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58話 4月23日 主張の落としどころ。

 ディアナが目を覚ました時、その視界いっぱいにクライヴの顔があった。

「ディアナ…! よかった…!!」

 ディアナと目が合うと、クライヴは安堵の息をつきつつ、ディアナの頭をなでる。

「どこか辛いところはない?」

「………え、えっと………?」

 やさしいまなざしで問うクライヴに、あせるディアナ。とにかく、クライヴの顔が今にもくっつきそうなほどに近くにあるのが、気になってしかたない。

 ……ひゃう~…!! ど、どういうこと? いったい、今、なにが起きてるの~!?

 あうあうとディアナが目を回していると、クライヴの後ろの方から声がした。

「サルーイン嬢、君は、さっき鍛錬室で倒れていたそうだよ。覚えてない?」

「えっ?」

 声の方に視線を向ければ、そこには、ふわふわのホワイトブロンドの髪を持つ、甘いマスクの少年が立っていた。

「ラ、ライルさまっ…?」

「ああ、寝てていいよ。君は今、病人なんだから」

「そうだよ。それにここは学園なんだから、いちいち身分を気にする必要はない」

 王族の存在に気づき、あわてて起き上がろうとするディアナを、ライルとクライヴが止める。

「あ、はい…」

 ディアナは、おとなしく彼らの言葉を聞いた。というか、どのみち、まだ体に力が入らず、起き上がれそうになかったのもある。

「お前の無礼講さはいっそすがすがしいね、クライヴ」

「学園の規則に従っているまでです」

「それでも、多くの学生たちは、卒業後のことを考えてなのか、地に頭をつけんばかりの態度を取るけど?」

「まあ、この国の権力は、王家に集中しがちですからね。それもしかたのない事でしょう」

「お前にはひれ伏された事ないけどな」

「して欲しいですか?」

「遠慮しておく。気味が悪いだけだから」

「………」

 自分の婚約者と、自国の第二王子が言葉の応酬しているのを聞きながら、ディアナは、自分の置かれた状況を考えてみる。

 ………えっと、二人って仲良しさん…じゃなくて。わたし、鍛錬室で倒れた? ……ああ、そうだ。たしか、魔力をいっぱい使ったせいで………。

「わたし、魔力切れを起こしたんですよね?」

 ちょうど、仲良しさん? たちの会話が途切れたので、ディアナはクライヴに問いかけてみる。すると。

「ああ……、それは………」

 クライヴは、口を開きかけたと思えば、また閉じたりと、言い淀む様子を見せる。

 そんな婚約者を見て、ディアナの思考は一気に悪い方向にかたむいた。

「まさか…、………不治の病…?!」

「違う」

 ディアナが溜めて言い放った言葉をあっさりと否定したのは、ライルだった。

「魔力を使い過ぎたのもあるけど、君の場合は、体がまだ子供だからみたいだよ」

「子供…?」

 ライルの言葉を聞いて、ディアナの脳裏にいやな予感がよぎる。まさか。

「知ってると思うけど、きちんと魔力を行使するためには、ある程度成熟した大人の体が必要なんだ。でも君は違った。君の体はまだ幼くて、魔力の動きに体が耐えられなかったんだ。だから倒れた」

「………えっ…!!」

 それは、鍛錬室で体がおかしくなった時、さくっと消去した可能性だった。けれども、今、それが原因だと指摘されて、思わずあせる。

「え、でもだって、十五歳になれば、体も安定して、魔法を使えるようになるって………」

 ディアナの言葉に、ライルはしっかりとうなずいた。

「ああ。ほとんどの人はそうだね」

「で、ですよね?」

「サルーイン嬢は、今、何歳だっけ?」

「えっ、……えっと……」

「十四歳ですね」

 答えたのは、クライヴだった。そこへディアナはあわてて言葉を重ねる。

「で、でも、あと四か月もすれば十五歳ですし……、魔法学園に入れる年齢ですから」

「それはあくまで平均の話。もちろん例外もいる」

 ディアナの言葉を、ライルがすっぱりとさえぎる。

「れ、例外………」

 ライルの言うことはわかる。わかるけれども。

 自分がその例外にあたると知り、ディアナは大きなショックを受けた。

 ………な、なんてこったい…! 九月のぶたさん召喚イベントまでに、すこしでも力をつけておかないといけないのに、まだ体がお子さまだなんて………!!

 召喚される魔物と戦う……というか、逃げるのですら、まだまだ力が足りていないと言うのに、ほんの数時間鍛錬しただけで倒れる体だったとは……!!

 自分の命を守るために、精一杯努力することすら許されないのか。なにこれ、これがいわゆるゲームの強制力? 脇役がどんなにあがいても、ゲームのストーリーを変えることはできないのか…!!

