59話 4月24日 前世の傷
放課後、みのりは、学園の廊下を急ぎ歩いていた。
委員会の仕事が長引いてしまい、教室で待ってもらっている二人が気にかかってしかたないのだ。
二人ともやさしいから、気にしないでいいよ、と言ってくれるだろう。けれどもだからこそ、早く二人のもとへ行きたいと言うか何と言うか。
終礼が終わったあと、今日はお腹が空いたから、帰りに喫茶店に寄ってケーキでも食べようと約束したのだ。
その約束があったからこそ、委員会の仕事もがんばれた。いや、もともと委員会の仕事もけっこう好きだけれども。
とにかく、ひと仕事終えたあとのスイーツはさぞかしおいしいだろう。飲み物はやっぱりカフェオレだろうか。お砂糖多めで。みのりがカフェオレにさらさらお砂糖を入れていると、みんなが激しく引くのだ。砂糖入れすぎ! と。そう言いつつ、みんなで回し飲みをするのだ。甘! とか言って顔をしかめつつ。でもって、ならば何故飲む?! と問いかけると、まあまあとなだめられ、こっちも飲んでみなよ、と自分たちの飲み物を差し出されるのだ。なので飲んでみると、ブラックコーヒーだったりストレートティーだったりして、今度はこちらが、にが! と顔をしかめるのだ。
そうすると、じゃあ口直し、とケーキのカケラを口の中に入れてくれる。
おいしい~! と感激していると、じゃあコレも。とかもう一人からもらえたりして。
そんなことをしていると、いつの間にか、口の中の苦みはすっかり消え去っていて、あとはただただ楽しい歓談タイムに突入する。
そんな楽しいひとときが、これから味わえるかもしれないと思うと、わくわくしない訳がない。
みのりは、今にも走り出したい気持ちを押さえつつ、廊下を歩く。
そして、あと少しで教室にたどりつくと言うところで、うしろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはクラスメイトの姿があった。
ただ、顔がよく見えない。顔があるはずの場所に、白いもやがかかっているからだ。
ここでみのりは気づく。あれ、これってもしかして……。
夢かな? と思っていると、いつの間にかクラスメイトが目の前に立っている。
そして、みのりに対して何か言っている。
声がまったく聞こえないので、言われている内容はわからない。わからないのだけれど。
夢の中のみのりは確実に傷ついた様子で、うなだれている。
やがて、彼女の話が終わると同時に、みのりは彼女に背を向けて、教室ではなく昇降口へと駆けて行った。
「…………んんー………」
カーテンの隙間から差し込む朝の光にまぶたを刺激され、意識が浮上したディアナだったけれど、その目ざめは、何とも後味の悪いものだった。
………いやな夢見たー……。
ディアナは、頭の下にあった枕を引き抜いて、両腕できゅむっと胸に抱き込むと、ころころとベッドの上を転がる。
何を言われたのかもわからず、ただ、もやもやとしたいやな思いだけが残っている。
いっそ覚えていたら、その気持ちに向き合うこともできるのに。
「……むーうー………」
あれはいつのことだったのだろうか。
ころころとベッドの上を転がりながら、ディアナは考える。
高校生のころの話だろうとは思う。学年は……おそらく三年。
けれども、それ以外のことがまったくわからない。
自分…みのりを教室で待っていてくれたのは誰なのか、そして、みのりに何かを言ってきた相手は?
「……………わからーん……からもう知らん!」
ディアナは、こなくそとばかりに叫ぶと、がばりと起き上がり、さっさかベッドから起き上がる。
「考えてもわからないことは、考えたってしかたないのだ。うんうん。そうそう」
そんなことをつぶやきながら、動きやすいチュニックとスパッツのように細いパンツを身につける。
「午前中は鍛錬室で魔法の練習でしょ? そいで午後はー、……午後になったら考えよう」
桶に入れたあった水で顔を洗い、髪をちょちょいと整えると、ディアナは部屋を出て、朝食を取るべく食堂へと向かうのだった。
食堂で手早く朝食を取ると、鍛錬室の鍵を借りるために教員室へと向かう。
昨日倒れてしまったので、今日も一日動けないのではないかと心配していたけれど、一晩休んだらけっこう元気になっていた。
今日も一日がんばるぞ、と気合を入れながら教員室のドアを開けようとしたところで、内側からドアが開いた。
「……あれ、ディー」
「あ、おはようございます、ブルス子息」
同じクラスのリューク・ブルスと対面し、ディアナは、すまし顔でチュニックの裾をつまみ、膝を折った。
「………今、まわりに誰もいないけど」
「そお? じゃあ、おはようリュー」
リュークの言葉を受け、ディアナはきょろりと周囲を見回すと、ぱっと裾から手をはなしつつ膝を伸ばして、くだけた挨拶を返す。
「ところで何で教員室に? あっ、先生に呼び出された?」
ディアナが長身のリュークをのぞきこむようにして尋ねると、 リュークは頬を引きつらせて答えた。
「そんなヘマするか。これから鍛錬室に行くんだよ」
リュークがディアナの前に手をかざすと、チャリンと金属がぶつかる音がした。
「ああ、鍵ね。わたしもなの」
「は?」
はずんだ声で言うディアナに、リュークは驚きを隠さずに問う。
「お前…、昨日倒れたって聞いたけど」
「ああ、うん。ちょっと倒れたけど、一晩寝たからもう大丈夫」
「………本当か?」
「うん、ばっちり!」
「………ふぅーん……」
握りこぶしで元気をアピールするディアナに、リュークは疑わし気な目を向ける。
「じゃあ、ちょっと鍵取って来るね!」
元気にぶんぶんと手を振るディアナに、リュークも手をあげて答える。ディアナが教員室に入っていくのを見送り、自分も鍛錬室へ向かおうと歩き出す。が。
「………」
後ろ髪を引かれるように立ち止まり、教員室のドアを見たあとで。
肩をすくめながら、ドアのそばの壁に寄りかかった。
次回のタイトルは『心配性』で~す。
ディアナ「心配することてんこ盛り!」
リューク「そんなお前を見てるこっちも心配。」




