19話 4月11日 授業初日。今度こそ。
ご覧いただき、ありがとうございます。
ブックマーク登録、評価をして下さった方、感謝です。
そして、今回のお話はすこし長めです。申し訳ありません。
ディアナがはっきり目を覚ましたのは、目覚ましベルが鳴ってから一時間も経ったころ。
壁にかかっている時計を目にして、ディアナは小さく息を飲み、両手で頭を抱えた。
「わあぁ~っ! 時間過ぎてる~っ!」
時計の針は、ヒロインとヨハンネスの出会いイベントが、すでに終わっていることを示していた。
「ていうか、もう体力作りの時間~っ!」
ディアナは、あたふたと立ち上がり、室内の洗面台へ向かう。さくっと顔を洗い、スキンケアをほどこし、ぱぱっと白いブラウスを着て、紺色のパンツをはき、その上に緑青色のチュニックをはおる。ブラウスの襟の部分には赤い糸が縫い付けてある。生徒の学年をひとめで見分けるためだ。
これは、実技の授業を受ける時に着る制服で、布地に魔法防御も施してある優れもの。
入学者の中でも、戦闘能力を持つ生徒に無料で支給されるもので、お値段は、ディアナが学園で行われるダンスパーティーのために仕立ててもらったドレスと同じくらいのお値段…一般的な平民さんの一年分のお給料…らしい。
まあ、この国の貴族からしたら、たいした金額ではないのかもしれないけれど、なにせ今のディアナは、平民の感覚もしっかりと持っている。
……年収一年分の服とか、けっこう高価だよね…。それを学園で用意するんだから、どんだけ大盤振る舞いよ………。
ディアナは、チュニックのすそをひっぱりながら決意を固めた。
……破かないようにしなくちゃ…!
いやいや、制服やぶけてもいいから、自分の身を守りなさいよ?
と、ディアナに教えてあげる親切な人は、残念なことにこの場にはいなかった。
部屋を出ると、ディアナは廊下を走り出した。
……ちょっとはしたないかもしれないけれども、これから運動するんだから準備運動てことでいいよね? ……ていうか走らないと、遅刻しそうなので、許してください。
と、心の中でおわびしながら、廊下を駆け抜ける。
エントランスへたどりつき、ドアを開けて外に出ると、三十人くらいの女の子がすでに集まっていた。
……れ? 思ったよりも少ないな。
在校生の数は、三百人弱。そのうち約半数が女の子。
百五十名ほどいる中で、朝の運動に参加するのは、一学年換算すると、約十名ということか。
まあでも、ディアナのような戦闘特化クラス――魔力の特に多い者が入るクラス――ではなく、生活魔法クラス…日常、火を起こしたり、水を用意したりと、家事などで使用する程度の魔法を学ぶクラスに入った者には、力を向上させようという気は、あまりないのかもしれない。
魔力の内在量を増やすには、身体が丈夫なことが大きな条件になる。だから学園では、体力強化が推奨されているのだけれど、生まれつき身体が強くない者ががむしゃらに修行しても、逆に体調を崩してしまい、魔力が使えなくなってしまうことがあるのだ。
そして、今までの統計から、だいたい15歳から18歳までの間に集中的に魔法の勉強をすると、魔力の内在量が飛躍的に上がることがわかっている。
だからこそ、国から大きな支援を受けて、イリュージア学園が生まれたのだ。
新入生のディアナは、ただいま15歳。生まれてこのかた、大きな病気などしたことないので、おそらく健康面での心配はない。さらに、ブタさんな魔物にふごふご言われながら食べられてしまう、なんて未来が待ち受けているかもしれないディアナに、能力を鍛えないなんて選択肢があるだろうか。いや、ない。
だからこそ、意気込んで参加したのだ。
ただ、朝の運動をしなかったとしても、他の方法で身体を鍛えている人はいるだろう。
教師の目がある場所で訓練をした方が、何かと安全だというだけで、自主的に訓練することが禁じられているわけではない。
実際、学園の中には、鍛錬室という部屋があり、この中で、魔法をぶっ放したりして精度を上げたり、魔力をぎりぎりまで使いまくって、内在量を増やす訓練をすることもできる。
鍛錬室はたくさんあるので、一部屋に一人の教師はつかない。その代わり、魔傍受器という、いわゆるモニターのようなものが各部屋に設置されている。教員室でその画像が見れるようになっているので、異変を察知したらすぐさま駆けつけてくれるらしい。
ちなみに、これが取り付けられたのは、つい数年前のことで、発明したのは、なんと現第二王子の、ライル・ガウス。
昨日、庭園内のかまくらスペースの前で、お互いに恋愛感情もないのにも関わらず、ディアナを振ってくれた人だ。
しかも、ディアナの考えていることもほぼ読まれていて、会話の中に恐怖を感じてしまった人物。
……できることなら、二度とお会いしたくない。よし、がんばって逃げまくろう。
むん、と気合を入れて入れつつ、周囲を見回してみる。
「………!!」
視界に意外な人物が入って来て、ディアナは、驚きのあまり目を見開いた。
ディアナの数歩先に立っているのは、赤髪の美少女、アルテア・シャブリエ。
悪役令嬢の代表とも言える少女は、ディアナと同じ服装をして、赤い巻き髪を後ろでひとつに束ねている。
……おかしい…!
