4話 4月9日 生徒会室の攻防
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イリュージア学園の生徒会メンバーは、今日も今日とてそびえたつ書類の山々と格闘していた。
書類の内容は、入学式や、新入生の歓迎会も含めた四月のダンスパーティの準備などの、学園の行事に関わるものから、新しく立ち上げを希望する同好会の申請手続きや、学園の食堂のメニューや学生寮の管理など、学園生の生活に関するものまで、それこそ多岐に渡る。
もちろん、最終的な決定権は学園長にあるのだけれど、生徒会で決められた事柄がくつがえることはめったにないので、生徒会のメンバーが学園の大部分を運営していると言っても過言ではなかった。
この学園方針は、昨年度、フロンド王国の二人の王子が生徒会に入ってからは、ますます強くなったようで、今や、学園長や教師が生徒会の決定事項に口を出すことはほとんどない。
そうすることによって、比較的自分に近い目線で取り決められてゆく事項は、生徒たちも受け入れやすいようで、今のところ大きな問題は起こっていない。
そして、現在の生徒会メンバーは、次期国王と年齢が近いこともあり、未来のフロンド王国の中枢を担う人物になるだろう、と巷でささやかれている。
イリュージア学園生徒会の文化委員長、フィクトル侯爵家の子息クライヴの机の上も、先ほどまでは書類がうず高く積み重なっていた。
だが、持ち前の忍耐力と処理能力で、ようやく向かいの席に座っている、体育委員長、ロナンド・エンノルデンのシャープな顔が見えるまでになった。
数時間ほど集中していたし、今、読んでいる書類の処理を終えたら、少し席を外させてもらおう。
そう思っていたクライヴの机の上に、大量の書類がどさりと置かれた。
またロナンドの顔が見えなくなり、クライヴは、書類作業が振り出しに戻ったような気分になる。
……いや、実際気のせいではないのだけれども。
「………」
クライヴが静かに顔を上げると、机の横には、フロンド王国第二王子であり、現在は、イリュージア学園副生徒会長を務めているライルが、涼しげな笑顔を浮かべて立っていた。
「次はこれ、頼んだよ」
「………」
クライヴは、思わず出かかったため息をぐっとこらえ、うなずく。
「構いませんが、少し休憩をいただけませんか?」
「え?」
クライヴの申し出に、ライルはまるで、不快だ、と言わんばかりの声をあげた。
「休憩なんか取って、この書類、今日中に終わる?」
そう言って、たった今、自分がクライヴの机に置いた書類の山を、ぽんぽんとたたく。
「終わらせます」
クライヴはきっぱりと答えたのだが、ライルにはやはり不満があるようで。
「でもねえ…。まだまだあっちにも書類あるし」
ライルが指をさした方には、明日、イリュージア学園に入学する予定のレダン・マッスーオ公爵子息がいた。
彼が座っている机にも、当然のように書類の山が積み重なっている。
「まだ入学前の生徒があれだけがんばってくれてるのに、先輩の君が仕事を抜け出そうとするなんてねえ…」
呆れたように言うライルに、クライヴは大きな目をすっと細める。
「休憩した分は、睡眠時間を削ってでも穴埋めします」
ライルの意見に内心腹を立てつつ、何とか自分の望みが叶う方法を考える。
これが、自分と同じ侯爵クラスの人間の言う事だったら、恐らく相手の意見など軽く聞き流していただろう。けれども、ライルはどう転がっても王国の第二王子。むやみに逆らうわけには行かない。
ただ、普段は、仕事さえきっちりこなせば、仕事の合間に一人だけ休憩を取ろうが、長椅子に移動して仮眠をしようが特に何も言わないライルが、今日に限って強制的に働かせようとする理由が分からない。
確かに、彼の兄であり、王太子のカーサが、机に積み重なった書類もそのままに、どこかに行ってしまったので、忙しいのは確かだ。
けれど、カーサが生徒会長の仕事を放棄するのは、そうめずらしくないことだし、そうなった時、いつものライルなら多少咎めつつも結局は兄を見送り、たまった書類に手を伸ばすのが常だっだ。
そんなライルが、今日に限って強制的に仕事をさせようとするのは何故なのだろうか。
クライヴが内心首をかしげていると、手前の席から、がたりとイスを引く音が聞こえた。
視線を向けた先には、ロナンドが居た。精悍な顔に、おだやかな笑みを浮かべて立っている。
「ライル殿下、申し訳ありませんが、少し休憩をいただけないでしょうか? まもなくわたしの婚約者が学園に到着すると思うので、迎えに行きたいのです」
「……」
ロナンドの申し出は、ライルにしてみれば思わぬ弊害だが、クライヴにとっては助け船だった。
「ああ、バンニング辺境伯のご令嬢、シーラ様も、今年入学されるのでしたね」
クライヴがすかさず話に乗ると、ライルが面白くない顔をするが、今は気にしないことにする。
「そうなんだ。今日は門まで迎えに来て欲しいと言われていてね。クライヴ、君の方も?」
ロナンドに水を向けられるまま、クライヴは答えた。
「いえ。迎えに行くと手紙に書いたのですが…。忙しいなら不要だと返事が届きました」
「へえ…、君の婚約者殿は、思慮のある方なんだね」
ロナンドは、驚いたようすで目を見張り、その後そっと微笑んだ。
この国の貴族は、体裁にこだわる人間が多い。婚約者がいるのなら、正門から寮までエスコートを受けるのが当然と考える女性が多い中、クライヴの婚約者…ディアナのように、あえてエスコートを断る女性は珍しい。
「ええ…、どうやらわたしの体調を気づかってくれたようでして……わたしにはもったいない、できた女性です」
「そうか……確か、ディアナ・サルーイン嬢は、シーラと同じクラスだったな。仲良くしてくれるといいが……」
独り言のようにつぶやきながら、ロナンドは、ゆっくりとライルに視線を移す。
「クライヴの方は、婚約者殿が自重されているようですから、迎えに行ったところで、そんなに時間はかからないでしょう。むしろわたしが、長めにお時間を頂戴するかもしれません。…ですが、我々の婚約が政略的なものである以上、婚約者に気を配るのもまたひとつの義務と認識しております。どうか、一時の間、休憩を取ることをお許しいただけないでしょうか」
「お願いいたします」
ロナンドに続いて、クライヴも頭を下げる。
「……」
ライルは、冷たい瞳で二人のつむじをにらみつつ、肩をすくめた。
「そんなに言うなら、迎えに行けば?」
投げやりな口調で言うと、ふいっと二人に背を向け、さっさと自分の席に座る。
「………」
クライヴとロナンドは目を見合わせてうなずいた。
気まぐれだろうが何だろうが、離席の許しが出た今を逃す手はない。
「では、行ってまいります。ライル殿下」
「ありがとうございます」
二人はそれぞれ頭を下げると、生徒会室を出て行く。
その背中に、「これだけの書類を前に、休憩できる方の気がしれませんね」というレダンの主張が聞こえてきたのを、クライヴは軽く聞き流すことにした。




