35話 4月15日 ロナンドルート解禁は防げるか?
座学の授業が終わると同時に、ディアナはすかさず席から立ち上がった。はやる気持ちを押さえつつ、号令と一緒に教師に一礼。そして、礼さえしてしまえば、教師がまだ教室にいようがいなかろうが、授業は終わったのだとばかりに、ディアナは、ストロベリーブロンドの髪をゆるく編み込んだ、ヒロインめがけて駆けて行く。
なぜなら、ついさっき思い出してしまったのだ。今日の昼食の時に、ヒロインと攻略対象者ロナンド・エンノルデンとの、出会いイベントが発生することを。
思い出してからは、先生には申し訳ないけれども、今日の授業はまったく頭に入って来なかった。
生きていく上で、人として正しい考え方を学ぶ授業。いわゆるところの倫理。そう遠くない将来に、領主として人の上に立つ立場にいるディアナとしても、ぜひ学んでおきたい授業だとは思う。思うのだけれども。
領主になる前に、命をなくしてしまってはどうしようもない。
そんなわけで、出会いイベントを思い出してからは、勉強はとりあえず置いておいて、どうすれば阻止できるのかを、ひたすら考えていたディアナだった。
そして、思いついた。
ロナンド・エンノルデンとヒロインの出会いイベントは、ヒロインが昼食を取ろうとカフェに向かう途中で起こる。ならば、ヒロインをカフェに行かせないように、さりげなく誘導すればいい。
そんなわけで、一目散にヒロインのもとに向かうディアナだった。が。
すこし大きな声を出せば、ヒロインの耳に届くだろう距離まで近づいて、いよいよヒロインの名前を呼ぼうと口を開けかけた時。
胡桃色の髪がディアナの視界をさえぎった。
「オランジュ様、今から一緒にカフェに行きませんか?」
………えっ…!
ヒロインに話しかけているのは、パメラ・オルヘルス。ゲームでは、ヒロインの友人&情報屋という位置づけだった少女だ。
二人が仲良しなのはしかたない。だって、プレイヤーとしてゲームしていた時に、パメラの情報には散々助けられたし。
けれど、今はちょっと、遠慮して欲しい。遠慮してもらえると助かる。……とは言え、そんな願望は、しょせんディアナの身勝手でしかないのだけれど。
………まずい…! 神さま仏さまファルシナさまっ。どうか今日だけは、カフェに行くと言わないでください。明日だったらもちろんかまいません。でもでも、どうかどうか今日だけは…っ!
「……………」
もはや祈ることしかできないとばかりに、こっそり両手を胸の前で組み、祈るディアナ。
……お願いですオランジュさま、どうかオルヘルスさまのお誘いを断ってください…!
ディアナがじっと成り行きを見守る中、ファルシナが出した答えは。
「ええ! ぜひ、ご一緒させてください!」
「…………」
……い、行くんかーいっ………。
ファルシアの弾んだ声に、ちょっとだけ白目をむいて倒れたくなったディアナだったけれど。
……い、いやいや…! ヒロインがカフェに行くなら行くで、何か対策を考えないと…!
今にもかっくんと折れそうなひざでどうにか踏ん張り、すり鉢状になっている教室の階段を下りて、扉から出て行こうとする二人を追いかける。
「わたし、カフェに行くの初めてなんです」
「まあ、そうなんですか。わたし、昨日デザートセットをいただいたの。バナナケーキがお勧めよ」
ディアナが教室を出ると、二人の会話が聞こえてきた。ファルシナの声が、だいぶはずんでいる。カフェに行くのが本当に楽しみなようだ。
……デザートセット、いいなあ~。チーズケーキとかあるのかな~?
