38話 4月17日 おじゃま虫は、どっち?
今日の授業が終わり、ディアナは、ふう、と息をつきながら教科書を片付けた。
とは言え、ディアナの一日はまだ終わりではない。この後、ファルシナと一緒に農村…エルカ村に向かい、やせた土を生き返らせに行くのだ。
今日は、一日座学だったので、魔力はほぼ満タンだ。五科目授業の日だったので、農村に滞在できる時間はすくないけれど、出来る限りの力をそそいでくるつもりでいた。
「おいしい大根を作るためには、手抜きなんてしませんよ~」
でも、ひとつの畑で、大根ばかり作り続けてもいけないのだ。時には他の作物を植えたり、休耕期を作ったり、または、クローバーを植えて、家畜を放し、自由に粗相をしてもらって、自然な肥料を得ることも大切だ。
すくなくとも、サルーイン領にある畑は、そうやって作物を作っていた。
土がやせてしまった農家によくよく話を聞いてみると、どうやら、彼女の家は、すこしでも現金を得るために、このあたりで一番高く売れる作物ばかりを作っていたようだった。
事情を知ったマリス先生が、農家の人たちに作物の作り方をきちんと説明をしていたので、今後は、土がかぴかぴになるようなことはないだろう。
この辺の土地は、ほとんどイリュージア学園の生徒たちが開墾して、希望する民に移住してもらったので、ここに来て、はじめて農業をするという人もいる。なのでこれからは、手取り足取り時には鍬を取り、農作業を教えてあげたらいいと思う。
前世の世界なら、化学肥料やらなんたらかんたらを使って、土を生き返らせることができるのかもしれないけれど、この世界には、そういった便利なものはまだないようだ。
それに、ディアナにはあいにくと、前世の最新農業知識はまったくないので、テクノロジーを駆使した貢献はいっさいできない。
そのかわりと言ってはなんだけれども、毎日魔力という名の身を削りけずり、お手伝いすることでかんべんしてほしい。
やる気が出たディアナは、今日の授業で使った教科書をすべて鞄の中に詰めると、すくっと席を立った。
鞄は学園指定もので、ディアナが前世で使っていた、皮製の学生鞄とよく似ていた。
ひとつ違うとすれば、皮が動物ではなく、魔物のものというところか。
動物は、人間が狩り過ぎて絶滅した種がたくさんいた。けれど、魔物は、どんなに狩ろうが次から次へと湧いて出てくるので、その辺の心配はない。
ただ、人間を襲う魔物はとてつもなくマズいので、食用には適さない。けれど、皮や骨などの素材は頑丈なので、武器や防具など、色々な商品に加工できるのだ。
魔物は、人間を見ると、今日のごはんめっけ、とでも言わんばかりに、するどい牙を持つ口からたらたらとよだれを垂らして襲ってくる。だからもしも対峙した時には、一瞬の躊躇が命取りとなってしまう。
人肉を好む魔物を前に攻撃をためらうのは、イコール、死につながるのだ。
だからディアナは、魔物に食べられそうになった時は、遠慮なく攻撃させてもらうことにしている。
……だって、まだ死にたくないし。ていうか、死ぬのこわいし。
殺伐としている気はするけれども、それがこの世界の今の理だと思うことにしている。
まあ、弱肉強食という意味では、前世の世界も変わらないのだけれど。
そんなことを考えながら、てくてくとすり鉢状になっている教室の階段を下り、ドアを開けた。
のだが。
「………」
ディアナは、ドアのところで立ち止まり、そのまま回れ右をして、教室に戻ってしまった。
「サルーイン様、今日もエルカ村に行かれるんですよね? 馬車までご一緒しても……あら? サルーイン様?」
「……何で? どうして、クライヴさまと悪役令嬢Eさまが、廊下で話してるの?」
「えっ? ……あらやだほんと。しかもちょっと接近しすぎ。さりげなくフィクトル様の二の腕あたりに手を置いてしなだれかかるなんて、伯爵令嬢としてははしたない行為……サルーイン様、どちらへ?」
「廊下から帰れないなら、あっちから……」
ディアナは、速足で窓際まで行くと、窓から下をのぞきこむ。
「サ、サルーイン様? あのぉ~」
「……?」
名前を呼ばれて、横を向こうとした視界に、さらふわのストロベリーブロンドが映る。
「………あら? オランジュさま?」
「はい、そうです。サルーイン様」
先ほど見た光景があまりにショッキングで、気が動転していたけれど、教室のドアから窓に移動する時に、誰かと話していた記憶はある。おそらくファルシナも、ディアナがうわの空で会話をしていたことに気づいているだろう。それでも、大きな瞳を細めてにこっと笑いかけてくれるファルシナ。彼女の懐の大きさに、ディアナは感謝を覚えた。
おかげで、ショックからすこし立ち直ったディアナに、ファルシナが問う。
「わたしはこれからエルカ村に行きますが、サルーイン様はどうしますか?」
「ええ、わたしも行くつもりなんですけれど……」
ディアナは首をかしげつつ、こう続けた。
「今、廊下には出れないので、こっちから帰ろうかなと……」
「え、こっちって…………窓から出るということですか?」
「はい」
「…………、……ここ、二階ですけれど……」
「そうですねえ…」
「……もしかして、サルーイン様、ここまで土の壁が作れちゃったりします?」
「それはできませんけど……」
「ではどうやって、降りるおつもりですか?」
「そうですねえ……どうしましょう………」
むむむ、と眉を寄せて、地面をにらむように見るディアナ。
「大丈夫ですから、廊下から帰りましょう? サルーイン様」
なだめるように言って、ファルシナはディアナを促す。が、ディアナは困った顔で答えた。
「でも……、おじゃまをしてはいけませんし……」
「いえいえ。むしろお邪魔しているのは、ダントン様の方かと」
「でも……楽しそうにお話ししていらしたし……」
「フィクトル様とサルーイン様は、婚約されているんですから、遠慮なさらなくてもいいのでは?」
「でも……、……?」
でも、を繰り返すディアナの横に、ふっと影がかかる。
ぼんやりとした頭で、影をたどるように顔を向けた先には。
「…!」
次回タイトルは、『デートのお誘いは、危険な香り?』
ディアナ「デート! 前世も入れて、人生初デート!」
リューク「は? おれと一緒に城下町を歩いたことあったろ?」
ディアナ「え? あれは遊びに行っただけでしょ?」
リューク「……………」
*次回のお話に、リュークは出演しませんすみません。




