41話 4月18日 待ち合わせ場所は、厳選しましょう?
クライヴは、真っ白なシャツの上に、瑠璃色のベストを着て、白にかなり近い空の色のパンツを履いている。ベストのボタンをしていないのは、くだけた印象を与えるためなのだろうか。休日ぽくて、ディアナは好きだ。
「お、おはようございます、クライヴさま」
ディアナは、気合を入れるかのように、しゃきんと背筋を伸ばす。けれど、そんな気持ちとはうらはらに、思わずどもるディアナに、クライヴはやさしく笑って返した。
「おはようディアナ。……それはそうと、ずいぶん早く来たんだね」
寮の建物の中心に埋め込まれている時計を見ながら、クライヴが言う。
その口調に、わずかではあったけれど、とがめるような厳しさを感じて、バッグのハンドルを持つ手に力が入る。
「え、いえ、あの、今日は早く目が覚めてしまったので……」
もごもごと口を動かしては見るけれど、それ以上続けるわけにはいかず、結局は尻つぼみになってしまった。
だって、クライヴとのデートのために早起きしておめかしした、なんて答えたら、クライヴはきっと、ディアナの気持ちを重く感じてしまうだろう。
ディアナとクライヴの間には、愛情なんて、みじんこの大きさほども存在していないし、二人を結びつけているものは、互いの家同士の約束だけなのだから。
そして、いずれは…というか、もうすでにそうかもしれないけれど、クライヴはヒロインファルシナに恋をして、やがては彼女に永遠の愛を誓う予定なのだ。
クライヴにとって、粘着質に自分を想い続ける女なんて、邪魔以外の何ものでもない。
ディアナは、もし、クライヴに好きな人ができたなら、その人との仲を祝福したいと思う。そして自分は、新たに相手を探して結婚し、一緒に領地を継げばいいだけなのだ。その辺は、自分の、柊みのりが転生した、ディアナ・サルーインの意思を貫きたいと考えている。
と、ここまで考えて、ディアナははっと気がついた。
……もしかして、わたしが先に来ちゃったから、クライヴさまのお立場を悪くした…?!
ゲームのクライヴは、基本的にやさしかった。目の前に困っている人がいれば、放っておけず、悪役令嬢な婚約者の無茶ぶりにも笑顔で答える。日本人としての記憶を持つディアナとしては、ヘタな本物王子(具体的に名前をあげればライル)よりも、よほど王子さまらしいのだ。
今、目の前にいるクライヴも、やさしい人だと思う。手紙を書けば必ず返事をくれたし、ディアナが学園に入学する時も、もし生徒会の仕事がなかったら、絶対に迎えに来てくれただろう。
そんな彼が、自分よりもか弱い(と思われる)女の子を、待たせてしまったとしたら……。
というか、実を言うと、まだ約束の時間よりもニ十分ほど前なのだ。ただディアナが、三十分前に寮を出てしまっただけで。ディアナを待たせまいと、ニ十分も前に来たクライヴを、いったい誰が責めるというのだろうか。
それでも、クライヴの気づかいをだいなしにしてしまったのは確かだ。
これはひとこと謝っておこうと、ディアナが口を開きかけた時、クライヴがディアナの名を呼んだ。
「ディアナ」
「は、はいっ」
謝罪対象に名前を呼ばれ、緊張のあまり背中がしゃきんと伸びる。
何を言われるのかとびくびくしているディアナに、クライヴは言った。
「女の子が長い間外に一人で立っているのは危ない。だからこれからは、約束の時間ギリギリまで、寮の中に居て」
「えっ……」
やさしい声と、年下の子に言い聞かせるような口調。艶のある藍色を、限りなく黒に近づけた印象の大きな瞳が、ゆるやかなカーブを描いている。
ディアナは、ようやく気がついた。
クライヴは怒っているのではなく、ディアナを心配していただけなのだと。
「……で、でも…、ここは学園の中ですし、しかも寮の前ですから、危険なことは起こらない気がしますが……」
さらに付け足せば、学園内にも騎士の駐屯所があるので、騒ぎがあれば、すぐにでも駆けつけてくれるようになっていたりする。
何せ、国中から貴重な魔力持ちが集められているのだ。ヘタをすれば、フロンド王国と敵対している隣国に、突然襲撃されても不思議はない。
学園を創設したノルデン公も、そこは重々承知しているらしく、警備体制はかなりしっかりしていると思う。
……こんなにしっかり警備してくれてるんだから、悪役令嬢Aがぶたぶた魔物を呼び出した時には、騎士のみなさんで退治してくんないかな?
ディアナが、希望的観測をでかでかと心に描いていると、クライヴが言った。
「学園の中だからって、安全とは限らないだろう? この辺なら……、そうだな…。……売り物を納品しに来た馬車が突然暴走して、巻き込まれるかもしれないし」
「……馬車の暴走…」
………まあ、…ないわけではない、けれども…………。
正直、実際に起こる可能性は、限りなく低いと思う。
けれど、ディアナとしては、クライヴが自分を心配してくれたことが、純粋にうれしかった。なので、クライヴに向かってはっきりと返事をする。
「わかりました。次からは、約束の時間ギリギリまで室内にいることにします」
さきほど、クライヴは、これから、と言った。
と言うことは、クライヴは、またこうしてディアナと一緒に出掛けてくれるつもりなのだろう。
確かなものではないけれど、近い未来のクライヴとの関係が約束されたように思えて、胸の奥がほんわかと温かくなった。
「うん」
クライヴは、ディアナの言葉にうなずくと、うれしそうに笑いかける。
「少し遅れてくるくらいでいいからね?」
「………はい」
待たせるのはちょっと…、と思わないでもなかったけれど、それを言ったら、またクライブの笑顔が曇ってしまうかもしれないと、ディアナは素直にうなずいておく。
ディアナの返答を聞き、クライヴはほっと息をついた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
おもむろに差し出されたクライヴの手の平に指を置くと、そのまま手をきゅっと握り込まれた。
「……!」
ディアナの手をまるごと包み込んでしまえるほどの、大きなクライヴの手。触れ合う箇所がくすぐったくて、ディアナの顔が自然と赤くなる。
……うわ、うわ、うわ。こ、これってけっこうみんなに見られちゃうんじゃ……!
気にはなるけれど、でもよく考えてみると、クライヴとディアナは婚約をしているのだ。
婚約者といえば、いずれは結婚する間柄。すこしくらい仲良くしたところで、おかしな噂は立たないだろう。
だんだん気持ちが落ち着いて来ると、クライヴの手の平のところどころが硬いことに気づく。全体的に硬いけれど、特に顕著なのは、手のひらの上の方。
………タコ、かな…?
おそらく、豆が出来ても剣を振り続けたために出来てしまったのだろう。
……この人は、必死に自分を磨いているんだ……。
クライヴの横顔を見ながら、ふと思う。
それに対して、自分はどうだろうか。
自分は、クライヴのとなりに立てるほどの努力をしているのだろうか。
何の努力もせずに、クライヴの婚約者という肩書にあぐらをかいて、どっかりと座っているだけではないだろうか?
………修行の時間、もうちょっと増やそうっと。
すこしだけ、クライヴの手を握る力を強めながら、決意を新たにするディアナなのだった。
次回のタイトルは『あいのりデート』です!
ディアナ「わああ…! それ女の子だったら一度はあこがれちゃうヤツ…?! 「どうぞ、お姫様」なんて言われたら、照れちゃうけれども最高~っ!」
クライヴ「……………」(←何かメモっているようだ。)




