、でも、素顔を見てもらった上で、それでも好きになってもらえたら、すごくうれしいかもしれない。そういう面では、わたしなんてまだまだだなー。クライヴさまの前では、ついついいい子ちゃんしちゃうし。変にかしこまっちゃうし。これは、わたしもすこし、パメラを見習った方がいいのかな? でも、闘牛顔は、さすがに見られたくないなー…。
なんてことを考えていたら、突然、鍛錬場の鍵を持つ手にぬくもりが重なった。
「え…?」
驚きつつ視線を向けると、ディアナの小さな手を、ほっそりとした、けれど大きな手が、すっぽりと包み込んでいる。
「………」
その手のぬくもりには、確かに覚えがあった。過去、互いの家を訪問した時、おしのびで町に出かけた時、パートナーとして、婚約者としてダンスパーティでエスコートしてもらった時。その他にも、いくどか経験したやさしいぬくもり。
ディアナは、手の持ち主に見当をつけながら、そっと頭だけ、見上げるようにして後ろに向けた。すると、心配そうにディアナを見降ろす、青みを含んだ黒い瞳と視線が重なる。
……………クライヴさま…。
次回タイトルは『攻略対象者は、やっぱりモテる?』でーす。
ベアトリス「何を言っているのかしら? 凛々しく優秀なレダン様が女性に慕われるのは、当然の事です」
ディアナ「……、(レダンさまて、凛々しかったっ…け?)」
ベアトリス「ところで、攻略対象者って何ですの?」
ディアナ「……。(え、そこから?)」




