28話 4月13日 クラスメイトの実力
ボウッ。
何も乗っていないはずの、ダミアン・ニーラントの手のひらの上に、突然炎が現れた。
その炎が、ダミアンの意思で横に1mほど伸びて、地面に立てられた的の丸太に当たる。
「よしっ!」
ダミアンは、拳を上に振り上げ喜んだ。おそらく、彼にとっては会心の出来なのだろう。
「ダミアン様、かっこいい~っ!!」
「王からの信頼が厚いお家柄なばかりか、能力までおありとは…素晴らしい!!」
口々にダミアンを褒めるのは、つい先ほど、教室の天井を黒焦げにするという大失態をダミアンが犯した時にも、手放しで魔剣を褒めていた少年と……。
「……今、ニーラント侯爵子息を褒めちぎっているのは、ボニファス・ボスマンス伯爵子息と、コルネリス・フェンデ子爵子息。どちらも、ニーラント家に爵位を与えられた下級貴族だから、ニーラント家には逆らえないのです」
ディアナの右隣りに座り、小さな声で教えてくれるのは、さきほどダミアンの魔剣の炎からディアナが守った少女、パメラ・オルヘルス伯爵令嬢だ。
「ん? でも、ニーラント侯爵家って、王からの信頼厚かったかしら? 確か、先代で、だいぶ領地を減らしたような気がするんですけれど……」
ディアナの左隣りに座り、首をかしげているのは、ゲームの主人公、ファルシナ・オランジュ。まあ、悩む姿もかわいらしい。と思いつつ、ちょっと距離が近いのが気になるディアナ。
「そうです。ニーラント侯爵家の先代が、飢饉支援用に送った資金を着服して、私用に使ったんです。それが明るみになってから、それまで管理を任されていた王家の私有地のほとんどを取り上げられて、今は、作物の育たない不毛地帯だけを管理しているんですよ」
「それは……だいぶ王からの信頼をなくしてしまわれたんですね」
「ええ。ですが一応は、王家から直接任務を請け負っているわけですから…、まあ、まだ繋がりはあると言っていいのではないでしょうか? ……すでに首の皮一枚かもしれませんけれど」
「要するに、かなり危ない状態と言うわけですね」
「そういう事です」
ディアナの両隣りで、うんうんとうなずくパメラとファルシナ。
ディアナをはさんで会話しているせいで、二人の顔がどんどんディアナに近づいてくるので、今はもう、ほっぺたがくっついてしまいそうになっている。
さきほど、ディアナとファルシナが着替えを取りに寮へ戻り、また教室に行くと、まだ次の魔法講義は始まっていなかった。サリーバン先生以下数人の教師が、先ほどの炎暴走事件についての現場検証のようなものを行っていたからだ。
……まあ当然か。仮にも怪我人が出そうになったんだから。
いや、実際怪我人は出た。ただ、ヒロインファルシナが、脅威の魔法力であっという間に完治させてしまっただけで。
目撃証言もばっちりあったので、ダミアンも言い逃れはできず、例の魔剣はいったん没収となった。
ただ、サリーバン先生は、ダミアンが魔剣にふさわしい実力を備えた時に返却する、と約束していた。
その時に、パメラがディアナとファルシナのそばに来て、頭を下げたのだ。
ディアナには、かばってくれてありがとう、ファルシナには、ディアナの傷をきれいに治してくれてありがとう、と。
そして、あらためて自己紹介されて、三年間よろしくお願いいたします、と頭を下げられた。
ここで、ディアナは、ちょっとひっかかるものを感じ始める。
……あれ…? パメラ・オルヘルス伯爵令嬢って、ゲームの中で、ヒロインと親しくなるキャラクターじゃなかったっけ? で、すっごい情報通という設定で、パメラと仲良くなればなるほど、攻略対象者の情報を教えてもらうことができたんじゃなかった? で、二人の出会いは、確か、事件に巻き込まれたパメラを、ヒロインが治癒魔法で癒して、それが、…………レダン・マッスーオとの………、出会いイベントだったような気が…!!!
前世のディアナ…みのりは、レダンルートは攻略していない。そして、興味もなかったので、パメラを助けるだけ助けて、レダンへの返答などは、これっぽっちも気にしていなかった。
……んー。……さっきのが、レダンとの出会いイベントだったとしたら、話しかけてきたレダンを完全無視、っていうヒロインの態度は、親密度にどう影響したんだろ? アップ? それともダウン?
