31話 4月14日 農地開発も、大切です。
ディアナは、油断するとにまにましそうになるほおに力を入れながら、土の魔法ですこしずつ木の根っこを掘り起こしていた。
昨日の放課後、鍛錬場にこもって、まだしょぼい土魔法を磨いていたところ、なんとクライヴが訪れてくれたのだ。
どうやら、どこぞから流れて来た噂で、ディアナが魔法の授業中にけがをしたと知り、様子を見に来たらしい。
心配そうにいろいろ聞いてくるので、けがはしたけれど、クラスメイトのヒロイン・ファルシナが、光魔法できれいに治してくれたのだと説明すると、よかったと顔をほころばせた。
クライヴの心配を解消するために、ヒロインはすごいんだ情報を公開してしまったディアナは、これで、クライヴがヒロインに興味を持ってしまったらどうしようと、最初はあせった。
けれども、そのあと、クライヴが、ディアナと自分の魔法を組み合わせて戦う方法はないだろうかと考えはじめ、ディアナが魔法で作り出した砂や石を、クライヴの魔法で飛ばしたりしているうちに、え、これってもしかして、ふたりはじめての共同作業? とか、ときめいてしまったおかげで、心配なんて、すっかり消し飛んでしまった。
ディアナと共同で繰り出す技は、体が固くて風の力だけでは切り裂けない魔物に有効だと、クライヴは笑顔で言っていた。
いつか、二人で、昨日の技が使えるといいと思う。
そんなわけで、ディアナのにまにまは止まらない。地中深くまで伸びた根っこが、異様に他の木や草の根っことからみ合い、ディアナたちの開墾作業をはげしく妨害していたとしてもだ。
今日の授業は、土地の開墾作業。学園から一時間ほどかけてたどりついた森の一部を、人が暮らせるように開拓していく。
風魔法で木を根っこ近くまで切り倒し、薪にできそうなものは、火魔法を使える者が適度に水気を払う。
そして、水魔法の属性持ちは、水源を見つけて水を引っ張る作業を進めている。
薪を作るエリアでは、昨日ディアナにけがを負わせたダミアン・ニーラントが、風魔法部隊がきれいに切った木材を真っ黒に焦がしていた。
炎はさらに燃え上がり、ダミアンの取り巻きのボニファス・ボスマンズの制服に引火して、それを同じ取り巻きのコルネリス・フェンデが、あわてて水魔法で消す。
とっさに放たれた水は、ボニファスの制服どころかダミアンの制服までもぐしょぐしょにし、怒ったダミアンに殴られていた。被害を最小限に抑えたはずなのに。
完全に被害者なコルネリスを気の毒に思いながら、ディアナは、ジャイアントパンダのお尻のようにぷりんとした形の木の根を掘り出すべく、土の魔法を使い続ける。
「……大丈夫ですか?」
ディアナのとなりにしゃがみ込み、土魔法の流れをつかみ取る訓練をしていたヒロインファルシナに問いかけられ、ディアナは顔を上げた。
自分にはない属性を育てるのに有効な方法とされているし、ファルシナには、ディアナの集める土の魔力で訓練がしたいと言われて、朝からうきうき頭だったディアナは、機嫌にまかせてあっさり了解したのだった。
そのファルシナが、心配そうにディアナを見ている。
「?」
真意がわからず、ディアナが首をかしげると、ファルシナが気づかうように言った。
「サルーイン様の魔力が、弱くなったような気がしたので…」
指摘されて、ディアナもなるほどとうなずく。
「すこし疲れてはいますけど……大丈夫ですよ?」
確かに、だいぶ長いことパンダのお尻に集中していたので、力は弱まっているだろう。けれども、まだバテるところまでは行っていない。
そうファルシナに伝え、作業に戻ろうとしたところで、風魔法が得意なリューク・ブルスに声をかけられた。
「手伝うか? サルーイン嬢」
ちょっと細めな三白眼の持ち主な彼は、一見怖そうな印象を受けるけれども、実際はいい人なのをディアナは知っている。
リュークは、サルーイン領の近くに領地を持つブルス辺境伯の次男で、ほんの一瞬ではあったけれども、ディアナとの婚約話が持ち上がったこともある。
