39話 4月17日 デートのお誘いは、危険な香り?
「ク、クライヴさま…?」
「やあ、ディアナ」
「あ、やあ。…! じゃないっ。こ、こんにちは、クライヴさま」
クライヴにつられてうっかり同じ言葉を返してしまい、ぶるぶると首を振りながら、スカートのすそをくっとつまみ、膝を折る。
突然声をかけられてびっくりしたとは言え、やあ返しはさすがに失礼だろう。
この世界では、女性は基本、淑女であることが求められる。
気品のある言い回しや物腰、おしとやかさ。など。
それらがすべて、今のディアナに備わっているとは言わないけれど、いやむしろ全部備わっていない可能性の方が断然高いけれど、まあ一応、ディアナも貴族の子に生まれたので、小さいころからマナーの勉強はしてきたのだ。
ただ、ディアナは、生まれつき強い魔力を持っていたので、多少のおてんばは大目に見てもらっていたところはある。
隣国から敵が攻めて来た時に、相手が男性だからって、「まあ、ごきげんよう」なんて、のんきに膝を折るわけにはいかないのだから。
そんなわけ、に加え前世の記憶も相まって、フランクな物言いをしてしまったディアナだった。
でもだがしかし。ディアナは、クライヴだけにはきちんと淑女らしく接しようと、常に心がけていたのだ。
だって、好きな人が目の前にいたら、自分をすこしでもよく見せたいと思うのが乙女心。人よりも魔力の才能があるらしいディアナも、好きな人の前では、ただの女の子なのだ。
……うえ~んっ。クライヴさまに、あほなところを見せちゃったよう~。
自己嫌悪にさいなまれ、ディアナはちょっと涙目になりつつ、そろそろと顔を上げながらクライヴを見る。
「……、―――――」
一瞬目が合ったクライヴは、ぐっと口を引き結んだあと、すっとディアナから目をそらした。
………! ま、まさかわたし、……クライヴさまに嫌われた…?
フィクトル家と言えば、古参の侯爵家。旧家の品位を守るためにも、マナーにはうるさいのだろうか。
……た、たしかに、クライヴさまは、いつも素敵だし、かっこいいしっ…!
これ以上の失態は何があっても見せられないディアナは、脳内だけであたふたとしつつ、あさっての方向を向いているクライヴにかける言葉を探す。けれども。
……今日はいいお天気ですね。って、何か今さらだし、制服がよくお似合いですね。なんてもっと今さらだしっ…!
と、このピンチをうまく切り開く言葉を、なかなか思いつけない。
……な、何とかしないと、クライヴさまをヒロインに取られちゃう…っ!
あせりの中で、はくはくと口を動かすディアナ。その時。
「………ディアナ、明日の予定は?」
そっぽを向いたままのクライヴが、話しかけてきた。
「! あ、えっと、明日は……」
ディアナは、内心パニクりながら、頭の中にある明日の予定を、何とか表に引っ張り出す。
「十四時から、鍛錬場に行く予定です」
「午前中は?」
「特に何も……」
久しぶりにのんびりしようと思って、朝の予定は決めていなかった。まあ、そもそもディアナは朝に弱いので、起きるのがつらいと言うのもあるけれど。
「そう。おれも昼過ぎから予定があるから……午前中、一緒に出掛けないか?」
「…………、…? !?」
これ以上失礼があってはいけないと、クライヴの言葉を慎重に反芻してから答えようとしたディアナは、左に首をかしげ、そして右にかしげ、はっと大きく目を見開いた。
「えっ、おで…かけ?」
「うん」
「いっ…しょに?」
「うん。都合悪い?」
様子をうかがうように尋ねるクライヴに、ディアナはふるふると首を振る。
「いっ、いいえ、明日ひまです。すっっっごくひまです。息することしか予定がないです」
それはさすがに大げさだよね? レベルに、用事がないことをアピールするディアナ。
両手を胸のところで強く握りしめているのも、もちろん無意識の行動だ。
「そ、そう…?」
そんなディアナに若干引きながらも、クライヴは話を続ける。
「じゃあ、明日の朝、寮まで迎えに行くよ。時間はどうしようか?」
「え、ええっと……」
朝に弱いディアナ。待ち合わせを早い時間に設定したところで、はたしてちゃんと起きれるだろうか。でも、クライヴとすこしでも長い時間一緒にいられるなら……、ちょっとくらいは無理したい。でも、起きれなかったらクライヴを待たせてしまうことになる。そうなると、きっと、男性が理想とする淑女の枠から、また外れてしまう………。
「………あっ」
もんもんもんと考えているうちに、ディアナはある記憶を思い出した。
それは、ディアナの前世、柊みのりが、ベッドに寝転んでよく遊んだ恋愛シュミレーションゲーム。『イリュージアの花』のひとコマ。
4月のとある休日、悪役令嬢Dは、クライヴと一緒に町へ出かける。当たり前のように女子寮の前まで迎えに来させたD。
けれど、寮のそばで、買い物しようと外へ出たヒロインファルシナと、エンカウントしてしまうのだ。
入学式前日、学園に到着したDを迎えに来たクライヴと遭遇し、けがを治すまでそばにいてもらう、というイベントをこなしていると、この日クライヴは、ヒロインに怪我の調子はどうだと尋ねるのだ。
……で、でも、クライヴさまは、ヒロインと出会ったあと、すぐわたしのところに来てくれたから、けがを治すところまではつきそっていない……はず。だとしても、いちおうヒロインと、出会うことは出会っているわけだし、けがをしたことも、知ってるのかもしれないし……。でもでもヒロインがけがをしたのを知った上で、放ってわたしの方に来るとは、クライブさまのやさしい性格からして考えづらいし………。
「…! そうだ!」
悩んで悩んで思いついた案を、ディアナは一気に口にする。
「クライヴさま、明日の待ち合わせは、学園の門の前にしましょう!」
……そう、そうだよ。明日、ヒロインが外出してもしなくても、要は、クライヴさまが女子寮の近くにいなきゃいいんだもの。これできっと、イベントを回避できる…!
