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33話 4月14日 帰途を阻まれる。

 まるで、ピクニックに来たのかと勘違いするような昼食のあと再開された開墾作業は、太陽が明らかに西側へと傾いたころに終了となった。

 座学の授業より終わる時間が早いけれども、魔力と体力を使っていることを考えれば妥当なのだろう。

 学生たちは、来た時と同じように何組かに別れて馬車に乗り、学園へと向かっている。

 ディアナは、行きはファルシナとパメラと一緒で、ガールズトークも盛り上がったのだけれど、帰りはなぜか、行きにパメラがいた向かいの席に、リュークがどっかり座っている。

 どうやら、詰め込み食いでお腹をいっぱいにしても、パメラの機嫌は治らなかったらしく、帰りはディアナたちと一緒の馬車に乗ることを拒否した。

 そうしたら、空いた場所にリュークが乗ると言い出したので、別にかまわないと答えたところ、今度はタチアナ・ヘレンセ子爵令嬢も同じ馬車に乗りたいと主張し始めた。

 馬車は四人乗りなので、座席的には問題ない。

 じゃあ一緒に、と馬車に乗り込もうとすると、今度はパメラが戻って来て、なぜか怒り出し、ディアナに席をゆずれと言う。

 ディアナ的には別にどの馬車でもかまわなかったので、了承するつもりだった。けれども、ファルシナに手をぎゅっと握られている間に、リュークが開墾作業を引率していた教師に声をかけ、さくっと席を埋めてしまった。

 そんなわけで、行きは空いていた席に、今は教師のマリス・レスタンクが座っている。

 マリス・レスタンク。そう。彼は、ゲーム『イリュージアの花』における、攻略対象者のひとり。

 つまり今は、ヒロインのファルシナ・オランジュと攻略対象者が、ごくごく至近距離にいる状態なわけだ。

 そういえば、とディアナがこの現実に気づいて青ざめたのは、すでに馬車が走り出してすこししたころ。

 自分の命がかかっているにもかかわらず、やすやすヒロインと攻略対象者の接近を許してしまうなんて、さすがに、危機感が足りないんじゃないかと思わないでもない。

 けれども、この場には、ディアナだけではなく、リュークというお邪魔虫もいるわけなので、込み入った会話はしないだろうと無理やり自分を納得させる。

 ……馬車で片道四十分。どうかどうか、何ごとなく、無事に学園まで到着できますように。

 と、心の中で願っていたディアナだったけれど。

 願った矢先、馬の大きないななきと共に、突然馬車が止まった。

「わわっ…!」

 前のめりに倒れそうになったディアナの体は、横から伸びて来た腕に腰をつかまれて、お向かいに座っているリュークとの衝突をまぬがれた。

「大丈夫ですか? サルーイン様」

「は、はい。ありがとうございます。オランジュさま」

 そう。ディアナを助けたのは、うるわしのヒロイン、ファルシナだった。

 ……おや。ファルシナさまたら、意外と骨太ですか。

 おへそのあたりに当たっているヒロインの腕にこっそり感想をいだきながら、ディアナは居住まいを正す。

「……揉めてるみたいだな」

「揉めてる?」

「外だ」

 リュークの言葉に耳を澄ましてみれば、言い合いをしている声が聞こえてくる。

 一人は男性でおそらく御者。もう一人は甲高い声の……女性だろうか。

「ちょっと見てくるよ」

 マリスが立ち上がり、馬車の外へと出る。

「みんなは中に居てね」

 そう言いながらマリスは馬車の扉を閉めてしまったので、リュークが馬車の窓を開けた。

 ……おおお…! リュークナイス!

 心の中でガッツポーズを取りながら、ディアナは、さらに聞こえやすくなった外の様子をじっとうかがう。

「あんたたち、イリュージア学園の人なんだろう?! うちの畑を診ておくれよ…!!」

 中年のやせ細った女性が、御者の男性に必死の形相でしがみついている。

「いや、おれはただの御者だ、魔法なんて使えないよ!」

 御者が必死に訂正するも、女性は御者の腕をがっちりつかみ、血走らせた目で訴える。

「じゃあ、魔法を使える人を連れて来ておくれよ! いるんだろ! 何台もある馬車の中に!!」

 ……いえ、そこのおねいさま。そんなに服が伸びるレベルで腕をつかんでいたら、連れて来れるものも来れなくなるかと。

 けれども女性は、ただ自分の主張を通すことしか考えていないのだろう。御者の言葉を聞かず、ただ喚き散らすだけだ。

 馬車から降りて二人に近づいていったマリスも、女性のあまりもの取り乱しように、正直体が引いている。

「土の調子が悪いのか、天気には恵まれていても、作物が育たないんだよ…!! それでもここ数年は、以前のたくわえで何とかしのいできたけれど……。今年も不作だと、もう種もみも残せないんだ…!! ねえ…! どうか、助けておくれよ…!!」

「……んー?」

 ディアナは、軽く小首をかしげた。

 ……え。この近辺て、確かイリュージア学園が創設されたあと、今日授業でやったみたいに、学園生がすこしずつ開墾して開いた土地だよね? それが、うまく運用されてないてこと? え。何かそれ、すごく切ない。

 ディアナが、今日、苦労して木の根っこを取り除いた土地も、数年後には、土の栄養が枯渇して、作物が育たなくなってしまうのだろうか。

 ……それって、すっっごくむだじゃね?

「……………」

 ディアナは、衝動的に椅子から立ち上がっていた。

「? サルーイン様?」

「ディー?」

「………」

 ファルシナとリュークが呼ぶ声をさくっと聞き流し、眉間にしわを寄せた状態で、馬車の扉を開ける。

「え、ちょっ…」

 ファルシナに引き止められた気がしたけれど、今は立ち止まる時ではないのだ。

 そう決心したディアナは、馬車の外に出ると、そのまま騒ぎを起こしている女性のもとへ、てくてく歩く。

「えっ、サルーイン嬢…」

 すれ違いざまマリスが声をかけて来たけれども、ヂロッとした視線を向けて黙っていただく。

 ……騒動が苦手なおぼっちゃまは、だまって見てなさい。

 そうして御者の後ろの回り込むと、女性の視界に入るように、首を伸ばして存在をアピール。

 結果、数秒後には、女性がディアナの存在を認識し、今度はディアナに駆け寄って来た。

「あ、あんた…! 学園の生徒さんだろ?!」

「はい。土の魔法が使えます」

 ここで大切なのは自己PR。前世に住んでいた場所では、自分の実力は必要以上にアピールしないのが美徳とされていたけれども、今回に限っては遠慮をする必要がない。

「だったら、うちの畑を診ておくれ! 作物が育たなくて困ってるんだ!」

 女性に腕をつかまれても、引っ張られてもなすがまま。

 そうやって女性の好きにさせていると、やがて、ディアナが話を聞いてくれると認識して、次第に力が弱まってくる。そうして。

「……ごめんね。強くひっぱっちまって。痛かったろ?」

 申し訳なさそうにあやまってくれた。

 ディアナは、「いいえ」と笑って返しておいたけれども、その詫びは、ディアナではなく御者にした方がいいとも思った。二人に近づいた時、服がやぶけるような音がしていたことだし。

 その辺のフォローもあとでしておこうと思いつつ、問題の畑に足を踏み入れるディアナだった。


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