44話 4月18日 プレゼントに秘められた想い
チリリン。
太陽がもうすこしで真上にさしかかるころ、赤いベルが青空に鳴り響いた。
「フィクトルご子息、サルーイン嬢、またのお越しをお待ちしておりますわ!」
上機嫌のエロール夫人に見送られ、ディアナとクライヴは、仕立て屋を後にする。
「行こうか」
まるで、そうすることが当然かのように差し出されたクライヴの手に、ディアナはそっと自分のそれを乗せた。
クライヴは、ディアナの手をしっかりに握り、街中を歩き出す。
「今日はあまり時間が取れなくて、申し訳ない。本当は、昼食も一緒に取りたかったんだけどね」
低い声に、残念さをにじませるクライヴに、ディアナは首を振った。
「いいえ、クライヴさまはいつもお忙しくしていらっしゃるから」
そう。ゲームのクライヴも忙しかった。生徒会の仕事や、第二王子、ライルの発明の手伝いやら、時には王命で狩り出されたりもして。
ゲームのディアナはここで切れた。なぜ婚約者である自分との時間を最優先しないのかと。
王命はともかく、生徒会の仕事の都合と、趣味と豪語しているライルの手伝いを優先して、自分をないがしろにするクライヴを、悪役令嬢Dは許せなかったのだ。
けれども自分はDではない。前世で友人が生徒会の役員をしていたこともあり、その大変さは知っているつもりだし、ライルの手伝いだって、クライヴが好きでやっているのなら続ければいいと思う。
だから大丈夫。自分は悪役令嬢Dとは違う。絶対に、クライヴに会えないからと言って、彼をなじったりしない。だから、大丈夫。
もはや、安堵なのか願いなのかわからない、複雑な想いを抱きつつ、ディアナは、クライヴとつないでいない方の手で、耳の上あたりにそっとふれる。
そこには、白い小鳥の髪留めがあった。
出かける前のディアナが、持っていなかったものだ。
「それよりもクライヴさま、髪留めまで買っていただいて……本当にありがとうございました」
礼を言うディアナに、クライヴはくすりと笑う。
「それ、さっきも聞いた」
「また言いたくなったんです」
先刻、エロール夫人が、真剣な顔でカタログをめくり、ディアナに似合いそうなドレスの型を探していた時、ふと目についた白い髪留め。
小鳥が羽を広げて飛び立とうとしている姿をしたそれに、ディアナが視線をうばわれていると、気づいたクライヴが立ち上がり、髪留めを手に取った。
「夫人、これ、いただけますか?」
そうして、ベストの裏から革のサイフを取り出すと、あっさり自分のものにし、どうぞとディアナに手渡したのだ。
クライヴが買ってくれなかったとしても、おそらく自分のおこづかいを使って手に入れていただろう。そこまでディアナが気に入ったことを、クライヴは察してくれたのだろうか。
そう思うと、ますます髪留めに愛着がわいてくる。
「この髪留めなら…、学園でつけていても大丈夫ですか? 生徒会文化委員長さま?」
すこしおどけた調子でたずねると、クライヴも似た口調で答えてくれる。
「もちろん。一色のシンプルな髪留めなので大丈夫ですよ。ディアナ・サルーイン嬢」
「ありがとうございます。文化委員長さま」
「また言った」
「今のは、教えていただいたことへのお礼です」
「ああ、そうか」
「そうですよ。ありがとうございました、クライヴさま」
「ん?」
「今のは、髪留めを買っていただいたお礼です」
「何だそれ」
「だって、うれしいから…たくさん言いたいんです。思っているだけでは、伝わらないでしょう?」
「……っ」
「? ……クライヴさま?」
クライヴの動きが一瞬止まったように見えたディアナは、そっと彼に声をかけた。クライヴが何かに驚いたような、あるいは、何かに対して怯えたように思えたからだ。けれども。
「ん? 何?」
そう言いながら向けて来るやわらかい笑顔からは、さきほどディアナが思ったような感情は見えなかった。
………気のせいかな?
おそらく、自分のかんちがいだろう。そう結論づけたディアナに、クライヴが言う。
「今度来る時は、一緒に食事をしよう」
「……っ!」
突然のクライヴの誘いに、ディアナの心臓は一気に跳ね上がってしまった。
……え、え。食事って……、好きな人との食事ってどうすれば……。味わかるかな? それに、緊張しすぎてとんでもない失敗しそう。ほらスプーン落としちゃったりとか。
何より、ごはんを食べるために好きな人の前で口を開けるのって、すごく恥ずかしい気がするのだ。特にディアナは大口なので、テーブルマナーの先生に、もっと上品に食べなさい! と何度注意されたことか。
でも、それでも。
クライヴに誘ってもらったのだから、ことわるなんて選択肢はない。むしろあるわけがない。
………今日、テーブルマナーのおさらいしよう。
空いている方の手をぎゅぎゅっと握り、静かに決意を固めるディアナに、クライヴはさらなる爆弾を投下した。
「明日のダンスパーティで、ディアナと踊るの、楽しみにしてるよ」
「!」
………それもあったあ~!!
ダンスを含め、体を動かすことはきらいじゃない。だから、ほんのちんまいころから、抵抗なくダンスのレッスンを受けて来た。もう体には、ダンスのステップがいいぐあいにしみ込んでいるはず。なのだけれども。
……好きな人と踊るのなんて、はじめてなんだも~ん…。
ダンスを踊るためとは言え、クライヴと体を密着させた時に、気が動転して右と左の足を間違えて出す、なんてことも、十二分にある。気がする。
そんなわけで。
………ダンスのステップも、じゅうぶんに復習しておこう。うん。
心の中で、新たな決意をしたディアナなのだった。
次回のタイトルは~、『4月19日 いざ、ダンスパーティへ。』です!
ディアナ「ダンスと言えば?」
ファルシナ「ヒップホップ!」
アルテア「バレエかしら」
シーラ「………登〇丘高校?」
ディアナ「……。(答えがだいぶピンポイント…)」




