49話 4月19日 こぼれる胸のうち
「………っ!」
ディアナはとっさに、もれそうになる声を抑えようと、白い手袋をした手で口をおさえた。
それが幸いしたのか、声は出ずに済んだけれど、飛び上がるようにベンチの端に体を寄せてしまう。
「………、ふーん。」
「………」
ライルのジト目が、ディアナを責める。
ディアナは、そろそろとあさっての方向に顔をそらして、ライルの視線から逃れてみた。
だって、しかたないじゃないか。心を読める人となんて、できればお近づきになりたくない。
もし、前世の記憶があるなんてバレたら、ゲームでも研究好きな設定で、実際に現在進行形で、なにかすごいものを作ろうとしているらしい彼のことだ。ディアナの脳みそを、隅から隅までのぞかれてもおかしくはない。もっとも、そんな方法があれば、だけれども。
「………」
ライルと接点を持つのは正直こわい。けれども、王子さまが話しかけてきたのに、さっさと立ち上がって距離を取る勇気もない。
どうしたものかと目線を泳がせつつ考えていると、ライルが声をあげた。
「さっき、イルマ・ダントン嬢と話してたけど、何かあったの?」
「えっ」
ディアナは、驚きの声をあげつつライルを見る。
だってまさか、ライルから……というか、ろくに面識のない人から、その話題をふられるとは思わなかったのだ。
「彼女、君と話した直後に、クライヴのところに行ったみたいだけど……、君にクライヴと踊る許可を取った……わけじゃないよね?」
「……はい…」
静かな口調で問われたので、ディアナも思わず正直に返す。
「何を言われた?」
さきほどのことを思い出して、しゅんと肩を落としたディアナに、淡々とした口調で問いかけるライル。
あっさりとした中にも、どこかあたたかいものを感じたディアナは、ゆっくりとその問いに答えた。
「えっと……、ダントンさまが、昨日殿方からいただいたという髪飾りのお話をしてくださって………」
「…それで?」
口ごもったディアナに、続きをうながすライル。
「………」
ここから先は、自分でも感情を整理できていない部分だ。けれども、ライルの、話を聞こうとしてくれる真剣なまなざしを受けて、ディアナはもそもそと口を動かす。
「実は、わたしも同じ髪飾りを、昨日クライヴさまからいただいていて……、今日もつけているんですけれど、ダントンさまに髪飾りを差し上げた男性は、ダントンさまに一番お似合いになると言って、差し上げたようで……」
「………」
「実際、本当にお似合いでしたから……。ダントンさまは、目がぱっちりしていておきれいですし……」
自信満々で、髪飾りをつけていたイルマを思い出し、ディアナの元気が降下して行く。
「………」
ライルは、あごに指を当ててすこし考えたあと、すっかりしおしおになってしまったディアナに問いかけた。
「具体的に、ダントン嬢はどんな言葉を使ってた? 思い出せるところまででいいから、言ってみて」
「……え? ………ええっと…」
ライルの意図がわからず、聞き返したディアナだったけれど、ライルが、おだやかな瞳で続きをうながすように見つめてくるので、ディアナも、眉間にしわを集めながら、がんばって先刻の記憶をひねり出す。
「確か……、これは、昨日、殿方にいただいたものなんです。華やかな場につけてくるにはすこし地味かと思いましたけれど、わたしに一番似合うから、とおっしゃってくださった殿方のご期待にお答えしようと、つけてみたのです。おかしくないかしら? ………くらいだったかと………」
「………ふうぅぅぅぅぅ~ん…」
ディアナの話に、だいぶ長い相づちを打つライル。
そっけないうなずきに、ディアナはあわてて頭を下げる。
「申し訳ありません。こんな話聞かされても、おもしろくないですよね」
「ああ、いや、違うんだ」
ライルは即座に首を振ると、ディアナに問いかけて来た。