攻略サイトには書いてあったはずなので、読んだかもしれないと、ひたいに眉を寄せて記憶をさぐってみるけれど、まったく、もうこれっぽっちも思い出せない。
興味のないことは、とことん覚えようとしない。そんなはっきりとした前世の自分の性格を、今はすこし残念に思うディアナだった。
……レダンのことはわからないけれど……、こんだけお互いに顔を近づけて話してるんだから、パメラとヒロインの出会いイベントは、とりあえず成功だったんだろうなー。でも、どうして二人は、わたしをはさんで話してるんだろう。そんなに顔を近づけたいなら、二人でとなりに座ればよかったのに。
まあ、二人にはさまれているおかげで、新しい情報を知ることができたので、とりあえずはよしとするけれども。
「では次、ヨハンネス・メリカントさん」
「はい」
サリーバン先生に呼ばれたヨハンネスは、長めのベンチからすくっと立ち上がり、細い足を動かし移動して、クラスメイトの前に向き直った。
腰まで届く長い黒髪が、ふわりと宙を舞う。瞳の色は、黒目にすこし黄色が混ざったような色。
しかし細い。ヨハンネスはとにかく細い。足もそうだけれど、体も全体的に細いし、瞳もすっきり細目だ。
ゲームをやっていた時は、もし現実にこんな人がいたとしても、となりに並ぶ度胸のある女の子はいるのだろうかと、首をかしげたものだ。
まあ、お相手となるヒロインちゃんは、とても細身な体をしていたので、スチル的には何の問題もなかったけれど。
とにかく、決して彼のとなりには立つまいと、ディアナが固く心に誓っていると、サリーバン先生が、ヨハンネスに声をかけた。
「メリカントさんの得意な属性は、炎でしたね?」
「はい」
「では、はじめてください」
サリーバン先生の言葉に、ヨハンネスは無言でうなずくと、右腕を突き出し、手のひらを上にした。
すると、まもなくヨハンネスの手のひらの上に、炎が生まれる。
ここまでは、ダミアンとほとんど同じ動作。けれどその後は、かなり違うものとなっていた。
手のひらの炎が、まるで竜巻のようにぐるぐると渦を巻き出し、先刻ダミアンが炎をぶつけた木の丸太に向かって行く。
丸太に炎が届くと、丸太を抱きしめるかのように、炎がぐるりととぐろを巻き始めた。
「ふおおおおお…!」
炎を発現させるだけでなく、まるで生き物のように形を変えるというのは、まさしく上級者の技だ。
幅も、ダミアンが出したものが、スマートフォンくらいだとすると、ヨハンネスのは、iPadくらいはあったと思われる。
さすが、ゲームでは、学生一の炎の使い手と言われていただけはある。
先ほどはダミアンをべた褒めしていたボニファスとコルネリスも、口をあんぐりと開けて驚いている。
ディアナは思わず、両手で小さく拍手をした。授業中なので、もちろん音は出さずに、手の振りも控え目にしてある。
それでも、ヨハンネスの目には留まったらしく、ちょっと笑われてしまった。
………ぬあっ!
急に恥ずかしくなったディアナは、あわてて目線を下に向けた。
変な子と思われてしまったかもしれない、と思いつつ、またそろそろとヨハンネスを見てみると、すでに彼は、観客席側に戻って来ていた。
ちらりと見た横顔は、まるで能面のような無表情。それはまさしく、ゲームのヨハンネスの標準装備。
ゲームのヨハンネスは、学園長の暗殺という使命を帯びて入学して来たため、あまり感情を表に出さず、かつ友人を作ろうともしなかった。けれど、少しずつヒロインと接して行くうちに、次第に明るい笑顔を浮かべるようになる。
そうして終盤、大量の魔物が発生するイベントをヒロインと一緒に乗り越えると、ヨハンネスに暗殺を命じたアヴォス侯爵が失脚する。そしてメリカント家は、準男爵から伯爵にまで出世し、ヒロインと家柄も釣り合うようになって、ハッピーエンドとなるのだ。
なので、ゲーム通りなら、入学したてのヨハンネスはやりたくもない人殺しを命じられて、精神的にまいっているはず。それなのに、ヨハンネスがちょっとでも笑うなんて。
……ゲーム展開的にはありえない。
彼の中で、何か心境の変化があったのか。それとも、ゲームのプレイ画面に映らないところでは笑うこともあったのか。
でも、ゲームの攻略サイトでも、ヨハンネスの無表情は、彼の標準装備だと書かれていたし。実際、ヨハンネスを攻略した時には、笑顔を見るまでに時間がかかった記憶がある。
……ゲームのクライヴさまは、最初の出会いから告白の時まで、満面の笑顔だったなあ……。
草原で馬に乗るクライヴの笑顔スチルを思い出し、一瞬ほわんとするものの、いや、その時となりにいるのは、ディアナでなくヒロインだったと、がっくり肩を落とす。
ちょっとしゅんとしていると、両隣から、下がった肩をぽんぽんたたかれた。
「ん?」
何ごとかと左右を見ると、ヒロインファルシナとその友人パメラが「返事…!」「立って…!」と小声で急かす。
「? はい」
言われるまま、とりあえず返事をして立ち上がると、サリーバン先生とぱっちり目が合った。
「では次、ディアナ・サルーインさんどうぞ」
「あ、はい」
どうやら、ディアナのお披露目の順番が、回って来ていたらしかった。
驚きの事実…!
なろうさんの小説検索では、作品の会話率なるものが算出されているのか…!
はたして、23%は多いのか少ないのか…。
……どっちでもいいか。(ん?)




