42話 4月18日 あいのりデート。
そうして、クライブに腕を引かれ、てくてくと歩いていたけれど、ふとあることに気づく。
「あの、クライヴさま」
「ん?」
「わたしたちは今、どこに向かっているのでしょう?」
女子寮の前を出発し、学園の中心にある噴水を横切り、今は、女子寮と対面する形で建てられている男子寮の近くまで来ている。
学園の中にも買い物できる店はあるけれど、門の入口近辺に集中しているし、すくなくとも、男子寮の近くにはなかったはず。
首をかしげるディアナに、クライヴが答えた。
「ああ、馬小屋にね。今日は、馬で町まで行く予定だから」
「え?」
馬で、と聞いて、ディアナはちょっと立ち止まりたくなる。
というのも、今日のディアナのいでたちは、完全にお嬢さまデート服。当然、馬にまたがって、手綱を握るような恰好はしていない。
そういえばクライヴは、ゲームの攻略者の中で、余暇の時、一番活発に動く人だった。
………どどど、どうしよう…。クライヴさまが馬好きなのは知ってたけど……あくまでゲーム情報で。でも、知ってたんなら、もっと活動的な服を着ればよかった。せめて、ワンピースの下に、戦闘用のスパッツを履くとか………。
せっかく、前世の記憶という、半ば反則的な技を持っているのに、まったく有効に使えない。
こんな自分だから、結局クライヴさまにも嫌われるんだ。きっとそうだ。
ディアナがしゅん、と肩を落としているうちに、馬小屋に到着してしまった。
そのまま二人で石造りの馬小屋に入ると、クライヴは迷わず一頭の馬に向かって進む。その先には、青みがかった金色の毛を持つ馬がいた。
………あ、ゲームのクライヴさまの馬と同じ色……。
それと同時に、クライヴ自身の髪の色でもあったりする。ディアナは、複雑な気持ちで馬を見上げた。
……確か、ゲームのディアナは、この馬に嫌われていて、背中に乗せてもらえなかった。でも、ヒロインのことは気に入って、自分から鼻をすり寄せたりしてたんだよな。……それが、ますますDの嫉妬心をあおったわけだけれども。………まあ、そうだよね。馬だってきっと人を見るし、乗せるなら自分の好きな人がいいよね。
クライヴが、馬の頭をひとなでし、手綱を引いて小屋の外に出すのを、どこか他人事のように眺めるディアナ。
……でも、あれ? クライヴさまは、ご自分の馬に乗られるとして、わたしはいったいどうすれば?
ディアナが不思議に思っている間に、クライヴはさっさと馬の背に乗ってしまう。
クライヴの遠乗り好きは、前世の記憶が戻る前から知っていたから、自分の馬も、学園に連れて来てはいる。
ただ、女子用の馬小屋は、女子寮の近くにあるので、馬に乗るなら、いったん戻らなくてはいけない。
そう思って、きびすを返そうとしたディアナだったけれど。
「ディアナ」
クライヴに声を掛けられ、立ち止まる。
「はい?」
ディアナの問いかけに、クライヴは、笑顔で手を差し出すことで答えた。
「乗って」
「………え?」
……乗る? クライヴが先に乗ってる馬に? え。ていうか。……乗せて、くれるかな…?
クライヴとクライヴの馬の顔をちらちらと見つつ、おっかなびっくりな状態で、クライヴの手を握る。
ちょうど、そばに乗馬用の踏み台があったので、まずはそれに乗り、それから、クライヴに抱えられるようにして、馬の背中へ。
……え?
