29話 4月13日 展開の相違から導き出した答えは。
てくてく歩きで、丸太のそばへと向かいながら、ディアナは、魔力を使って何をしようか考えていた。
ゲームに名前が出て来なかったクラスメイトの技は、ほぼ見終わった。
属性は違えども、だいたいみんな、ダミアンレベルの魔法だった。水の属性を持つ者は、五十センチから一メートルの幅の水を手のひらから発現させたり、風の属性の者は、風をまとった腕を振り、丸太にぶつけてみたり。
悪役令嬢Bのベアトリスは、ヨハンネスほどの動きはなかったものの、ダミアンよりは大きいだろう一メートル以上の炎を作り出していた。
Cのシーラは、まっすぐに立てた人差し指の先に、小さな炎をぽっとともすと、すぐに吹き消して、さっさと観客側に戻って来た。クラスメイトはすこしざわついたけれど、シーラが、つんとすました表情を崩すことはなかった。
Eのイルマは、下にかざした手のひらに水の魔力を集め、ミニチュアの滝を作り出していた。
………さて、どうしようかなー。
同じ土属性を持つレダンは、自分の腰辺りにまで土を盛っていた。
まあ、土属性の初心者ができることと言えば、せいぜい土を盛るか、地面に穴を開けるか、土を飛ばすくらいのものだし、せっかくだから、最近あんまりやってなかった土盛作業をやってみよう。
そう心に決めたディアナは、長椅子に座るクラスメイトと向き合った状態で、目を閉じながら、細く長く息を吸う。
そして手を下にかざすと、体内の魔力を使って空中にただよう土の魔素を集め出した。
ディアナの魔力は、土と相性がいい。土の魔力属性を持つとはそういうことだ。
土の魔素に潜む、命をはぐくむ力や、害のあるものを何も通さない硬さなどを意識すると、手の下に集まってくる魔素が次第に土となり、ディアナの足元に積み重なって行く。
やがてそれは、壁の形になって、ディアナの太ももに達した。
………まあ、こんなもんかな。
ディアナは、ちょっとした石ならば、当たってもへいちゃらそうな硬度の壁を見て満足すると、今度は集めた魔力を周囲に拡散させ、壁をほぼ消し去る。
それから、クラスメイトが座る、突貫で作った観客席に向かって、これで終わりとばかりにぺこりと一礼をすると、来た時と同じようにてくてく歩いて席に戻る。
途中、レダンの茶褐色の瞳がディアナを見ていることに気づいた。
「………フンッ」
目が合うと、まるで見下すように鼻で笑われ、視線をそらされる。
………?
身に覚えのないディアナは、うしろに誰かいるのかと振り返ってみるも、見えるのは、太めの丸太一本と、ディアナが作って崩した壁の残骸だけ。
……?? あれって、わたしに対してしたの? でもレダンさまとは、つい四日前に入学式で会ったばっかりだしなー。関わったとしたら、今日の休憩時間くらいだし、それも一緒にいたヒロインにレダンさまが話しかけただけで、直接じゃないんだけど……。
勧められるまま、ヒロインとその友人パメラの間に、どっこいしょ、と座りつつ、ディアナは考える。
……もしかして、あれか? レダンさまが話しかけた時に、ファルシナちゃんが無視してわたしと寮に向かったのを、恨まれてるとか? なるほどそれなら話はわかる。要するに、レダンさまにとってわたしは、興味を持った女の子を奪ったにくたらしいやつなのね。
ディアナは、ふんふんと小さくうなずきながら、丸太に向かって歩いて行くクラスメイトを見た。
黒みを帯びた赤いくせ毛をなびかせ、さっそうと歩く十頭身。細身なのに出るところはしっかりと出ているそのスタイルは、ディアナがいた世界でもトップレベルだと思われる。
丸太のそばで立ち止まり、観客席の方に振り返ったのは、公爵令嬢であり、フロンド王国第一王子の婚約者の、アルテア・シャブリエ。いわゆるところの悪役令嬢Aだ。
うん。やはり顔もきれい。全体的に冷たい印象があるものの、相当の美人さんだ。
ゲームの令嬢Aの顔は思い出せないけれど、美少女という設定だったから、目の前のアルテアと大差なく美しかったんだろうとディアナは思う。
……しっかし、この美貌を前にして、ヒロインに鞍替えする攻略者たちって、相当ぜいたくだな…。って、その「たち」の中には、クライヴさまも含まれてるんだった…! 令嬢Aでだめなら、わたしみたいなくしゃくしゃが、クライヴさまを引き留めておけるわけないよねー。そうだよねー。