「で、どうして君は、そんなに落ち込んでるの?」
「………それは、その、せっかくクライヴさまからいただいた髪飾りなのに、わたしには似合っていないと言われた気がして………」
ディアナの言葉に、ライルは小さくうなずいた。
「……まあ、そういう意味もあるだろうねえ」
「うっ………」
ライルの言葉が、心臓にぐさりと刺さる。
でもまあしかたない。だって、あの髪飾りが、イルマにとても似合っていたのは事実なのだ。
「……けど、気にしなくていいんじゃない? そんなの」
「へっ?」
思いがけないライルの言葉に、ディアナは思わずあほ声をあげる。恥ずかしくてぱっと口を押えてみるも、出てしまったものは戻せない。
王子さま相手に失礼ではなかったか、と心配をするディアナだったけれど、ライルに気にした様子はなかった。
「クライヴだって、君に似合うと思って、プレゼントしたんだろうしね」
「………! ……そ、そうでしょうか。だとしたら、……うれしいです」
ディアナは、はにかみつつ答えた。自分でも言い聞かせていたものの、第三者に同意してもらえると、また違った安心感がある。
ディアナは胸に手を当て、ほう、と息をついた。
そして、明日も髪飾りをつけようと決めるのだった。
「ところで、君さ……」
ライルが、ディアナの顔をのぞきこむようにして問いかける。
「? はい」
相談に乗ってもらったからか、ついさっきまでライルを警戒していたことなどすっかり忘れ、笑顔で話を聞こうとするディアナ。その時。
後方――――さきほど、ディアナがパーティ会場から出るのに使った窓の方から、男女の声が聞こえて来た。
「さっき見た時、階段を降りたところにベンチがあったんだ」
「まあ。じゃあそこですこし休憩しましょうか」
「―――――」
そんな声とともに足音が近づいてくると、ライルが小さく息をついた。
「そろそろ戻ろうか」
「あ、はい」
ライルに続いて立ち上がり、差し出された手に指を軽く乗せ、歩き出す。
「……まあ、ライルさま…!」
階段の途中で、ライルの姿を見つけた女子生徒が、驚きの声を上げた。
それから、パートナーの男子生徒と目を合わせてうなずき合うと、静かにライルに近寄って来る。
せっかく人気のない場所で第二王子に会えたのだから、あわよくば声をかけてもらいたかったのだろう。
けれど、ライルが足を止めることはなかった。
「失礼」
結局ライルは、軽い会釈だけをして、二人の間を通り過ぎた。
「………」
ライルにエスコートされているディアナも立ち止まることはせず、頭を下げるだけにしておく。
頭を上げた時に視界に入った男女の生徒たちは、残念そうに眉を下げていた。
………まあ、しかたないよね…。
ダンスパーティは、社交の練習場なのだ。
イリュージア学園では、階級を越えての生徒同士の交流が推奨されているけれど、ダンスパーティは違う。
貴族階級ばりばりありきの、非常にかしこまった場だ。
当然、下の階級の者から、王子に話しかけることなどあってはならない。
親しい貴族同士ならある程度は許容されるらしいけれども、それでも、階級が下の人が上の人に話しかけるのをよく思っていない人もいるらしい。
そのあたりをきちんと見極めて挑みなさい、と、家庭教師からは口をすっぱくして言われ、その上父と母に何度も諭された。
………そんなに失礼なことしそうに見えるかな、わたし……。
まわりの人間にいまいち信用されていない自分に、ちょっと落ち込みながら、楽師たちが音楽を奏でる会場へと、再び足を踏み入れる。と。
「………!」
ディアナの目の前に、驚きの光景が広がっていた。
次回タイトルは、『気づいてしまった気持ち』で~す。
ディアナ「ファルシナさま! これは一体どういうことですか?!」
ファルシナ「どういうことと言われましても……。あら、サルーイン様、あちらをご覧になって」
ディアナ「え? ―――えええええ〜っ!!!」




