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54話 4月23日 ヒロインの秘密。……すみません、知ってました。

 換気のためにすこし開けられた寮の窓から、さわやかな風が吹き込んで来た。

 真っ白なレースのカーテンを通してそそがれる朝の光が、ディアナのほおを明るく照らす。

 今日は、入学して初の二連休の初日だ。

 この二日間は、ゲームのストーリーだと、ヒロインと攻略対象者とのばったり出会っちゃうイベントが目白押しなので、どれかひとつかふたつでも阻止できないだろうかと、数日前までは思っていた。

 それには、まずヒロインの予定を把握しておかないと、放課後、エルカ村の土治療に向かった時に、さりげなく…かどうかは微妙なところだけれども、がんばって聞いてみたところ、とりあえず今日一日は寮にこもって勉強やら読書やらにいそしむらしい。

 そこでディアナも、安心して自分の予定を組むことにした。午後から鍛錬場を借られたので、午前中は図書館に行って勉強し、午後からは魔法を中心に練習をしようと思っている。

 武術の方も、入学前にそれなりに教わってはいたけれど、どうも筋肉がつきにくい体質らしく、そちらの方面での期待値はほぼゼロだ。

 ただそこは、国内外で『氷の女王』と名を馳せるディアナの母も同じなので、魔力さえ鍛え上げることができれば、武術系は補助程度でも大丈夫なのではないかと思っている。

 ディアナの母は、領地内にある入江に、氷の柱を張っている。

 高さはゆうに十メートルもある、分厚い氷の塊は、隣国が船で攻め込んで来ても、巨大な海の魔物クラーケンに襲撃されても、巨大な柱は常に敵の前に立ちはだかり、領地を守って来た。

 この、サルーイン領を支えていると言っても過言ではない氷の結界と同様のものを、土の魔力を行使してディアナに作って欲しいというのが、両親の希望だった。

 確かに、ディアナの瞳の色は母より濃いので潜在能力はあるだろう。

 なので、あとは鍛錬の問題だ。

 今現在、ディアナが作れる壁の高さは、腰の下あたりまで。最初の魔法実技の授業で、太ももくらいだったことを考えれば、着実に成長していると言える。

 将来、領地を継いで領民たちを、ひいてはすべての国民を守るため、そして、旦那さまとなるクライヴとの明るい未来のためにがんばろうと、ディアナは、小さな手をぎゅっとにぎる。

 暴虐ぶたに食べられてしまうかもしれない未来も頭によぎるけれど、そこはぷるぷると首を振って思考から追い出しておいた。

 ぶたさんにぱっくんイベントが起こるまでには、あと四か月ある。この間に、できる限りのことをしなくては。

 ディアナは、握りしめた手はそのままに、顔をいきおいよく上げると、ふんすと気合を入れた。

「おはようございます、サルーイン様」

「……っ!」

 ちょうどその時、背後から声をかけられ、ディアナの肩が勢いよく上がった。ふんすしていたところを見られていたら恥ずかしいと思いながらも、振り返ってみると、ふわふわのストロベリーブロンドが視界に入る。

 ………うをう。

 今、この世界で、この恋愛色とも言えそうな甘い色の髪の毛を持つ人を、ディアナはひとりしか知らない。

「おはようございます、オランジュさま」

 跳ねる心臓を心の中でぎゅむっと押さえこみつつ、顔に笑顔を貼りつける。

 すると、この世界のヒロインファルシナは、うれしそうにディアナに近づいて来た。

「これから朝食ですか?」

「はい」

「わたしもなんです。ご一緒してもよろしいですか?」

「ええ、もちろん」

 ファルシナの誘いに、ディアナは本当の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!」

「こちらこそ!」

 ファルシナのうれしそうな声につられて、ディアナのテンションも上がる。

 放課後、時間を見つけて一緒にエルカ村に行くようになってから、ふたりはどんどん仲良くなっていった。好きなお茶やお菓子、本のことなど、他愛もない会話が楽しくて、ついついはずんでしまうのだ。