名案思いついた! とばかりにはきはきと提案するディアナ。に、クライヴは、微妙な顔で答える。
「えっ、門の…前?」
詰まるクライヴ。その口もとは、こころなしか、引きつっているように見える。
………えっ、もしかして、ダメだった…? あっ、そうか。クライヴさまはきっと、寮の前にいれば、もしかしたら、ヒロインに会えるかもしれないと、一縷の望みをかけているんだ。
できることなら、クライヴとヒロインを会わせたくない。けれど、もし、ヒロインと会うことがクライヴの望みなら、………叶えてあげたい。
………よし。
ディアナは、覚悟を決めてクライヴをじっと見据えた。
……大丈夫。たとえこの先何があったとしても、クライヴさまの幸せが、わたしの幸せなんだから…!
この際だから、ちょっと悪役令嬢ぶって、やっぱり寮まで来なさい、とか命令口調で言ってみようか。実際できるかは謎だけれども。
そんなことを思いつつ、口を開けようとしたディアナに、クライヴはこう言った。
「じゃあ、噴水の前で待ち合わせようか」
「……えっ、……噴…水?」
クライヴからの思いがけない代案に、ディアナはきょとんと眼を丸くする。
そんなディアナに、クライヴはやさしく言い聞かせるように説明した。
「門の前は、門番がいるとは言っても、外部からの人の行き来があるから、安全とは言えない。本当は寮の前で待ち合わせるのが一番いいんだけど……君が嫌なら、せめて噴水の前にしよう。あそこなら、寮からもそんなに離れてないし、外部の人も、ほとんど通らないだろうからね」
「え、いえ。別に、寮の前で待ち合わせするのがいやなわけでは……」
いやではない。むしろ、ゲームのイベントさえなければ、あえて寮の前で待ち合わせをしたいくらいだ。
だって、デートの時、彼氏に家まで送り迎えしてもらうのって、自分がとても大切にされているようで、かなりのあこがれがある。
それなのに、せっかくクライヴが言ってくれたのを断らなければいけないなんて、ディアナだって、実は断腸の思いだったのだ。
でも、やっぱりイベントが起きて、ヒロインとクライヴの親密度が上がってしまう方がよほど切ない。
だから、しかたないのだと覚悟を決めたディアナだった。けれど。
「そう? じゃあ、やっぱり女子寮の前で待ち合わせよう」
ディアナの、いやなわけではない、を素直に受け取ったクライヴは、妥協案をあっさりひるがえした。
「え、」
「時間はどうしようか。午前中しかないから、九時半でいい? そうしたら、ちょうど店が開くころに入れると思うし」
「あ、はい」
「よし、決まり。じゃ、また明日」
さくさくと予定を決めてしまうと、顔のあたりまで軽く手をあげ、別れのあいさつをすると、身をひるがえして颯爽と去って行くクライヴ。
後姿もまたかっこいい………。なんて、見とれている場合ではない。
……し、しまった…!
そうなのだ。せっかく、待ち合わせ場所を変えることで、イベントを回避できそうだったのに、元の黙阿弥になってしまった。
「………やっちゃったー…」
あまりものショックに、体中の力がするんと抜ける。
その拍子に、目の前の窓ガラスに、思い切り頭を打ち付けた。
「! きゃあ! 大丈夫ですか? サルーイン様、サルーイン様?」
ガコン、というけっこういい音と、ヒロインファルシナの心配そうな声を聞きながら、またしても運命回避に失敗したかもしれない、と打ちひしがれたディアナだった。
次回のお話は、『休日、お出かけイベント』
クライヴとデートが出来るとは言え、ヒロインとクライヴとの親密度が上がるかもしれないのが不安なディアナ。
そんな彼女の知らないところで、デートを阻止しようと一計を案じる人がいたりするのだった。
ディアナ「い、いったい誰よ、そんないじわるするのはっ! 出て来て名乗りやがれいっ! 成敗してくれるわっ!」
ライル「……成敗するって言われて、名乗り出るやつはいないと思うなあ~」
ディアナ「はっ…! そうかもっ!」




