151話 5月24日 バラしてみました。(千切りじゃないよ?)
「だから要するにさ、かくかくしかじか………」
ライルが端的に、この世界が、前世でプレイしたゲームと似ていること、そしてヨハンネスの家で起きたことを踏まえて、ゲームのストーリーと同じように世界が動くことがあると説明する。
「隣国とフロンドの貴族がタッグを組んで起こすクーデターは、一応ツブしておいたから、あと気になるのは悪役令嬢達によるサタンオーク召喚かな」
「サタンオーク…。何かの本で読んだことはありますが…。伝説上の魔物ではないんですか?」
「だといいんだけどねえ」
「………まあどちらにしても、おれとオランジュ嬢が恋愛をするとは到底思えませんが」
クライヴがきっぱりと否定したそばで、ファルシナが眉をしかめる。
「えっ、待って。わたし告白してないしする気もないのに、今フラれたの?」
訴えるファルシナを見て、ライルがにやりと笑った。
「ああ~、ちなみに、おれもその気はないからね」
「はあ~っ?! ちょっと、ライル殿下まで便乗しないでくださいよ!」
「まあまあ。君だってそんなつもりはないだろう?」
「そうですけど………」
とは言うものの、どうどう、と馬にするようななだめ方をされている気がして、今ひとつ納得がいなかいファルシナだった。
ファルシナがかわいらしい顔をむむむ、とゆがませているのを横目に、ライルはクライヴに向き直った。
「ところでさ、クライヴには前世の記憶とかないの?」
すると、ファルシナもぽんと手をたたく。
「あ、それ、わたしも思ってました。もしかしたらフィクトル様は、前世の記憶をお持ちなんじゃないかって」
「……………なぜ、そうお考えに?」
クライヴが静かに尋ねると、ライルが指を二本立てた。
「ひとつはお前が物語のクライヴ・フィクトルとかなり違う性格なこと。で、もうひとつは、物語のキャラクターとしては持っていなかった、水の魔法属性があること、かな」
「………」
クライヴの沈黙が、ファルシナの声でかき消される。
「と言うことは、ライル殿下も水以外の属性をお持ちなんですか?」
「ああ」
「何属性ですか?」
「教えない」
ファルシナの問いを、ライルはすげなく拒否した。
「ケチですね…」
「オランジュ嬢は水属性だろう? 報告は受けてる」
「そうなんです。小さい頃、突然頭の中で「転生特典、転生特典、水のぞくせえ~」って妙ちくりんに甲高い言葉が響いたと思ったら大量の水が発生して、気が付いたら家の中が水びたしになってました」
「ふ~ん」
「で、殿下の属性は?」
「教えない」
「ケチ」
ファルシナは口をとがらせつつも、これ以上の追究は無駄と察し、今度はクライヴに訊ねる。
「……それで、フィクトル様は、前世の記憶をお持ちなんですか? それとも?」
「…………」
クライヴは、まっすぐファルシナを見据えて、その問いに答えた。
「………いや」
「そうですか~。あ、でも、サタンオークの出現阻止には協力していただけませんか? ディアナの為にもなるし」
「もちろん、そこは協力しますよ。…でも、この世界がゲームのストーリーと似ているのであれば、ディアナの机に小鳥の死骸を入れた犯人もご存知なのでは?」
クライヴの問いに、ファルシナがうなる。
「うーん…。わたしは見たことないけども……全部のキャラクターを攻略したわけじゃないんで……」
「いや、その描写はなかったね」
答えたのは、ライルだった。
「へえ~、殿下お詳しいんですね。乙女ゲームなのに」
「………」
「うっ…」
率直に感想を述べたファルシナだったけれど、ライルに冷たい視線を注がれて黙り込む。
居心地が悪くなったファルシナは、とっとと話題を変えることにした。
「あ、そういえば、さっきディーが大きな声で、邪魔するなって言われた、みたいなことを言ってたけれど………」
「そうみたいだね。誰に言われたんだろ。クライヴはディアナから何か聞いてない?」
「………いえ……」
「そっかー………」
クライヴが固い声で答えると、ライルが口もとに手を当て考え込んだ。
小さな沈黙が落ちる中、ファルシナが声をあげる。
「いつ、言われたんだと思います?」
「………」
ファルシナの言葉に、ライルの表情が硬くなった。ディアナの方に顔を向けているクライヴの表情は、今はわからない。
「まあ…、あそこまで取り乱すってことは、相当ショックを受けたんだろうけど…」
ライルが意見を絞り出す。そこへ。
「ん………」
ベッドの上から、小さな声が聞こえた。
視線を向けると、目をぎゅっとつむり、身じろぎするディアナの姿。
