56話 前世夢話・購買屋さんは弱肉強食
あと五分。みのりは、教室の右正面にある時計をじっと見据えた。
ただいま、数学の授業中。正直あまりよく理解できていないけれども、まあいいやとあきらめる。
だってこの先生、問題の解き方がわからなくて聞きに行っても、一回でわからないと、何故理解できないんだ、とばかりに怒り出してしまうのだ。
みのりのおつむも悪いのかもしれないけれど、教える側が、まったく自分は悪くないと思っているのも問題だとみのりは思う。
ほんの頭の片隅にでも、自分の教え方に工夫が足りないのではないか、とか、考えはしないのだろうか。
……考えてたら、怒らないよなー…たぶん。
また怒られるのもイヤなので、わからないところは、専属の家庭教師、みのるくんにでも聞くとしよう。
双子の弟は、みのりよりもはるかに優秀。そして、双子だからか、みのりにもわかりやすく教える術を持っている。
あと三分。先生の説明で理解できなかった問題の頭に丸を書く。
あと一分。こそっと手を動かし、学生鞄の中からお財布を出す。そして。
キーンコーンカーンコーン。
……! 鳴った…!
起立礼すると同時に、とたたたっと教室を飛び出し廊下を早歩きで進む。
急いではいるけれども、廊下は走ってはいけない規則があるので、しかたない。
まるで、競歩か! と突っ込まれかねない速さで廊下を歩き、渡り廊下を通って校舎を移動して辿り着いたのは、学園の戦場、と言っても過言ではないかもしれない場所、購買屋さんだ。
いつもはお弁当持参なのだけれど、昨日の夜、母から明日はこれで昼ごはん食べてね、と五百円玉をひとつ渡された。
せっかくなので、購買屋さんで一番人気の、チーズ&クリームエビグラタンコロッケパンを買おうと、みのりは朝から意気込んでいたのだ。
「………むう…」
目的の場所に着いて、みのりは思わずうなり声をあげた。
購買屋さんの前には、すでにたくさんの生徒たちがひしめき合っていたのだ。
授業が終わってすぐに教室を出たみのりだけれども、いかんせん、購買屋さんまではけっこう距離がある。
このアドバンテージは、みのりの力や努力でどうこうできるものではないのだ。
「……よし!」
けれども、ここでひるんでいては、一番人気のチーズ&クリームエビグラタンコロッケパンどころか、次点のフレンチトーストたまごツナサンドや、三番人気の、じゅうじゅう焼肉入りばくだんおにぎりですら、手に入れることは叶わないのだ。
遅れを取ってはならぬとばかりに手をぎゅうとにぎり、団子状態の購買屋さんに足を踏み入れたみのりだった。けれども。
「う、うわあっ…」
前から後ろから右から左から、ごすごすぐいぐいどんどんでんでん体をもみくしゃにされて、身動きが取れない。
………ふ、ふえええええええ~っ。
前後左右からの圧力の影響で、購買屋さんのカウンターを目指すどころか、むしろ遠ざかっている気すらする。
そして、無事に(?)最後尾に吐き出され、戦場から脱出できたところで、ほう、と息をついていると、横から声をかけられた。
「何買うの?」
「……えっ?」
一瞬、それが自分への質問だとわからずに、聞き返しつつ横を見る。
そこには、細身の少年が立っていた。
ただ、顔があるはずの部分を見てみても、まるでモザイクでもかかっているかのようにぼんやりしていて、よくわからない。
……あ、そうか。これ、夢だ。
以前にも、登場人物の顔がわからない夢を見たことがあった。
その時は、確か、入試の時に、消しゴムを分けてもらったんだっけ。
「………」
ちらりと胸元を見ると、右側に黄色の校章がついていた。
同級生か、と思いつつ、みのりは、お目当ての品の略称を告げる。
「えっと、チーグラコロッケパンか、フレたまツナサンドか、じゅうばくにぎり…」
「全部人気商品だね」
みのりの答えを聞いて、少年はふふっと笑った。
深みのある、なめらかな声だ。
「おれも好きだし、とりあえず目指してみるよ。もし売り切れてたら、適当に何か買って来るけど、いいかな?」
「あ、…うん?」
話しの流れがおかしい。そう思ってみのりが首をかしげている間に、少年は、混乱を極めているリアルおしくらまんじゅうの中に飛び込んで行った。
……もしかして、代わりに買って来てくれる…のかな?
みのりは、混乱している戦場で確実に自分のポジションを得、着実にカウンターへと進んでいる少年の背中をながめつつ、壁の方へと移動する。戦線離脱者は、すみやかに退場するのがマナーだと…思われるので。
そうして待っていると、少年が、リアルおしくらまんじゅうの中からするりと抜け出してきた。
明らかに、自分の意思で、そこから脱出した様子はスマートで、無理やり押し出されたみのりとは待ったく違う。
……男の子だからかな~? 力の差とか?
そんなことを思いつつ、辺りを見回している少年のもとへと急ぐ。
少年も、自分の方へ駆けて来るみのりに気づくと、近づいて来てくれた。
「待たせてごめんね。はい、フレたまツナサンド。チーグラは残念だけど売り切れてた」
「わあ、ありがとう」
差し出した両手の上に、パンを置いてもらう。
サンドはできたてのほかほか。パンはふっくらしていて、お砂糖の甘い香りがふんわりとただよってくる。
「おいしそう~」
「じゃあ」
みのりがパンの甘いにおいに夢中になっていると、少年が手を上げて立ち去ろうとする。
「待って、お金払う」
みのりは、お財布の中から二百円を出して少年に渡した。
「あ、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
なぜか少年がお礼を言うので、みのりもついかしこまった口調でお礼を返す。
それから顔を上げて、じっと少年を見るけれども、やっぱり顔にはモザイクのようなものがかかっているので、容姿はわからない。
ただ、彼がどこかうれしそうにしているのが、何となくわかってうれしくなった。
「じゃあ」
そう言って、少年は今度こそ、みのりに背中を向けて去って行った。
「うん」
あっという間に購買から出て行く少年を、みのりは手を振って見送る。
そして、完全にみのりの視界から消えたところで、アップルジュースでも買おうと、自動販売機に向かって行ったのだった。
次回のタイトルは『医務室へ。』ですっ。
ディアナ「医務室って、みんなどういう時に使うんだろ?」
ファルシナ「えーっと、体調が悪い時?」
アルテア「ケガをした時」
シーラ「眠い時。(きっぱり)」