心にでっかい傷を負いながらも、ディアナは、アルテアの魔法を見ることにした。
ゲームの悪役令嬢Aは、炎と闇の使い手だった。闇魔法は、この世界では基本魔物が使うものなので、さすがの悪役令嬢も、ぶたさんを召喚する時までは使えることを隠していた。
現実のアルテアは、いったいどんな魔法が使えるのだろうか。
ちょっと緊張しているディアナだけれど、何も彼女だけがそうなっているわけではなかった。
クラスメイトたちも、いつの間にか、真剣な様子でアルテアの動向を見つめている。
……まあ、次期王妃が使う魔法がどんなもんか。興味は当然あるよね。
ふんふんとうなずきつつ、ディアナも、向かい合わせた両手の中に、魔素を集めている様子のアルテアを見守る。
「え…!」
「へっ…!?」
何人かのクラスメイトが、驚きの声をあげている。視線は明らかにアルテアの手。
と言うことは、相当の炎の魔素が、あの、細くきれいな手の中に集まっているのだろう。
炎の属性を持っていないディアナには、アルテアが集めた魔素量がどのくらいなのか、わからない。
けれど、瞳の色が黒に近い者は、訓練をすれば、他の属性の魔法も使えるようになる、という情報を胸に、これからがんばって習得しようと思う。
もしも、この先、どんな残念な出来事が起ころうと、生き抜いて行くために。
なんて、すこしばかりおセンチになったディアナの耳に、ボオオオオ…、と何かが燃えるような音が聞こえてきた。
気づいた時には、アルテアは両腕を大きく広げていて、腕の中には、大きな炎の塊があった。
赤や黄色やオレンジ、そして青色の色彩を持つ炎は、めらめらとアルテアの中であざやかに燃え広がって行く。
やがて、大きく広がった炎の両側が半円になり、真ん中が縦に伸びて行くと、ディアナには、炎が何かの形を取っているように見えて来た。
「………鳥…?」
ディアナがつぶやくと同時に、半円の炎がゆっくりと上下に揺れ出し、上空に舞い上がる。
縦に長く伸びた中心は、下が細く分かれて何本もの尾を引いているような形になり、上の部分は、前方がくちばしのようにするどく細い。
鳥の形をした炎は、羽の部分をはばたかせ、さわやかな水色をした闘技場の上空を、まるでワルツでも踊るかのような優雅なしぐさでふわりふわりと飛び回る。
やがて、アルテアが静かに手を差し出すと、炎で作られた鳥は、赤い粉をちりちりと巻き散らしながら、アルテアの手のひら目がけて飛んで来る。
そして、いよいよアルテアに近づくと、まるでアルテアの手に吸い込まれるかのように、その体を消して行った。
「……まさか、ここまで炎を自由に操れるなんて………」
炎の鳥が完全に霧散し、アルテアが手を降ろしたところで、サリーバン先生がまるで音をこぼすかのようにつぶやいた。
サリーバン先生の震える声からして、もしかして、先生もここまで自由に魔力を操ることはできないのかもしれないと、ディアナは思う。そして何より気がかりなのは。
………このアルテアさま、ゲームの悪役令嬢Aよりも力が強い……。
今、ふっと思い出したのだけれど、この魔法お披露目授業、ゲームで見たことがある。
逆ハーレムルートを攻略すべく、見境なく各攻略者と出会い、親密度UPに勤しんでいると発生するイベントだった。
ゲームのアルテアも、炎の鳥は作った。けれど、空を飛ばすまでにはいたらず、ただ、自分の横に留めていただけ。
それを見ていたヒロインが、わあ、あの人すごーい。わたしにもできるかな? と試しに光の魔素を集めて鳥を作ってみたら出来ちゃって、さらに、この鳥が空を飛んだら楽しいかも! とか思っていたら、本当に飛んじゃって、自分もびっくり、ギャラリーもびっくりするというイベントだった気がする。
そして、当然自分の魔力が一番すごい、と思っていた悪役令嬢Aに目をつけられてしまうのだ。
ちなみにゲームのディアナは何をしたかと言うと、魔素で作った土を、膝の上あたりまでこんもり盛っただけ。
ゲームディアナは、どうやらみのりの意識があるディアナよりも、魔法の実力は劣るようだ。
……もしかして、こういうちょっとした差も、運命回避のきっかけになったりするかな?
