37話 4月16日 前世夢話・期間限定編。
セミがみんみん鳴きまくる、夏の暑い日だった。
熱を持ったアスファルトを、学園指定のローファーで踏みしめ、帰路を急ぐ。
……アイスっ、アイスっ、ごほうびアイスっ。
みのりの頭の中は、すでに、先日買っておいた、期間限定の桃ソーダアイスで埋め尽くされていた。
期末テストが終わる今日、勉強よくがんばったごほうびとして、あらかじめ買って、自宅の冷凍庫へ入れておいたのだ。
……勉強、ほんとにがんばったのかって? それは言わない約束だよ、うん。それよりも、早くアイスが食べたいっ! クーラーの効いた部屋で、しゃくしゃくもぐもぐ一心不乱に…! 口の中に広がる桃の甘い香りが、たまらない~! たぶん!
やさしい色合いの青、水色、オレンジで編み込まれたタータンのひざ下スカートをひるがえし、急ぎ帰って手を洗い、冷凍庫を開けるみのり。だがしかし。
「………ない…!」
ない。ないのだ。確かに昨日までは冷凍庫に静かに座し、みのりに食べられる日を今か今かと待っていた、期間限定桃ソーダ味アイスが。
「……!」
犯人を察したみのりは、ぐるりと居間の方を向くと、リビングに向かって大股で歩き出す。
「み~の~るぅ~!!」
どすどすと足音を立てながら、ソファに座ってテレビを見ている弟に近づく。
「………」
ほぼ無表情でみのりをチラ見し、またテレビに視線を戻す弟、みのる。
その彼は、口に、細くて角がまあるい木の棒をくわえている。まちがいない。
「あたしのアイス~!!」
みのりは、みのるの着ているシャツの襟もとを両手でつかみ、がくがくゆさぶる。
「返せ~! あたしのアイス返せ~っ!」
そうして、太い声で叫ぶも、みのるからの返事はない。
「あらあら、お姉ちゃん。そんなに激しく揺らしたら、みのるがしゃべれないわよ?」
台所から、そんな母の声が聞こえてきて、それもそうかと、みのりは手を放した。
「みのる! あたしのアイス! 食べたでしょ!!」
両手を腰に当てて、仁王立ちするみのりに、みのるはひらりと手を振った。
「うん。食べた。ごちそーさん」
「…!!」
水蒸気よりも軽そうなみのるの返答に、みのりの怒りがヒートアップする。
みのりは、再び、がしっとみのるのシャツの襟もとをつかんだ。
「そもそも、あんたの分も買ってあったでしょーが!! それなのに、あたしの分も食べるってどういうこと?!」
「だからお姉ちゃん、それじゃあみのるが答えられないわよ?」
「あ」
母に言われ、みのりは腕を下ろす。
ゆさぶるのをやめたとしても、アイスの恨みが消えたわけではない。
この恨み、どうやって晴らすべきかと、胸のあたりでわきわきさせていた手に、ぽん、と一枚のお札が置かれた。
「あら、野口英世さん」
……黄熱病の病原体を見つけた功績が、のちの世に語り継がれた研究者だけれど、実は違っていたことがほんの数年前に判明。でも、東大と京大から博士の学号をもらった人だし、日本だけじゃなく、アメリカ、中国と国外でも活躍した人なんだから、やっぱりすごい人ってことでいいんでしょう。くわしいことはよくわかんないけど。ただ、金遣いはどうしようもなく荒かったらしいねー。留学資金としてもらったお金を、遊びに使っちゃったりとかして。まあ、それでももう一度資金を出してくれる人がそばにいたんだから、幸福な人だと思うよ。うん。
「で、お母さま、この野口さんをどうしろと?」
親指と人差し指でつまみ、お札をひらひらさせつつ、提供者に問いかける。
すると、世にも素敵な答えが返って来た。
「それで、もう一度アイスを買っていらっしゃい。みのるも一緒に行くのよ」
「! やった~!!」
「!? は…!?」
一家のお財布を握る主の一声に、みのりは飛び上がって喜び、みのるは顔をひきつらせる。
しかし、一家で一番マイペースのみのりは、嫌がるみのるの腕をつかむとぐいっと引っ張る。
「さ、買い物に行くよ、みのる!」
「え、やだよ暑」
「気をつけて行ってらっしゃいね~」
みのるの抗議は、母ののんきな声にかき消された。
「は~い、行ってきま~す」
みのりは、声ばかりか体までもはずませて、玄関へと歩いて行く。
「………ったく…」
そのみのりにしっかりと腕をつかまれているみのるは、みのりから逃れるのをあきらめるかわりに、あからさまなため息をついたのだった。
ジリリリリ、ジリリリリ、ジリリリリ。
「………んー…」
けたたましい音をたてて、ディアナを起こす目覚まし。
これを、ベッドから起き上がり、壁際にあるひもを引っ張って退治すると、ディアナは、寝ぼけまなこをこしこしこする。
