150話 5月24日 ライルの告白。
ディアナが医務室ですーすーと寝息を立て始めたころ。
ベッドを囲っているカーテンが、シャッと音を立てて開いた。
「………寝た?」
顔を出したのはライルだった。
「……………はい」
クライヴは、ディアナの手を握った状態で力なくうなずく。
「ご苦労さん」
疲れた…というか憔悴しているように見えるクライヴに、ライルはいたわるように言った。
けれど、クライヴの表情は晴れない。
ちらりとライルに視線を向けたあと、またベッドに眠るディアナに顔を向ける。
クライヴは、ディアナの手をそっと握り直し、小さな声で言った。
「なぜ……あなたにはわかるんですか」
「ん?」
聞き返してきたライルに、クライヴが問う。
「どうやら殿下は、ディアナの不調を感じ取ることができるようだ。おれが知ってるだけでも三回目。―――――ディアナが魔法の行使をしすぎたせいで倒れた時も、殿下は医務室にいました。机に鳥の死骸を入れられてショックを受けていた時も、そして今回も………。ディアナが苦しい時、殿下は必ず気づかれる。……なぜですか?」
「………」
なぜ、と言ったと同時に、クライヴはライルに目を向けた。その瞳は疑問に思っているというよりは、やるせない気持ちが強いように見えた。
「それだけじゃない。殿下とディアナには、何か……強いつながりがあるように思えるんです……」
「まあ、あるね」
「…っ」
あっさりと答えたライルに、クライヴは一瞬言葉に詰まる。
本当のことだから、言い返す言葉など持ち合わせていない。
クライヴは、唇を噛んだ。
「………もし……もし、あなたが……おれよりもディアナの気持ちを汲み取れるなら……おれよりも、ディアナを幸せにできるなら……」
―――おれは身を引きます。
言いかけた言葉。けれど、それが音になることはなかった。
クライヴが自分で予想していたよりもはるかに、それを言うのは辛かった。そして何より。
物理的に、言うことができなかった。
ばっしゃ~んっ!
突然、クライヴの頭上に、大量の水が降りそそいだのだ。
「っ!?」
予想外のハプニングに驚くクライヴの視界に、唇を片方だけ上げて、にやりと笑うライルの姿。
「殿下何を……ディアナっ」
自分がずぶぬれ状態なのだ、手を握っているディアナも同じ被害に遭っているのでは。クライヴが焦りながらディアナを見ると。
「…え?」
先ほどと何も変わらず、すうすうと眠るディアナがそこにいた。
「濡れて…ない」
クライヴがほっと息をつく傍で、犯人の声がした。
「ま、今は一応病人だからねえ。ちゃんと避けておいたよ」
「………」
確かに、クライヴの上半身で唯一濡れていないのは、ディアナと繋がっている腕の部分だけ。
どうやら犯人は、器用にディアナを避け、クライヴだけに水をかけたらしかった。
「………殿下……」
唸るように言ったクライヴに、ライルは笑って問う。
「目、覚めたか?」
「………………そうですね」
確かに、自分は寝ぼけていたようだとクライヴも思った。
「おかげ様で、すっかり目が覚めました」
空いている方の手で、濡れた前髪をかき上げながらクライヴは答える。
もう片方の手は変わらずディアナの小さな手を握っているけれど、袖まで浸食している水はそこでぴたりと染みるのをやめている。少なくとも、このまま手を握っていてもディアナを濡らしてしまうことはなさそうだ。
おそらく、ライルが故意にそうしているのだろう。
……つくづく、器用な方だ。
ライルの魔法の才能をうらやましく思いつつ、クライヴは言った。
「ですが、殿下が誰よりもいち早くディアナの変化に気づいているのは事実です。…何か方法でもあるんですか?」
「方法? ないよ」
あっさりと否定したライルに、クライヴは訝しげな顔を向ける。
「ならどうして――――」
「それはおれ達が双子の姉弟だったから」
さらに追及しようとしたクライヴを遮って、発したライルの一言は、クライヴをあっけに取らせるだけの威力を十分に持ち合わせていた。
「……………は?」
「あ、ありえないって顔に書いてある」
避難めいたクライヴの声に、ライルはにっこり笑って答える。
「でも、双子なのは本当だ。前世でだけどね」
「は?」
「クライヴは、前世って信じる? いや別に信じなくてもいいんだけどさ、少なくとも、おれとディアナは前世の記憶を持ってるんだ。ディアナに異変が起こってるのがわかるのは、その名残り」
「前世………」