ただ、過去に、ディアナの母の父の妹がブルス辺境伯の当主に嫁いでいるので、ちょっと血が近いだろうということで、お流れになったのだ。
今までに、お互いの家を何度か行き来しているので、わりと気さくに話せる仲ではある。
なので、ディアナは、一見人に誤解されそうな容姿を持つ幼なじみの手を、ありがたく借りることにした。
「お願いしまーす、ブルス子息」
「わかった」
まるで、じゃんけんに負けた友人に、買い出しを頼むかのような軽いノリで言ったディアナに、リュークは当たり前のようにうなずくと、片手をパンダのお尻に向かってかざす。
すると、リュークの手のひらに集まった風の魔力は、風の塊となり、木の根にまとわりつく土を半分ほど吹き飛ばした。
「……木の根を切った方がよかったか」
だいぶ土が飛んだとは言え、まだまだしぶとく地中に居直るパンダのお尻に、リュークは顔をしかめたけれど、ディアナは首をふるふると振った。
「ううん。ここまで来れば、あとすこしで取れると思う。ありがとう」
リュークに礼を言い、再びパンダのお尻に向き合うディアナ。
すこし休憩をはさみたい気がしないでもなかったけれど、丸いお尻の形をした根っこが、リュークの風を受けた余波で、左右にゆれるたび、パンダがふりふりお尻を振りながら、「早くここから助け出して~」と訴えているように思えてきて、楽しくなってしまったのだ。
それに、風魔法の使い手は、クラスに四人しかいないので、ただでさえ木を切り倒して材木や薪を作る作業が山積みの彼らを、さらにこき使うわけにも行かないだろう。
まあ、さらに問題なのが、開墾作業で一番活躍の場がある土魔法の使い手が、五人しかいないことにあるのだけれども。
「……わたしに土魔法が使えたら、お手伝いできたんですけれど……」
となりに座るファルシナが、申し訳なさそうに言う。
「魔力を回復させる魔法って、ないのかしら……」
さらにファルシナがつぶやく。
そう言えば、ディアナも、この世界で、魔力を回復させる魔法とか道具があると言う話は、聞いたことがない。
残念なことに、どこぞのゲームに登場したエーテルや、まほうのせいすいやら、敵をたこ殴りするとMPが回復する杖なんて、この世界には存在しないのだ。
でも、もしも魔力が回復する魔法やアイテムがあったとしたら、どんなに便利だろうとも思う。
だって、たとえば、もしもゲーム通りに、ぶたぶたぶーさんがディアナを食べようとしたとしても、魔力を回復させつつ戦うことができれば、すこしは勝率が上がる……かもしれないし。
そんな、希望的観測を持ちつつ、ディアナはとなりのファルシナに言った。
「いつか、見つかるといいですねえ。魔法でも、道具でも」
というか、国のおえらい機関とかで、すでに研究しているのではなかろうか。
そう考えたところで、ひとりの少年の顔が思い浮かぶ。
フロンド王国第二王子、ライル・ガウス。
ゲームの中で、彼は発明家として、自動車ならぬ魔動車なんてものを、その手で生み出していたはずだ。
彼といると脳内を読まれてしまうディアナとしては、極力接触をさけたい人物ではあるけれども、魔力回復アイテムは作って欲しいところだ。……なんて考えているのをまた読まれて、鼻で笑われそうだけれども。ふん、とかな感じで。
………まあ、機会があったら、学園長に質問してみよう。
そう決めつつ、再び作業に集中したディアナは、お昼前には、土の中からパンダのお尻を救出することができたのだった。
昼食は、学園から馬車で運ばれてきたお弁当だった。
たまごやハム、きゅうりなどの野菜がたくさんはさまれたサンドイッチ。分厚い肉を焼いたものやからあげやハンバーグ。そして、りんごやいちじく、みかんなどの旬のくだものが、すべてひと口大に切ってあり、汚れた手でも食べられるように、爪楊枝が刺してある。
土の上に敷いた厚めの布に座り、まさしくいたれりつくせりな昼食を食べながら、ディアナはなぜかパメラに詰め寄られていた。
「だ・か・ら! ブルス子息とはいったいどういうご関係なの?!」
Σ(>△<)\(`д´ )オウベイカッ! …それはツッコミ。