 出かける時には、引率者としてマリスも同行しているのだけれども、彼は会話について来れず、取り残され状態でいることが多い。

 よっく考えると、ファルシナとマリスをくっつけるためには、ディアナがすこし遠慮した方がいいのだけれど、ついつい話してしまうのだ。

 ………だって、楽しいんだもん。

 それにファルシナも、マリスよりディアナに話しかけるてくるのだ。

 積極的に攻略をしていないファルシナは、すくなくとも、逆ハーレムルートには興味がないように思う。

 何より、先日のダンスパーティで、いきなり親し気に第一王子カーサと踊っていたのだ。

 これはもう、ゲームのストーリーの枠を、完全に越えている。

 それにしても、どうしてファルシナはカーサと親しくなれたのだろうか。

 聞いてみたいけれども、そこには身分という大きくてめんどうな壁が立ちはだかる。

 王族の動向なんて、気軽に聞いていいものではないだろうし、同時に話していいもでもないだろう。

 ディアナは、開きかけた口をぎゅっと閉じ、気を取り直すと話題を振る。

「そういえば…、オランジュさま、今日は一日お部屋にいらっしゃるとおうかがいしましたけれど、明日はどうなさるんですか?」

 現状が、ゲームのストーリーから大きく逸脱しているとは言え、やはり不安なものは不安だ。

 逸脱しているからこそ、これからのヒロインの動向によっては、逆ハーレムが成立してしまう可能性もあるので、できるかぎりの警戒はしておいた方がいいだろう。

 休日のたびにいちいち予定を聞いていたら、変な子だと思われてしまいそうだけれども、それでいいのだ。しない後悔よりもする後悔。やるだけやって変人扱いされてしまうのならば、それもまたしかたのないことなのだ。

 そんな、半分嘆きが入ったディアナの心情をよそに、ファルシナは、ディアナの問いにいともあっさり答えてくれた。

「明日ですか? 明日は午前中に鍛錬場に行って、午後からは部屋で勉強をする予定です」

「!」

 ディアナは、予想外の答えに、大きく目を見開いた。

「……外出は、されないのですか?」

 まさか二日ともおこもりするとは思っていなかった。ゲームのヒロインは断然アウトドア派で、休日はおろか、平日の夕方でさえ、用事がなくても散歩と称して外へ飛び出してしまう子だったのだ。

 そして行った先で、攻略者たちとのイベントが発生し、うまく行けば親密度をあげることができる。

 まあ、四月二十日のように、閉鎖される時間ギリギリまで鍛錬場にいると、代理で見回りを頼まれたロナンドと遭遇するイベントもあったりするのだけれども。

 ちょうどその日は、ディアナもギリギリまで鍛錬場にいて、しっかりとロナンドに遭遇してしまった。ヒロインと同じように、「熱心だな。いいことだ」なんて言葉をかけられて、ほんまもんのイベントキター! なんて興奮してしまったのは、自主的にいい思い出にしてみた。

 だって、ディアナには、クライヴという素敵な婚約者がいるのだ。

 ゲームのクライヴは、芝生の上に直接寝転んだりと、攻略対象者の中では元気なキャラクターだったのだけれど、実際のクライヴは、どちらかというとおだやかでやさしい。

 そして、ディアナは、今のクライヴの方が断然好きなのだ。

 なので、よそ見も浮気もする必要がまったくない。

 クライヴが自分を婚約者として見てくれているうちは、彼とくっついていればいいのだ。

 と、心の中でうなずくと、ディアナはふと思いついたことをファルシナに尋ねてみる。

「……もしかして、疲れていらっしゃるんですか?」

「…え?」

 目を丸く見開いたファルシナに、ディアナは言う。

「だって、休日の間ずっと寮か鍛錬場にいらっしゃるなんて…。もしかして、エルカ村での作業が、オランジュさまの負担になっているのではないかと思いまして……」

 ゲームの中では、エルカ村の土地回復作業なんてイベント自体なかったし、この世界がゲームと関係なかったとしても、ファルシナはがんばり屋さんだ。冬までに麦やだいこんなどの作物を収穫し、売りに出して金銭を確保できなければ、一家で餓死することもあり得る農家にとって、畑はまさに命綱。