クライヴがぽつりとつぶやく。視線の端で、様子を見に来たのだろうファルシナが、カーテンに半分かくれながら「殿下…!」とライルの突拍子もない発言に驚きの声を発していた。
「あ、ちなみにオランジュ嬢も前世の記憶の持ち主だから。しかも前世のディアナを知ってる」
「ちょ!? 殿下! 勝手に言わないでくださいよ!」
「え、じゃあ言ってもいいかな?」
「聞くの遅っ! 順序逆ですから! ――――まあ、いいですけども」
あきらめたようにファルシナが言う。
……ディアナの、前世の友達、か………。
クライヴがファルシナを見ると、ファルシナがあきらめたように肩をすくめた。
「ま、そう言うことで。わたしは前世のディアナともよくつるんでいた小谷野芽久です。今世でもとても仲良しなので、ディアナの身が危なくなるような行動は一切いたしません。オランジュ家の名のもとに誓います」
そう言って、ファルシナが自らの左胸に右手のこぶしを当てる。
「それだと心臓を捧げるポーズ」
「あ、いけない」
ライルのツッコミに、ファルシナは開いた左手を胸の中心に当てて頭を下げた。
「ついうっかり」
「ついうっかりでやる? そのポーズ」
「だって好きだったんですもん。兵長さま」
「ああ、あのちっさいの?」
「ちっさくても人類最強! 兵長さまはちっさいからいいんですー。ちっさいから、みのむし姿とか似合っちゃうんですー」
「へー。まあどうでもいいけど」
「どうでもいいとはどういうことですかっ。ていうか、兵長の名前が出た以上、ファンの熱いラブトークに付き合っていただきますよ。そうですね、今から二十四時間ほど」
「わー、時間の無駄。おれじゃなくて兄上のとこに行きなよ。君の話なら何十時間だって聞くと思うよ」
「いやいや。殿下にこんなヲタク丸出しの会話できませんよ。ところで殿下は今どこに?」
「おれも一応殿下なんだけどね。今日は生徒会室で一日仕事をするって言ってたよ。朝は、昨日誰かさんに会ったからリフレッシュできたって、機嫌がすごく良かった」
「そ、そうですか………」
「せっかくだから、今日も顔見せてあげたら? 誰かさん」
「え、あ、ああ、そうですね。……って、違うでしょ? ねえ違いますよね? 今、わたしたちって、命に関わるすっっごく大切な話をしてる最中ですよね?」
「ああ、そうだった。……ってクライヴ、着いて来てる?」
「……今のあなた方の話に、着いて行く必要ありますか?」
「まあそうか。じゃあ話を戻そう」
言うとライルはファルシナに、自分の傍にあった椅子を進めた。ファルシナは、蝶が舞うかのようなふんわりとした仕草で座る。
話し出したのはクライヴだった。
「さっきの話……ディアナの身が危なくなるような行為って、どう言うことですか?」
「ふーん。気になるのはそこか」
腕を組むライルに、クライヴは言った。
「前世を否定するつもりはありません。むしろ、あなたとディアナが前世で双子で、その時の繋がりが今も続いてると思った方がしっくり来るくらいです。そのつながりが、ディアナの身に起こる危険を事前に察知しているということですか?」
「少し違う。おれにわかるのは、ディアナがその時どんな状態でいるかだけ。たびたびだけど、おれの体がディアナの体調や感情と同調することがあるんだ」
ライルの言葉を聞き、クライヴは深く息をつく。ライルにはそれが、安堵からきているように見えた。
「………そう…だったんですか…。もう一つ、オランジュ嬢はなぜ、今あえてディアナの身が危なくなるような行動は一切しないという約束したんですか? まるで…前世でディアナの友人だったというオランジュ嬢が、ディアナに危害を加える可能性があるように思えます」
低い声でたんたんと問うクライヴに、ライルが目を閉じうなる。
「んー…。確かに、少し前までは、そうなる可能性はあると思ってた。でも今は、ほとんど心配してないよ」
前置きをしながらライルが告げた言葉は。
「まあでも、一応言っておくか。もしこれから、おれやお前がこちらのファルシナ嬢に恋をして、婚約者をないがしろにすると、クーデターが起きたり、隣国に攻め込まれたり、でっかい魔物に襲われたりするかもしれないから、気を付けてくれ」
「…………は?」
次回のタイトルは『バラしてみました。(千切りじゃないよ?)』で~す。
ディアナ「えっ…! まさかみのライル、わたしの穴があったら掘って埋めたいあーんなことやこーんなことをクライヴさまにっ…!?」
ライル「するか面倒くさい」
クライヴ「おれは聞きたいです」
ディアナ「えっ?!」
ライル「………物好きめ」