ついでにディアナも、心をはずませていた。けれども。
……はっ…! いけない…! 今はケーキを楽しみにしてる場合じゃないんだった。
ロナンドイベントを起こさないようにするには、どうすればいいのか、考えなければいけないのだ。
ディアナは、まるで、水浴びをしたあとの子犬のように、ぷるぷると頭を振ると、真剣な表情で考える。
ロナンドとの出会いイベントは、ヒロインがカフェに行く途中に発生する。ヒロインが、カフェへと続く白い石が敷き詰められた道を歩いていると、突然強い風が吹き、制服のスカーフが飛ばされてしまうのだ。
そして、近くの木の枝に引っかかって、手を伸ばしても取れずに困っているところに、剣の稽古に向かう途中のロナンドが通りがかり、持っていた剣を棒替わりにして取ってくれるのだ。
……と言うことは、わたしが偶然通りがかったことにして、先にスカーフを取ってしまえば……。
そう思って、周囲をきょろりと見回し、棒のようなものがないか探すディアナだったけれど、残念なことに、地面には棒もどきはおろか飴ちゃんの包み紙ひとつ落ちていない。
それは、毎日ほうきとちりとりを手にやってきて、学園内をお掃除してくださる、ディアナたち学生よりもちょっと年上なお姉さま方の功績なのだった。
……お姉さま、毎日きれいにお掃除をしてくださって、ありがとうございます…! でも、でも今日だけは。………木の枝をほんの一本置き忘れちゃうくらいの、おちゃめさが欲しかったです……。
落胆した気持ちをかくすことなく、半分死んだような目で、ある意味芸術的なほどぺかぺかに磨かれた、石の道をながめるディアナだった。けれど。
「――――――!?」
その時ディアナは、まるで後ろから頭にハンマーでも投げつけられたかのような、にぶい痛みを感じた。
……な…何? 今の変な衝撃………。で、でも、確かに衝撃は感じたけれども、一瞬だけだったし、頭にこぶができたり、血が出たりとかはしてない。じゃあ、今のは一体………?……まさか…、一種の魔法………とか…? あ……、うしろ…!
説明のできない衝撃は、後方から放たれたのだったと思い出し、ディアナはあわてて振り返る。
すると、数人の男性が視界に入って来た。
対象者は、男性の二人連れが二組、一人で歩いているのが二人。
まず、友人連れはディアナなど眼中にないとばかりに、仲間内でじゃれ合いながら楽しそうに話をしているので、おそらく対象外。
単独で歩いている人も、ディアナからの視線を感じたのか、目を向けて来た。一人は、驚いた様子で、「あれ? おれ、何か変な恰好してる?」とばかりに身なりを気にし出し、本を読みながら歩いていたもう一人は、ちらりとディアナを見たけれど、まったく興味がないとばかりに、すぐ手に持つ本に視線を戻した。もしかしたら、翌日に小テストでも控えているのかもしれない。
……んー…。この人たちじゃあ、なさそうだなあ………。
すくなくとも、視界に入った人たちの中に、ディアナに悪意を持つものはいなさそうだ。
じゃあなぜに自分がこんな目に……、と首をかしげていたディアナははっと気づく。
……もしかしたら、お掃除のお姉さまたちに、ミスってくださいばりの思いを抱いてしまったから……バチが当たったのかもしれない…っ!!
ディアナは、まるで追い詰められたはつかねずみのように、小さく体を丸めると、両手をほおに当て、ひいいっ、と引きつった声をあげた。
……お掃除のお姉さまたちごめんなさいっ。わたくし、ディアナ・サルーインは、もう二度と、お姉さまたちの素晴らしいお仕事っぷりに口を出したりいたしませんっ。だから、だから、どうか許してください~~。
ディアナは祈った。それこそ必死に。両手を胸のあたりで組み、目を閉じてなむなむなむと一心に祈った。
そうすること約三十秒。お姉さまたちはやさしいと思うから、そろそろ許してくださるだろう。と、ディアナはそろそろと目を開けてみる。その時だった。
「きゃっ」と言う、かわいらしい小さな声が、ディアナの耳に聞こえてきた。
……!
はっと、ディアナが顔を上げた時には、ヒロインファルシナの大きな瞳がさらに大きく見開かれ、深い緑色のその目は、風に舞う一枚の白い布を追っていた。
「お母さまの形見のハンカチが…!」
ヒロインのかわいらしくも悲痛な叫び声は、今のこの時間が、ゲームのイベント通りに進んでいることを、ディアナに確信させる。
……し、しまった…!!
いきなり次回予告!
前世のイチオシキャラ、ロナンドに想いを馳せたり、なぞの衝撃に翻弄されたりしているうちに、ヒロインと攻略対象者ロナンドとの出会いフラグが立ってしまった…!
成すすべなくイベントが進んで行くのをながめるディアナの前に現れたのは一体…?
次回のタイトルはコレ! 『4月15日 思わぬ助け。……助け?』
えっ? 助けになぜはてな? 助けてくれるの?くれないの? どっちぃぃ~!?
です! お楽しみに!




