34話 4月14日 畑を復活させるには。
12月6日に、誤字報告をしていただきましたが、この部分はあえてこのように表現しておりますので、変更はいたしません。
報告して下さり、ありがとうございました。
ディアナは、とりあえず両手を土の上に置いて、畑の状態を確認してみることにした。
「……んー…」
「………どうだい? うちの土、何がおかしいんだい?」
心配そうに問う声に、ディアナは、自分が思ったことを素直に言う。
「……んー…、土が静かなんですよねえ…」
「静か…?」
「何て言うか、こう、土がうにょうにょわさわさしていないと言うか…」
「……?」
自分の手で、サルーイン家にあった畑の土をさわった時の感触と、女性の畑の土の差をくらべながら答えたけれども、どうやらご理解いただけなかったようだ。
なので、ちょっと考えて、わかりやすい表現を使ってみる。
「ようするに、土に作物を育てるだけの元気がないんです」
「元気がない…」
「おいしい作物が育つ畑って、土がもっと生き生きとしているんですよ」
「なるほどね…」
男性の声がしたと同時に、ふっとディアナのとなりに影がかかる。
そちらを見てみると、教師のマリス・レスタンクが、ディアナのとなりにしゃがみ込み、土に手を当てていた。
「……確かに、作物を育てるのに必要な土壌微生物の数が、極端に少ないね」
「あ、そういうことですか」
マリスの言葉に、ディアナはぽん、と手をたたく。以前、ディアナが感じたうにょうにょわさわさは、目に見えない微生物が動く様子だったのだ。
「……サルーイン嬢は、魔法を習っていたんだね。誰に?」
「お父さまとお母さまです」
「そうか。いい先生に教えてもらえて、よかったね」
マリスに言われて、ディアナは「はい」とうなずいておく。
小さいころから身の丈に合わない魔法を使っていると、心身に影響を及ぼすことはすでにわかっているので、国の許可なしで他人に魔法を教えることは禁止されている。
だから貴族の家では、瞳の色が濃い子供が生まれると、専用の家庭教師をつけることが多い。けれどディアナは、両親に直接教えてもらった。
ディアナとしては、よちよち歩きのころから、一緒に庭いじりをしたり、実った作物を収穫してその場で食べたりしていただけなのだけれど、今にして思えば、あれも土魔法の勉強の一環だったのだろう。
ディアナの母親シャンタルは、国内でも指折りの魔法使いだ。国の属性鑑定を受ける前に、すでにディアナの属性に気づいていてもおかしくはない。
そんな、家族に大切に育てられたディアナを前にして、幼少のころ、実父に捨てられた経験を持つマリスは、どんな気持ちを持っただろうか。
すくなくとも、「よかったね」と口にするマリスの瞳は、さみしさを隠せずにいたように思う。
けれども、今ここで、ディアナがマリスにできることなど何もない。
だって、この世界のディアナは、今はレスタンク子爵の長子として生きているマリス先生が、実は、国内で四大貴族と言われているエフタル公爵家に生まれたことなんて、知らないはずなのだから。
ディアナは、自分の無力さにもやもやしつつ、今は目の前の問題に集中することにする。
「……わたしにできるのは、新しい土を作り出すことくらいですね…」
ディアナがぽそりとつぶやくと、マリスが驚いた様子で言った。
「えっ?! 出来るの?」
「えっ?」
マリスの意外そうな声音に引きずられて、一瞬考えたディアナだったけれど、両手の指をわさわさと動かしながら、よしとうなずく。
「……できると思います。生でも食べられる甘い大根を植えた時の、土の状態を思い出せましたので」
「…………あ、…そう…なの?」
マリスの返答が、どこかぽかんとしているけれども、そんなことは気にしない。
いつの間にか、ディアナの後ろにいたリュークが、二人の会話を聞いて、お腹を震わせながら、口元を押さえていたとしても。
