17話 4月10日 不安と、喜びと
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「………」
ディアナは、ふるふると唇を震わせながら、クライヴのうしろを歩いていた。
理由は、ゲームの攻略者のライルに会ってしまったからではなく、ライルに心を読まれたからでもない。
……クライヴさま…。わたしをライル王子に紹介しようとしなかった……。どうして? わたしが婚約者だって、言いたくなかったから? わたしが婚約者だってこと……納得してないから……? ……そうだ、きっとそうだよ。だってさっきクライヴさま、わたしをライル王子に紹介したら、神経減るって言ってたし……。
クライヴは、もうヒロインに出会ってしまった。短い出会いだったかもしれない。けれど、惹かれはじめていたとしても、まったく不思議はない。
事実、庭園を出ると、クライヴは、ディアナから離れて少し前を歩き、手を繋ぐこともなかった。
ディアナは、少し丸まって見えるクライヴの背中を見つめながら、泣きたい気持ちをぐっとこらえて歩き続けた。
女子寮の前まで来て、クライヴはようやくディアナの方を向いた。
切なげにゆれる瞳が、ディアナを通り越して、他の人を見ているのかもしれないと思うと、胸がぎゅっとしめつけられる。
……今日はこのままお別れかな…。
ディアナが胸の前で細い手をきゅっと握りしめていると、クライヴは、口元に小さな笑みを浮かべて言った。
「四月十九日に、ダンスパーティがあるのは知ってるよね?」
「……あ、はい…」
もちろん知っている。前世の記憶を思い出す前にも説明を受けていたし。
……何より、ゲームでとっても重要なイベントだったしね。前もって思い出せてよかったよ。
イリュージア学園では、毎月十九日に、ダンスパーティが開催される。貴族はもちろんのこと、平民身分の学園生たちも参加することが可能だ。
この国では、家事に必要な程度の水や火の魔法が使えるだけでも、かなり重宝される。メイドなどの職についても、魔法が使えない人よりも好待遇を受けられるし、うまくすれば、豪商や貴族と結婚することもある。
魔物が倒せるレベルの人は、さらに評価が高く、国お抱えの騎士や魔法師になれる。そこえさらに国に貢献すれば、爵位をもらうことだってあるのだ。
そうなった時に困らないようにと、イリュージア学園では、平民にも貴族のマナーを教えている。
ディアナは貴族なので、小さいころからダンスやマナーはたたき込まれてきたけれど、ダンスはいくら練習を重ねても損はないし、ディアナ自身、踊るのは好きなので、楽しみにしていた部分もあった。
でも、それはもちろん、クライヴがパートナーとしてディアナをエスコートしてくれることが前提で。
まさか、自分の婚約者が別の女の子に奪われるなんて、思いもしなかったのだ。
……もしかして、パーティのエスコートはできないとか、言われちゃうんじゃ……。
婚約者がいる女の子は、ダンスパーティでエスコートされるのが当たり前。
それが、貴族間では通例となっているから、あえて、ディアナに断りの言葉を告げようとしているのではないだろうか。
重くよぎった不安は、自身で解消できるものではない。ディアナは、いたたまれない気分になって、胸の前で握っていた手を、ますます強く握りしめた。
……こんなことをしたって、エスコートを断られるショックが減るわけじゃないけれど………。
何もしないよりはいい、と覚悟を決めて待つディアナに、クライヴは言った。
「昼頃に迎えに行くから」
「――――」
「ディアナ?」
「……………え?」
思いがけないクライヴの言葉に、ディアナはしばし考えて、やがてこてんと首をかしげた。
……あれ、クライヴさま、今なんて言った? ……迎えに来るって?
「??」
ディアナが、頭の中ではてなマークを飛ばしていると、クライヴのすこし硬い声が聞こえて来た。
「婚約者のおれが、ダンスパーティで君をエスコートするのは、至極当然だと思うけど」
……きゃあ! 怒らせた?!
ディアナは、ぴゃっと勢いよく背筋を正し、慌てて弁明に走る。
「いえっ、じゃなくてはいっ。わたしもそう思いますっ。ていうか、クライヴさまとご一緒できるなんて、……う、うれしいです……」
話し終わるころには、もじもじして顔を赤らめるディアナ。胸の前で組んだ両手が、うにくにと謎の動きをしている。
「………うん」
クライヴが、大きい瞳を細めて笑った。何が功を奏したのかは不明だけれど、とりあえず気持ちはわかってもらえたようだ。よかったと、ディアナは息をつく。
「じゃあ、また」
クライヴは、ディアナに向かって手を上げると、くるりと踵を返し、校舎の方へと歩き出した。
女子寮の真向かいにある男子寮に向かわないのは、おそらく、生徒会の仕事をしに行くためだろう。
……そうだ。クライヴさま、お忙しいのに、わざわざ時間を取ってくださったんだった……。
その事実が、ディアナをうれしくもさせたけれど、同時に、ゲームの筋書きに近い形で状況が進んでいることに、不安も感じている。
……ゲーム初期のクライヴさまは、誠意を持って、ディアナ……悪役令嬢Dと接していた。特に序盤は、ヒロインに惹かれつつも、婚約者のディアナをないがしろにすることはなかった……。
……今、クライヴさまがわたしに向けてくださるやさしさが、実は全部、ヒロインが逆ハーレムルートに進む為の、この世界の布石だったとしたら……。
目の前でクライヴの笑顔を見ている間は大丈夫だけれど、離れてしまうと、たまらなく不安になってしまう。
「はぁ……」
そんな自分がなさけなく思え、肩を大きく落とすディアナだった。
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