ちょっと期待はしてみるものの、肝心の悪役令嬢Aとの実力の差はむしろ開いていることに気づいて、やっぱり肩を落とすディアナ。
………これは、ちょっとスパルタしないと、今のアルテアさまにはとうてい届かないかもしんない……。
とりあえず、今日の放課後も、鍛錬場で訓練をしようと誓うディアナなのだった。
「そ、それでは、今日最後に披露していただくのは、ファルシナ・オランジュさんです。どうぞ前へ」
どうやら驚愕の世界から戻って来たらしいサリーバン先生が、ヒロインの名前を呼ぶ。
おそらく先生も、ヒロインがクラス一番の実力者と見て、最後に呼んだのだろう。
「はい」
そのヒロインは、緊張のせいか、いつもより硬い声で答えると、立ち上がって、丸太の方へと歩いて行った。
「………」
現実のファルシナも、アルテアの技に感動して、真似てみたりするのだろうか。
そしてさっきのアルテアよりも、すごいことをやってのけたりするのだろうか。
手を胸のあたりで向かい合わせて、魔素を集めているだろうファルシナを、ディアナは、かたずを飲んで見守った。
ファルシナの手の中で、まるで炭酸がはじけるかのように、チカッチカッと小さな光が点滅しはじめる。
その光は、次第に手のひらの中心に集まって行き、何かの形を――――――――取ることなく、シュゥ…、とまるで気の抜けた炭酸のような音を立てて、消えて行った。
「………へ?」
ディアナがきょとんとしている間に、ファルシナはクラスメイトに向かって一礼し、さっさと観客席に戻って来てディアナのとなりに座った。
「ふう~っ」
安心したように大きく息をつくファルシナを横目に見つつ、ディアナは首をかしげる。
……う~ん…、だいぶゲームとちがう…。
ファルシナが光の鳥を飛ばさなかったことで、現時点でクラストップの魔法の使い手は、アルテアということになる。
この結果は、のちの展開にどう影響していくのだろうか。
ゲームのアルテアなら、わたしが一番よ!! とかなっておーほほほ!! とか腰に手を当ててのけぞるように高笑いしながら、どこまでも調子に乗りそうな気がするんだけれども、今、すぐそばにいるクラスメイトのアルテア・シャブリエがそうなるとはちょっと思えない。
……さっきだって、炎の暴発を助けてくれたし………。わたしの制服が焼け焦げたのを見て、男子生徒にうしろを向くように頼んでくれたのも、アルテアさまだったし……。
「んー………」
サリーバン先生が、授業をしめくくろうと何か話しているのをほぼ聞き流しながら、今後の身の振り方を考えるも、何ひとついい案は思い浮かばず。
………うん。やっぱりとりあえずは魔法の技を磨いておこう。
結局その辺に行き着くディアナは、ちょっとばかり脳内が筋肉でできている―――――いわゆる脳筋娘なのかもしれない。
行間を開けるのやめてみました。




