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5話 4月9日 ゆううつな旅路。

初めての方も、ブックマーク登録をして下さった方も、来て下さってありがとうございます。

評価して下さった方、ありがとうございました。うれしいです。

 空は青く、吹きくる風は、ディアナを乗せて走る白い馬車の中に、春のさわやかな香りを運び込んでいた。

 ぱかんぱかんと馬車が進む砂利道の両脇には、赤白黄色のチューリップがが咲き乱れている。

 つぼのような形の花びらにふわふわとみつばちが舞い降りる姿がまた、おだやかな春の風景を助長していると言えるだろう。


 そんな中、辺境伯の令嬢、ディアナ・サルーインは、まるで雨上がりのみずたまりにはまってしまったはたらきアリのように、絶望的な気分で車窓を眺めていた。

 

 ……うわあ、あとちょぴっとで、イリュージア学園に着いちゃうようぅぅ…。


 生まれ育ったサルーイン領を出発してから早五日。馬車はもうまもなく、ディアナにとっては因縁の場所へ到着しようとしていた。


 記憶を取り戻した翌日の早朝に、サルーイン領を発ったディアナは、道中馬車にゆられながらも、何らかの防衛策を取ろうと策を講じてみた。

 忘れ物をしたと言って、屋敷に引き返してもらおうとしてみたり、ちょっと気分が悪くなったと言って、しばらく馬車を止めてもらおうとしてみたり。


 だがしかし、敵(?)もさるもので、学園までの旅に母がつけてくれた護衛兼お世話役の二人に、すべて阻止されてしまった。忘れ物は、次の町か王都で新しいものを買ってはどうか、同じものがいいなら後日学園まで届ける、と言われてしまい、仮病の方は、ちょっとだけれど光魔法が使えるフロールに治癒魔法をかけられ……仮病と気づかれていたようだったけれども……、と、びっくりするほどあっさりと解決されてしまった。


 ちなみに、学園に入学しないという選択肢は、残念ながらディアナには存在しない。

 この世界では、十歳になった子供には、身分を問わず必ず魔力検定が行われる。その結果、少しでも魔力を体内に有していたものは、例外なくイリュージア学園に入学する決まりになっている。


 ただ、ディアナの場合、検定を受けるまでもなく、おんぎゃあと生まれて初めて目を開けた時に、瞳の色が黒に近かったことから、魔力を持っていると判明してしまった。

 ようするに、生まれてから数週間で、ディアナのイリュージア学園入学は決まってしまったのだ。


 ……ああ…、今はカカオ七十パーセントの、チョコレートちっくな自分の目がうらめしい………。


 この目のおかげで、大好きなサルーイン領のみんなを守れるのだと、小さいころから誇らしかったカカオ色を、はじめて嫌いになりかけているディアナだった。


 王都から学園までの道のりは、にくらしいほどに順調だった。

 街道はきれいに舗装されているし、天気にも恵まれた。さらには王都にあるサルーインのタウンハウスに寄った時に、御者が馬を換えてしまい、この子たちがまたそれはもう働きものなので、馬車はなだらかな道を軽快に進んで行く。

 おかげで、予定どおりの時刻――――太陽が真上からすこし傾いたところで、白塗りの高い壁が見えてきてしまった。


 ……あああ…。あれぞまさしくイリュージア学園が建つ敷地を取り囲む、白い壁…。


 現代で例えれば、三階建てほどの高さと、その一階分ほどの厚さのある石の壁は、実は、外から攻めてくる敵をひるませるものではなく、内側の敵を閉じ込めるために建てられたものと聞いている。


 外壁の正面口を入ってからすぐに見えてくる商店街を、まっすぐ進んだ先にある、イリュージア学園。

 その西側から後方にかけて広がる森に、百年ほど前から魔物が出現するようになった。

 最初はこれを隔離するために壁が作られていたそうだ。


 けれども、この土地を領土に持つ貴族が、出現する魔物がそれほど強くないことから、それならいっそ魔法の練習場にしてしまおう、と、フロンド王国初の魔法学園を建ててしまった。さらに警備のためにと壁内に自領の騎士団を常駐させると、比較的安全な狩場として、初級から中級の冒険者が多く出入りするようになり。そうすると今度は、冒険者のための宿屋やら武器屋や道具屋やらが建ち出し、そこからさらに食堂やらパン屋やら金物屋やら、日常生活に必要な商品を売る商店が次々に開店し…。


 気がついた時には、王都も驚く巨大な町が出来あがっていたのだった。


 ……もしも町が破壊されたりしたら……住んでる人は大変だろうなあ……。


 ディアナが前世でプレイしたゲーム、『イリュージアの光』では、逆ハーレムルートの場合だと、悪役令嬢Aが呼び出した巨大な魔物によって、壁の中は大混乱に陥ってしまっていた。

 事件は、9月に授業の一環として開催される、訓練合宿の時に起こる。

 ゲームでは、ヒロインの能力を一定値以上まできちんと上げていれば、問題なくクリアできたイベントだ。

 けれども、攻略対象者たちとのデートに勤しみすぎて、鍛錬をおこたれば……壁の中の町は、焦土と化してしまう運命にある。

 そんな、数か月後に起こるかもしれない大惨事のことなど露知らない町民さんたちは、今日も思い思いの笑顔で過ごしていた。


 ……知らないって………幸せ………。


 最終的に魔物を呼び出さないため、ディアナにできるのは、すこしでもゲームのストーリーから現実をそらすこと。ヒロインと攻略対象者とのイベントを起こさせないようにするのもひとつの手段だ。

 しかし、このまま学園に着いてしまうと、ディアナの婚約者クライヴとヒロインの出会いイベントが発生する、かもしれない。

 だからこそ、ディアナは到着時間をすこしでも…せめて数時間後にでも遅らせるべく行動をしたのだけれども……。


 ………まあでもさ、ヒロインさえちゃんと修行してくれれば、魔物が召喚されたとしても、町の人は助かるからね。……わたしは死んじゃうけど、別にね、悪役令嬢がちょっと四人死んだからって、自分たちが喚び出した魔物に食べられちゃうんだから、自業自得というやつだしね。……ふーんだ。どーせどーせ………。

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