「……最近、よく見るなぁ……」
洗面器に埋め込まれた魔石に魔力を流すと、じわりと水があふれてくる。
両手ですくって顔を洗い、ふかふかのタオルで水気を取りながら、ディアナは先ほどまで見ていた夢を思い出していた。
弟のみのるは、なぜだかみのりのものに手を出すことが多かった。
そう言えば、みのりが、高校の臨海学校で三日ほど家を空けて、帰ったと同時に、当時夢中だったゲーム『イリュージアの花』をプレイしようとしたら、机の上に置いておいたはずのゲーム機がなくなっていた。
どこやった、と探していると、居間にいたみのるが勝手にゲームを進めていて、びっくりした記憶がある。
……しかもあんにゃろ、だいぶゲームを進めておいて、「つまんなかった」とか言って、ゲーム機を放り投げたんだった。ソファに落っこちたからよかったものの、テーブルの角にでもぶつかったら、壊れるところだったんだから。まったく、あんぽんたんなやつ。
ほっぺをふくらましながら、ぷんすこと怒っていたディアナだったけれど。
ゲームを思い出したことで、ふと我に返った。
昨日、さっそく土を生き返らせるため、ヒロインと一緒に農村に向かったのだけれど、その時、なんと付き添いとして、マリスも同行することになったのだ。
まあ確かに、成り行きとは言え、授業中に請け負った仕事だから、学園の先生が引率するのは当然なのかもしれない。
ディアナとしては、自分が勝手に引き受けたのだから、自分一人で行き来しても、全然よかったのだけれども。
でも、そんな風に考えるのも、前世の記憶があるからかもしれない。
この世界の貴族は、一人で出かけることがほどんどない。貴族の中では一番地位の低い準男爵でも、従者の一人くらいは連れて歩く。
ただ、魔力を持ち、戦闘にも参加する貴族は、森や山の中で一人になる可能性もあるので、単独でも行動が出来るように、ある程度訓練を積む者もいる。
ちなみに、ディアナはまだそういった訓練を受けていない。
ディアナの両親はけっこう過保護で、どこに行くにも必ず従者やメイドの二、三人は付き添わせるのだ。
だから今回、ディアナが学園に行く際、メイド不要と告げたところ、両親はおろか、メイドたちも非常に驚いていた。
だって、ディアナつきのメイドのメイサは、結婚していて小さな子供もいるし、もう一人の子は、今年十七歳なので、三年間ディアナに着いて来てしまうと、結婚適齢期を完全に逃してしまうことになる。
他のメイドが着くという案もあったのだけれども、身の回りのことは自分でできるからと断った。
外ならともかく、家の中にいる限り、貴族はメイドや従者の手を借りて生きるもの。
だから、着替えやベッドメイクなど、簡単な家事は自分でやろうとするディアナに、大人たちも最初は戸惑っていたように思える。
でも、幼少のディアナの記憶のどこかに、着替えはおろか、掃除や洗濯などの家事も手伝っていた、前世の思い出があったのだろう。
メイドのいない日常生活にも、まったく支障を感じることはなかった。
ちなみに、ベアトリスは、なぜ二人しかメイドを連れてきては行けないのか、と寮母さんに文句を言っていた。
「まあ、多くの貴族さまは、そんなもんなんだろうねー」
ディアナはそんな感じだし、ファルシナももと平民なので、単独行動に抵抗はないだろう。
なので、次からは別に二人で出かけてもかまわないのだけれど、ある考えが、ディアナにそう言わせるのを思いとどまらせた。
……もし、もしもだよ? ヒロインが、マリス先生と仲良くなって、二人が結ばれたら……、みんなが幸せになれるよね?
マリスには婚約者がいないので、ヒロインとくっついたとしても、誰かが婚約破棄されることはない。
ゲーム通り、マリスは、ヒロインの、土を回復させる力に興味を持っているみたいだし、行き帰りの馬車の中でも、二人の会話は大いにはずんでいたように思う。
……このまま二人がくっついてくれたら………。
ディアナは、そんな淡い期待を抱きつつ、パジャマから制服に着替え、髪を軽く編み込みひとつにまとめると、寮の食堂へと急ぐのだった。
次回タイトルは、『4月17日 おじゃま虫は、どっち?』です。
放課後、ディアナの婚約者クライヴに、親し気に近づく女子生徒。それは…?
ディアナ「…………なんだろう、もやもやする」
ファルシナ「サルーイン様?」
ディアナ「やっぱりわたしは所詮悪役令嬢なんだ…。クライヴさまと結ばれることなんてないんだ……」
ファルシナ「いえ、それを言ってしまったら、フィクトル様にちょっかい出してる方も、悪役令嬢ですからね?」
お楽しみに~。