 一日も早く畑を生き返らせてあげないと、と、まるで勢いよく蛇口から水をそそぐかのように、土に魔力を流し込んでいるのは知っている。

 ディアナも自分の作業があるので、ずっとファルシナのそばにいることはできない。なので、心配だとマリスに言ったら、「おれが見ておくよ」と言ってくれたので、大丈夫かと思っていたのだけれど……。

 そう思いつつ、ディアナは、自分よりも頭一個分高いファルシナの顔を見上げる。

「…っ!」

 すると、ファルシナは目を見開きつつ息を飲んだあと。

「………まあ…!」

 まるで、ゆっくりとピンクの薔薇の花びらが開いてゆくかのような、あざやかで、それでいてかわいらしい笑みを見せた。

「…!」

 今度は、目の前で、超絶美少女の笑顔を見せられたディアナが驚く番だった。

 だって、ファルシナはヒロインなのだ。この学園内で、いや、国内でだって、一、二位を争える美しさなのだ。

 そんな彼女に目の前で笑顔を見せられたら……、はたして陥落しない人間がいるのだろうか、いやいない。

 やはりヒロインは最強なのだ。そうディアナが再認識していると、ファルシナが言った。

「ご心配いただきありがとうございます。最近、体の調子はむしろいいくらいなんですよ。ただ、わたしはみなさんより勉強がかなり遅れているので、追いつくには人一倍がんばらないといけないんです」

「! ……」

 その理由には、心当たりがあった。

 ファルシナは、幼少時代を平民として過ごしているからだ。

「実はわたし、伯爵家の娘になったのって、つい五年前なんです。それまでは、とある町の小さな宿屋で働いていたんですよ」

「………、……そう、でしたか…」

 まさか、ゲームの設定にあったので知ってましたー、てへ。とは言えない。動揺のせいで返事が遅れ、ディアナはあせる。

 けれども、ファルシナは気にした様子もなく、話を続けた。

「父と母がまだ若い頃…、ふたりは恋人だったんですって。でも、いずれは伯爵家を継がなければならない父に、ある日、当然とばかりに婚約話が持ち上がって……。母は行き先を誰にも告げずに、父のもとを去ったんだそうです。……お腹にわたしを宿したまま」

「………そんなことが…」

 ああ、その辺りもゲームの設定通りですね。なんてやっぱり言えないので、神妙なおもむきで相づちを打つにとどめるディアナ。

「………わたしの母は、平民です。サルーイン様は、……軽蔑なさいますか?」

 言葉すくなげなディアナをどう解釈したのか、ファルシナは寂しそうに言った。

「! それはないです」

「即答ですか」

「即答です」

「ふふふ」

 ディアナがはっきりうなずいて見せると、ファルシナは小さく笑った。その笑みの中に、安堵が入り混じっているように見せるのは、たぶんディアナの気のせいではないだろう。

「――――ごめんなさい。朝に出す話題じゃありませんでしたね」

 いくぶんが重くなった空気が気になったのだろう。申し訳なさそうに言うファルシナ。

 そんな彼女に、ディアナは首を振って答えた。

「いいえ。オランジュさまのことが聞けて、うれしかったですよ?」

 今のこの国の貴族社会で、片親が平民だというのは、大きなペナルティになる。

 さほど気にしない人ももちろんいるけれども、上位貴族、下位貴族や、従事している仕事によって細かくランクをつけるものもいるくらいだ。

 けれども、そんな状況にあって、自分の出自を教えてくれたファルシナ。

 それは、ディアナへの信頼なくしてできる行動ではない。

 ディアナの小さな胸のあたりから、くすぐったさが込み上げて来る。

 それは、うれしさから来ているのだと気づいた時、ディアナは、学園ではじめて友達ができたと思えたのだった。

次のタイトルは『昏倒』でーすっ。


ファルシナ「それでは、これより昏倒しそうな儚げ人物コンテストを開催しま~すっ」

イルマ「それはもちろん私!」

パメラ「何言ってるのよ私よ!」

シーラ「……本当に儚い人は、そういうこと言わない。」

イルマ&パメラ「ふぐっ…!」

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