「ただ、ひとつ問題が。わたしの魔力では、元気のない畑全部に、作物が収穫できるほどの土をかぶせるには、日数がかかります」
「どれくらいで出来るんだ?」
聞いてきたのは、リュークだった。声がうわずっているところから、まだ笑いの虫は収まっていないとディアナは見る。
「そーだねえ……。学園に通いつつ、毎日魔力をそそいだとして……一か月前後ってところかな? ただ、ほとんどの魔力を、畑の回復に費やすことになるけど」
元気のない畑は、二ヘクタールほど。フロンド国で、農家が生活して行くのに、最低限必要とされている広さだ。
「そうなると、魔法実技の授業がある日は、難しいですね」
「だな」
うーん、と、きれいな桃色の唇に手を当て、真剣な様子で考えるファルシナ。とそれに同意するリューク。
けれど、ディアナは知っている。さきほどリュークが笑っていた時、ファルシナも、彼のとなりで「ぶっ」と吹き出していたことを。
まあでも、今はちゃんとディアナを心配してくれているのだから、さっき笑われたことなんかは些細な問題だ。気にしていないったら気にしていない。だって、生で食べられる大根は、本当に甘くてしゃりしゃりしていておいしいのだ。すりおろしても苦くない大根。うん、最高。
ディアナが、サルーイン家内の畑で穫れた、おいしい大根の味を思い出して自分をなぐさめていると、ファルシナが、おずおず、と言った様子で手を上げた。
「それと……。わたしも、多少はお役に立てると思います」
「? どういう事だ?」
リュークは、わけがわからない、という顔でファルシナに尋ねた。けれど、ディアナは、ファルシナの言葉を聞いたとたん、ひいっ、と小さな声を出してしまった。
けれど、今、この場にいる人たちにとっては、ファルシナの発言の方が気になったらしく、ディアナのプチ奇声は、さくっとスルーしてもらえた。
けれども、安心している場合ではない。
ディアナは思い出してしまった。
以前、こんな光景を見たことがある、と。
作物が育たない畑。生活が出来ないと嘆く農民。誰にも、どうしようもできないと悲嘆にくれる人々のもとに、天使……もとい、ゲームのヒロインが降り立ったのだ。
ダメだ、言わせてはいけない。ヒロインが回復魔法を使えば、畑を復活できるとか。
だってそれは。
攻略対象者のマリス・レスタンクが、ヒロインのファルシナ・オランジュに、興味を持つきっかけとなるのだから。
いわゆるこれは、ゲームで言うところの、出会いイベント、なのだ。
ディアナは気づいた。気づくことができた。
けれども――――――――。
「わたしの回復魔法は、土にも使えるんです。ですから、わたしも協力します」
「………!!」
遅かった。ちょっとだけ遅かった。いや、客観的に物事を見れば、すこし前に思い出していたとして、このイベントの進行を阻止できたかはわからないけれども。
だって、目の前に困っている人がいる。
畑が瀕死の状態だなんて、農民にしてみれば、まさしく死活問題だ。
困っている人を目の前に、助ける力を持つ人間が知らん顔をするのは……ちょっとどうかとディアナは思う。
「一人でこれだけの畑を回復させるのは大変ですけれど……二人なら、時間も短縮できますから」
そう。そうだ。まさしくその通りなのだ。ヒロインたら、いいこと言うね。
ファルシナの言葉にうんうんうなずくと、ディアナは、ヒロインと協力して、必ず、おいしい大根がたくさん収穫できる畑にしようと心に誓うのだった。
帰りの馬車の中での一幕。
ディアナ「……おいしい大根を作る土はっと……(指をわきわきさせながら、イメージトレーニング中)」
ファルシナ「……っ!(ぶっ…!)」
リューク「(お腹を押さえながら) お、お前…。とりあえず大根から離れろ、な?」
マリス「………っっ。(窓の外を見ているふりをしつつ、こっそり笑う)」