「…ディアナ?」
クライヴがディアナの手を握る力を強めると、やがてディアナは、ダークチョコレート色の目をぱちりと開けた。
「ディアナ…」
クライヴが、どこか戸惑っているような声をあげる。
「クライヴさま…?」
ディアナはきょとんとクライヴを見た。
「あれ? わたし、いつのまにか寝ちゃいました? ん…? 手…?」
ディアナは、不思議そうな顔をして、むぎゅむぎゅと手をぐーぱーしてみる。
「…!」
かああ、とわかりやすく顔が赤くなったところを見ると、クライヴに手を握られていることに気づいたのだろう。
「うあ…あ…の…」
クライヴが、さらにもう片方の手で握り込むと、あっと言う間にディアナの耳や首筋、見えている肌のすべての部分が赤くなった。
「気分はどう?」
「き、気分……。はずかしいですぅ…」
素直に気持ちを告げるディアナに、クライヴの口もとが自然とほころぶ。
その背後で、半目のライルがディアナをにらんだ。
「いや、そういう意味じゃなくて。具合はどうだって聞いてんの」
「あれ、ライルいたの?」
「いたよ。て言うかついに人前で呼び捨てか」
「あ!」
ディアナは、しまったと言う表情で、きょろりと周囲を見る。
……えっと、ファルめぐちゃんはいいとして、問題はクライヴさま…。
「え、えっと、そのですね、クライヴさま、えっと、………………今日はいいお天気ですね?」
「………」
現世の常識からすると、王子を呼び捨てにするという無礼千万な行いに、何と言い訳をしようかと考えたあげくの返しだった。
けれども、クライヴの大きな目がさらに見開いているところからしても、ファルシナが生暖かい目をしているところからも、ライルの目が糸目ばりに細くなったことからも、その返事が大失敗なのにあっさり気づいた。
……だ、だってだって…! わたし今目が覚めたばっかりだし、クライヴさまに付き添ってもらってるし、あげくに手をきゅうって握られちゃったりしたら、思考なんてまともに働かないよう~。
ディアナが心の中でぐすぐすと泣いていると、クライヴがふっと笑って言った。
「本当に、いい天気だね」
「! ですよね!」
とたん、ディアナの表情がぱあっと明るくなる。その勢いでライルに視線を移し。
……ほら! どうよみのライル! 見事にごまかせたでしょうっ?
と、ドヤ顔を向けた。
するとライルは、あからさまにため息をつき、言った。
「クライヴ、あんまりこいつを甘やかすな。でもって、全然ごまかせてないからな? みのり」
「えええ~、そんなことないですよねえ、クライヴさま」
「本人に聞いてる時点でダメだろ」
「はっ…! 言われてみればそうかも…!」
「お前、ばかすぎ」
「なにおう~っ。せめてうましかさんと言ってっ」
「意味同じだからな、それ」
「一緒じゃないもんっ。うましかさんの方がなんかかわいいもんっ。ねっ、クライヴさま」
「えっ、う~ん…」
「ほら、クライヴさまもうんって言ってるよっ」
「今のはそのうんじゃないし」
「そんなことないもんっ。ねえクライヴさま」
「………うん」
「ほらあ~!」
観念したようにうなずくクライヴに、ディアナがうれしそうにする。
「………」
その光景を見たライルはあきれ顔だ。「甘やかすなって言ったろ…」と小さくつぶやくも、少なくともディアナは聞いていない。
クライヴに忠告するのをあきらめたライルは、はあ、と息をついて話題を変えた。
「ディアナ、クライヴには前世のことを話しておいたから。ついでにゲームのことも」
「へえ~そうなんだぁ~。……って、え?」
一度うなずいてからあらためてびっくりするディアナ。話は聞いていたものの、事の重大さに気づくのは一呼吸遅れたらしい。
「話したって…前世のことって? え? クライヴさまに、わたしたちの前世が太陽系惑星地球に住んでたこと言っちゃったの?」
「うん、聞いた」
答えたのはクライヴだった。
「え、え? だってこんな話……クライヴさま信じてくださるの?」
ディアナが問うと、クライヴは目を細めて答えた。
「ディアナがそう言うなら」
言うと同時に、なぜか祈るようにディアナの手をきゅっと握るクライヴ。
「ふわっ…」
ディアナの顔が、思い出したように赤くなった。
「えっと…、じゃ、じゃあこれからは、クライヴさまにもお話を聞いていただいてもいいですか?」
「も、はいらないかな」
「え? …………」
クライヴに言われ、自分が発した言葉を反芻するディアナ。
……えっと? クライヴさまにも…じゃなくて、クライヴさまに、ってこと…?