ほぼクライヴに体をあずける状態で乗馬したところ、気づけば、クライブに横抱きにされていた。
「え? え?」
「じゃあ、行こうか」
慌てるディアナに気づいているのかいないのか、クライヴは、さわやかな声で言って、手綱を緩める。
本来、馬の横乗りは、体重がかたよるし体も安定しないので、危険なはず。けれど、ディアナの腰に回されたクライヴの腕は、その細さからは想像もつかない力で、しっかりと彼女の体を固定している。
だから、ディアナも安心して、「はい」と小さくうなずいた。
クライヴは、馬を速歩で走らせている。これなら、人間が足で普通に歩く半分の時間で、町に着くだろう。
しかし、この歩き方を馬にさせると、多少の揺れは覚悟しないといけないところなのだけれど、なぜか、家で椅子に座ってくつろいでいるかのように、ほとんど体への負担を感じない。
クライヴの腕の力が強いのもあるけれど、それだけではない気がした。
……もしかして………。
ふと思い当たって、意識を集中してみると、ディアナたちのまわりを包む風に、意図的なものを感じる。
クライヴが、風を操り、馬が走ることで体にかかる負担を軽くしてくれているのだろう。
……あれ? でも確かクライヴさまは、馬に乗って風を受けるのが好きだったはず…。
風の魔力を持って生まれたクライヴは、得意な武器が弓だったり、休日は馬を駆って景色のいい丘に行ってみたりと、とにかく風に関わることが好きなのだ。
だから、クライヴとヒロイン、二人で馬に乗る時のスチルでも、ヒロインのストロベリーブロンドは、さわやかに風に舞っていた。それなのに。
「あの、クライヴさま」
気になったので、前を向くクライヴに声をかける。
「ん?」
クライヴは、すこしの間だけディアナに視線を向け、また前を向きつつディアナをうながす。
「風が、わたしたちに当たらないようにしてますよね? どうしてですか?」
その問いかけに、クライヴは、ん? と首をかしげた。
「いや…、………ディアナの髪型がくずれないようにと思ったんだけど……」
「え?」
「いつもよりも凝ってるから」
「……えっ」
「風が当たった方がいいなら、すこし魔力を弱めるけど」
クライヴの提案に、ディアナはぶんぶん首を振る。
「いえっ。えっと、そのままで…お願いします」
クライヴの気遣いは純粋にありがたいし、それに何より、すこしアレンジを加えただけの髪型に気づいてくれたことがうれしい。
……ちょっとは、わたしのことも見ててくれてるのかな……。
まるで、風のように馬を操るクライヴの顔を見上げながら、ディアナはほんのすこしだけ、期待をしてしまうのだった。
それからしばしの間、すれ違う人たちに羨望や嫉妬を植えつけつつ、端から見れば仲睦まじい乗馬デートをし、やがて町に到着すると、クライヴは慣れた様子で入口にある馬小屋に馬を預けた。
そしてやっぱり、町中は馬車が走っているし、人通りも多くて危ないからという理由で、ディアナの手をしっかり握り、歩き出す。
「……あの、クライヴさま?」
「ん?」
「わたしたちは、どこに向かっているのでしょう?」
ディアナは、こてんと首をかしげつつ尋ねた。
そう言えば、昨日、クライヴから出かけようとは言われていたけれど、どこに行くのかは聞いていなかった。
クライヴと一緒なら、別にどこでもかまわないのだけれども、いちおう確認しておこう。そう思って口にしてみた。
するとクライヴは、意味ありげに大きな目を細めると、目の前の白いドアを指さした。
「ここ」
「え?」
「入ろう」
クライヴは、ディアナに考える時間を与えることなく、開いている手でドアを開ける。
チリリン、と赤いベルが鳴り響くと同時に、張りのある高い声に迎えられた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、フィクトル侯爵子息さま」
そう言って、ドアの正面で膝を折っているのは、ベルと似た、深みのある赤い色のドレスを身につけた女性だ。
……? 誰この人。
次回のタイトルは、『次の約束』です!
ベアトリス「ゆ~びきりげんまん、嘘ついたら…針千本飲んでいただきますわよ!」
ディアナ「わあ…あれってたぶん、本気のやつだ…」
クライヴ「………」