ディアナ思いきり首をかしげた。その際、ごき、とかいう音がしたけれど、気にしている余裕はない。
ゲームの悪役令嬢Aは、「下々の民と同じ空気を吸うなど、耐えられませんわ」とか言って、貴族以外がいるイベントには、極力参加しなかったはず。まあ、それを言ったら、腰巾着同様のディアナも参加してないんだけれども。
しかも、悪役令嬢Aは、「このわたしが、下々の民と同じ服を着るなんて、ありえませんわ」と、学園から支給された服を使わず、自分用にあつらえてしまった。
赤に金の縁をつけたベストと、同柄の細身のパンツを。
ぼんきゅっぼんなスタイルに、ネットでは、峰不二子か! いやいや、ナミだロビンだなどと、けっこうな評判になった記憶がある。
でも、今目の前にいるアルテアは、どちらかというと、スレンダータイプだ。
全体的に均一のとれた、ほっそり美人。
それにくらべて自分は、ただ細いだけのかり子ちゃん。
「………」
ディアナがちょっとしゅんして、現実逃避気味にアルテアから視線を外したその先に、ストロベリーブロンドがちらりと見える。
……うわ、今度はヒロインか。同じ服着てるのに、やっぱりスタイルは抜群か。
ウエストや腕は細く、しかし、胸やお尻など、ある程度ふくらみが欲しい場所には、きれいについている。
それにくらべて自分は、……考えると悲しくなるだけなので以下略。
切なさのあまり、ますますしゅんとしてしまう、ディアナなのだった。
朝の運動が終わったあとは、いったん寮に戻って、スカートの制服に着替える。
そして朝食を取り、時間になったら学園の教室におもむいて、授業を受けた。
朝から、語学、算術、国の歴史、地理と続き、お昼タイムをはさんで現代の社会を学ぶ。
お昼ごはんは、……ひとりで食べた。
午前中の授業が終わり、教師のあとを着いて行くように教室を出て、女子寮の近くにある、大きな木の根っこに座り込み、昨晩のうちに寮母さんにお願いして用意してもらっておいた、サンドイッチをもぐもぐと食べた。
ゲームのディアナは、常に悪役令嬢グループと行動を共にしていた。
だとしたら、お昼も当然一緒なわけで。
今、ここにいるディアナは、悪役令嬢たちと面識がないので、お昼に誘われない可能性もあったけれど、絶対じゃないかぎり危険はさけて通りたい。
そんなわけで、授業終了のチャイムがなると、さっさか教室を出てみたディアナだった。
「………」
……ひとりごはんはさみしいよう。でも、大ぶたさんにがぶりと食べられるよりはまし……なはず。
友だちは欲しいけれど……。悪役令嬢軍団の四人とヒロインを抜かすと、クラスの女子は、わずか四人。
しかも、そのうちの一人は、近いうちにヒロインと友人になる予定だから、実質友だちになれそうなのは、三人だったりする。
……仲良くしてくれる人、いるかなー…? あ、このタマゴサンドうま。
ディアナは、これから三年間、ぼっちになってしまうかもしれない不安を抱えつつ、おいしくご飯を食べるのだった。
放課後になると、ディアナは、担任のサリーバン先生のあとを追うように、教室を出た。
「サリーバン先生」
声をかけると、暗めの銀髪をお団子できっちりまとめた、ジョアンヌ・サリーバンが振り返る。
「はい、何でしょう? サルーイン嬢」
先生の服装は、首が半分ほどかくれるスタンドカラーの襟の白ブラウスに、紺のジャケットと同じ布地のスカートと、いかにも真面目そうだ。
ただ、顔立ちは整っているので、着飾ればきっときれいなんだろうな、と思いつつ、ディアナは鍛錬室の借り方を尋ねる。
「それでしたら、教員室で申込書を書いて、部屋の鍵を受け取ってください」
「ありがとうございます」
教員室なら、昨日、クライヴに案内してもらったので、たぶんたどり着けるだろう。
ディアナがほっと息をついていると、サリーバン先生が困ったように、けれどどこかうれしそうな表情で頬に手を添えた。
「それにしても…。今年の新入生は、熱心な子が多いのかしら? 昨日もさっそくあなたと同じ事を聞く子がいたし」
「………え?」
先生の言葉に、ディアナは、ちょっと嫌なものを感じた。
けれど先生は、そんなディアナの様子には気づかず、話を続ける。
「鍛錬室の使い方は、三日後の魔法授業の日に教える予定だったのよ。毎年そうして来たし。……でも、あなたやオランジュ嬢、そしてシャブリエ嬢のように、一日も早く鍛錬をしたい生徒が三人もいるのなら、来年からは入学式のあとにした方がいいかもしれないわね」
「………(げ…)」
ちなみに、オランジュ=ヒロインファルシナ。シャブリエ=アルテア…悪役令嬢Aだったりする。
「オランジュ嬢は、入学式の日に聞きに来たし、シャブリエ嬢は、今日の朝礼の後だったわ。特に、シャブリエ嬢は、未来の王太子妃。授業の他に、王宮から出る課題もおありでしょうに、その合間を縫って鍛錬をなさろうとするお心がけが素晴らしいわ! これで、わが国の未来も安泰だわね。あなたもそう思うでしょう? サルーイン嬢」
「………」
一応、質問の体を取ってはいるけれど、これは違う。決して否定してはいけないヤツだ。うっかり、でも、なんて言ってしまった時には、嵐のような反論が飛び出てくるパターンなのだ。
ディアナは、引きつるほおを叱咤して、無理やり口もとに笑みを浮かべると。
「……ソウデスネー…」
何とかそう答えたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
おもしろい、続きが読みたい等思っていただけましたら、ブックマーク、あるいは評価ボタンをぽちっとしていただけるとうれしいです。