「……うー…」

 ディアナは、くるんと体を回転させると、そのまま枕に顔を埋め込んだ。

「ディアナ…?! どこか痛む? 先生を呼ぼうか?」

「いえ……だいじょうぶです………」

 気づかって声をかけてくれる婚約者に、ディアナは枕とご対面したままで答える。

 ………今はどこも痛くないんです。痛くなるのは、約半年後なんですー…。

 なんてことは、クライヴがどんなにやさしい婚約者だろうと、絶対言えない。それこそ口が裂かれようとも。

 そう思いつつ、すこしの間、枕と仲良くしていたディアナだったけれど、ふとあることに気づいてぱっと顔を上げた。

「でも、今までだって、数時間くらいなら、魔力を使っても平気だったわけだから………」

 必要以上に鍛錬を制限する必要はないんじゃ? そう言いかけたディアナを、クライヴが途中でさえぎる。

「だからって、今日の調子で魔力を使ったら、また同じ事が起こるかもしれない」

「なら、今日以上に魔力を使わなければ、大丈夫ですよね?」

「体が成熟するまでは、大丈夫という保証はない」

「えっ…」

「とりあえず、十五歳になるまでは魔法の練習を控えて、十五歳になったら、改めて体が成熟してるか調べてもらえばいい」

「……ええー…」

 ……八月に練習を解禁できたとしても、ぶた魔物出現まであと一か月しかないしぃ~………。

 クライヴの言葉に、ディアナはかくんとうなだれる。いったん離れた枕とも、再び仲良しさん状態だ。

 ぐりぐりと枕に顔をうずめるディアナの頭に、ぽん、と大きな手が乗せられる。

「農村の畑の世話は、オランジュ嬢にお願いすればいい。魔法の実技授業も、先生に事情を話せば見学だけにしてもらえるだろうから、心配ないよ」

「………」

 頭の上に、クライヴのやさしい言葉が降ってくるけれど、甘やかすように頭を上下する手には、かなりときめきを感じてはいるけれども、やっぱり心中はおだやかでない。

 だって、もしゲームのイベント通りにディアナが死んでしまったら、それこそ永遠に、クライヴのやさしさに触れることもないし、ましてや頭をなでてもらうこともできなくなるのだから。

 ……この手を、この人を失いたくないのに。ぜったいぜったいこの人から離れたくないのに………。

 目の奥から熱いものが込み上げて来て、枕にじんわりと透明なしみをつくる。

「……!」

 ディアナの頭をなでるクライヴの手が、突然止まった。おそらく、色が変わってゆく枕に気づいたのだろう。

「………ディアナ…」

「……ふぇっ…」

 気づかわしげなクライヴの声を聞いて、ディアナはますます悲しくなる。

 やがて、ひっくひっくとしゃくり出し、うすい肩を震わせ出したディアナの頭上で、クライヴが、ふう、とため息をついた。

「……っ」

 だだをこねる子供のように泣き出したディアナに、クライヴはあきれてしまったのだろうか。そう思ってますます悲しくなってしまったディアナの耳もとで、クライヴがささやくように言った。

「………ごめんディアナ。……しない方がいいのは本当だけど、全部を禁止する必要はないんだ」

「…!」

 クライヴの言葉に、ディアナは顔を上げようとして、やっぱりやめる。

 だって、今の自分は、目からはもちろん、鼻からも水がこぼれているので、枕から顔をはなしたら、おそらくえらくきたないことになってしまうのだ。それはもちろん、恋愛感情を持っている相手に見せていいものでは到底ない。

 なので、顔はしっかり枕につけ、クライヴが語りかけてくる方の耳に、意識を集中する。

「ソーラテス先生が言うには、毎日していた練習は、やめる必要はないって。だから、今日みたいに長時間鍛錬室に籠らなければ、大丈夫…だろうって」

「………」

「でも、あくまで「だろう」だから……、おれとしては、できれば無理して欲しくないんだ。体の方は、あと半年もすれば成熟するだろうから、そんなにあせる必要もないと思うし」

「………」

 確かに、本来ならば、あせらなくていいことなんだろう。でも、ディアナの場合は事情が違う。ディアナは、何らかの手を打たなければ、一年後には、もうすでに、この世の人ではないかもしれないのだ。

「だから……、ディアナが鍛錬を休止するのがそんなに嫌なら、止めはしないけど……。ただ、約束して欲しい。絶対に無理はしないって」

「………」

 クライヴの言葉には、ひとつひとつに重みがあって、それがすべてディアナを想うがゆえのものだと気づく。

 だから、ディアナは枕に顔をうずめたまま、こくりとうなずいた。

「…………わかりました」

「………うん」

 ディアナの返事を聞き、クライヴもほっと息をつきながら、今度はディアナが泣き止むまで、そっと頭をなで続けるのだった。

次回のタイトルは『前世の傷』でーす。


みのり「傷って言ったらアレかな? ちっさいころ頭かこーんって割った時にできた1円ハゲ!」

みのる「んな訳ないだろ」

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