「! ふわわ…っ」
クライヴの言葉の意味に気づき、またしても顔を赤らめるディアナ。
そんな彼女に、クライヴが顔をすこし近づけた。
「今度からは、何かあったらまずおれに相談して?」
「……っ」
手を握られている上に、クライヴの顔が接近してきたので、ディアナの体温が一気に上昇した。
……ふわぁ~…顔から湯気が出そう~。
恥ずかしくて、でもうれしい気持ちもどこかにあって。
ディアナは、素直にこくりとうなずいたのだった。
「はい、クライヴさま」
二人の会話が一段落したころ、ファルシナが思い出したようにつぶやく。
「そういえば……ねえディー、誰かに「邪魔するな」って言われたの?」
「ん?」
ファルシナの問いに、頭の上に大きなはてなを浮かべつつ、ディアナは首をかしげる。
「ん? んんー? んー」
首を右にかしげ、左にかしげ、考えたすえのディアナの答えは。
「……そんなこと言われてないよ?」
「えっ…だって―――」
「あ、そうだ」
ファルシナが言いかけた言葉を、ライルがすこし強い口調でさえぎる。
「オランジュ嬢、生徒会室まで付き合ってくれないかな? 兄上の様子を見たいんだ」
「えっ」
「君の顔を見たら、兄上も元気になるだろうしね。ほら行こう」
言うとライルは、ファルシナの肩をたたいてせっつく。
「でも」
「いいから」
「………」
反論しようとすると、さらに強く言われてしまい、ファルシナはようやく口を閉ざした。
「じゃあクライヴ、あとよろしく」
「はい」
ディアナはクライヴに任せておけば大丈夫だろう、とライルは医務室を出る。
一歩分先に医務室を出ていたファルシナは、怪訝な顔でライルに訊ねた。
「……あれだけ叫んでたのに、全然覚えてないなんて……どういうことなんでしょうか? ディーが嘘をついていたようには思えなかったし……」
「そんな嘘つけるほど器用じゃないよ、あいつは」
「ですよね…」
ディアナの前世、みのりを知っているファルシナも同意する。
「なら、どうして……忘れたってこと…?」
歩きながらうーんとうなりだしたファルシナ。ライルはファルシナを追い抜きつつ、小さな声で言った。
「前世だな……」
「えっ、………じゃあ…まさか、あの時のこと…?」
察したファルシナの顔がさっと青ざめる。
ライルはぐっと唇をかみしめた。
「―――――オランジュ嬢」
「は、はい」
呼ぶ声が、思ったよりも低く出たことに、ライルは自分で驚く。
けれど、そのままのトーンで話を続けた。
「ディアナに、高校の話をあまりしないでくれ。特に――――――――事故のことは」
「…! わ、わかりました…」
ファルシナの声が震えている。ライルは怖がらせてしまったかと一瞬思ったけれど、おそらくそうではないだろうと考え直す。
彼女にとっても、あの時の記憶は辛い思い出として残っているのだろう。
「………」
ふいに、大きな窓から注がれた日差しが、ライルの瞳に飛び込んで来た。
「………今日は本当に、いい天気だねえー…」
さわやかな青さが際立つ空の色が、今の自分の心境とあまりにかけ離れすぎていて、すこし皮肉に感じるライルだった。
次回のタイトルは『討伐イベントだけど、討伐しない人がいるようです。』です。
ディアナ「と、討伐イベントなのにー? だれだー、そんな不届きものはー」
ファルシナ「ディー、何で棒読み?」
ディアナ「どきっ…!」




