18話 4月11日 授業初日。に見た夢。
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みのりは今、非常にあせっていた。
まさしく、全身から一気に汗がふき出る勢いだ。
今日は、高等学校の入学試験日。にもかかわらず、学校に着いて筆箱を確認したところ、中に消しゴムが入っていないという衝撃の事実が、みのりをおそったのだ。
……消しゴムがないなんて、最悪だよぅ……。まちがえても書き直せないし…。万が一、緊張のあまり名前を書き間違えちゃったら…その答案用紙はたぶん0点になるから……、わたしの人生終わるね………。
人生終わる、まで言うのはおおげさかもしれないけれども、今のみのりはそれだけ追いつめられていた。
もし、この場に双子の弟、みのるがいたら、平然とした顔で、「要するに間違えなきゃいいんでしょ?」とか言われそうだ。
……そんなことができるのは、みのるだからなんだよ。この天才メッ。
みのりは、悪態をつくことで、現実逃避をはかってみる。けれども、これから入試だというのに消しゴムを忘れた、という事実は、結局ほんの一ミクロンも変わらない。
「どうしよう……」
机に向かってつぶやいてみたところで、消しゴムが出てくるわけではない。
……一度校舎を出て、コンビニでも探してみようか。でも、入試の時間まで、もう15分あるかないかくらいだし……。
……わかってるよ。わたしが悪いんだよ。こんな大切な日に、消しゴム忘れるなんて……。
じわ………。
みのりの両眼に、おおつぶの涙がうかんだ。
その時。
コロン。
机の上で小さな音がして、今にもこぼれ落ちそうだった涙が引っ込む。
「……え…」
軽い音を立てて、机の上を転がって来たのは、白い消しゴムだった。
通常のサイズの半分くらいの大きさで、先っぽが不自然ととがっている。
あきらかに、鋭利な何かで切られた跡だ。
「………」
みのりは顔を上げ、消しゴムが転がってきた方に視線を向けてみる。
すると、となりの席に座っている学ラン姿の男の子と目が合った……気がした。
気がしたというのは、男の子は、数メートルも離れていない場所に座っているのに、顔がよく見えないから。
こっちを見て座っているのはわかるのに、首から上が、なぜか霧がかったようにぼんやりとしている。
……何だこれ、ホラーか。あ、夢か。
気づいたと同時に、場面が変わる。
クリーム色の生地に、青い星がプリントされたカーテンと、窓際には、1m近くはありそうなくまのぬいぐるみ。
そして、ベッドにころんと寝転がり、時に寝返りを打ちながら、ぴこぴことゲームで遊ぶみのり…前世の自分、を俯瞰で見ているという、何とも不思議な構図だ。
夢の中のみのりは、今、恋愛シュミレーションゲーム『イリュージアの光』クラスメイトのヨハンネス・メリカントとの出会いイベントのシーンをプレイしている。
授業初日のその日、ヒロインは、はりきりすぎたのか予定よりも早く目が覚めた。時計を見ると、任意参加の、体力作りのための早朝訓練に行くにもまだ余裕がある。なので、探索がてら、寮の周辺を散歩することにするのだ。
蒼天の下、てくてくと歩いていると、一羽の小鳥が、ヒロインの肩に舞い降りてくる。
小鳥が飛んできた方に視線を向けると、そこには、腰まである髪を、無造作にひとつに結わえた少年がいた。
彼は、ベンチに座り、小鳥たちに向かって手を差し出している。どうやらえさをあげているようだった。
ヒロインは、小鳥を肩に乗せたまま、少年に近づき、尋ねる。
「この子は、あなたの小鳥ですか?」
「いや……」
少年は、無表情で答えると、地面に向かってぱらりとえさ…パンのかすをまく。
そのえさを2、3度ついばんだ鳥たちは、数羽がヨハンネスの肩や頭に乗り、数羽がヒロインの方へと飛んだ。
「………君の鳥?」
今度は逆に聞かれてしまった。
この質問の選択肢は、ふたつ。「はい」と「いいえ」だ。
肯定は、ゲームの中でも嘘をついたことになるのだけれど、ちょっと疑いつつもヨハンネスは受け入れてくれる。他のキャラクターの単独攻略を目指していて、ヨハンネスとの親密度をあまり上げたくない時用の選択肢だ。
夢の中のみのりは、「はい」を選んだ。おそらく、ヨハンネス以外を攻略したいのだろう。
早朝の散歩をしない選択肢もあるのだけれども、それだと、その後の体力作りイベントに参加できなくなる。
体力づくりのイベントは、参加しておくと、全員の好感度が少し上がる。どのルートを選ぶにしても、ハッピーエンドを目指すのなら、外せないのだ。
「はい」を選ぶと、もともと細い目のヨハンネスが、さらに目を細くして、「ふーん」と言う。聞いてはみたものの、あまり興味がないのか、それとも、ヒロインの嘘を見抜いているのか。どちらにしても、感情がまったくわからない声に、ゲームとは言え、ちょっと戸惑いながらプレイを続けたものだ。
目を細めて、ん~? と首をかしげるみのりを上から眺めていると、ふわりとクリーム色のカーテンが揺れる。
そのカーテンの裾がどんどん広がって行き、窓際のくまを包み、さらに、ベッドの上のみのりも包み込んで、やがて視界がクリーム一色に染まって行った。
ジリリリリリ! ジリリリリリ!
「むー………」
けたたましい音に、眠りをさまたげられ、ディアナは口をとがらせる。
ジリリリリリ! ジリリリリリ!
「うるさいぃ~…」
ディアナは、両手をベッドについてようやく起き上がると、うすく開けた目で、ベルのひもを探す。
よたよたした足取りで、ひもに手が届くところまで歩くと、ひもを憎々し気にぐいっと引っ張り、音を止めた。
そして、しばらくの間、寮備え付けのソファに座っていたのだけれども。
「ん~……………」
やがて、ソファの背にほおをぺたりとつけて、ちいさな寝息を立て始めたのだった。
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