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148話 5月24日 前世夢話とその影響

 彼女の茶色い巻き毛が、風にさらりとなびいていた。

 よく晴れた日の放課後、開け放たれた校舎の窓から降りそそぐ陽光を浴びながら、みのりは廊下にたたずんでいる。そのみのりの行く手を遮るように、彼女は前に立ちはだかっていた。

「―――さん?」

 みのりが知っている人物なのだろう。声をかけているようだけれど、肝心の名前が聞こえてこない。

 相手の顔も、もやのようなものがかかっていて見えないので、誰だかはわからなかった。

「柊さん、知ってる? あの噂」

「…うわさ?」

 みのりがこてんと首をかしげると、あきれたようなため息が聞こえて来た。

「本当に知らないのねえ~。鈍感力もそこまで行くと、たいしたもんだわ」

「……」

 たいしたもんだ、と言われても、あざけるような口調から、ほめられているわけではないのはわかる。

 これ以上話をしていたくなくて、みのりは言う。

「沙也ちゃんたち待たせてるから、行くね?」

 けれども彼女は、みのりが立ち去ることを許してくれなかった。

「あれ、聞いておかなくていいの? 大切なことだけど?」

 尊大な態度を取られ、みのりは首を振る。

「うわさとか、興味ないから」

「自分のことなのに?」

「うん…じゃあね」

 彼女の挑発的な口調に、ますますその場から離れたい気持ちが強くなる。

 みのりは、勇気を出して彼女とすれ違おう動き出す。けれどその前に、彼女は突き刺すような声で言った。

「柊さん、沙也ちゃんと――――て、―――――――るみたいよ?」

「…えっ?」

 彼女の言葉に、みのりが驚いて立ち止まる。

 思わず振り返ったみのりに、彼女はさらに言った。

「それなのに、――――――――の?」

「…!」

 みのりがひゅっと息を飲む。かたかたと震える手をもう片方の手で押さえてみるも、効果はまったくなかった。

 そんなみのりに、彼女はさらなる追い打ちをかける。

「柊さん、どこまで―――――の邪魔すれば気が済むの?」

「…!!」

 ……じゃま………。

 みのりはぎゅっと唇をかみしめると、沙也たちを待たせている教室とは反対の方向に掛け出したのだった。



 その日のディアナの目覚めは、非常に悪かった。

 めずらしく大量の寝汗をかき、さらには吐きたくなるような嫌悪感にもおそわれる。

 ……うわー…っ、何か、すっごく悪い夢見たぁー…。

 布団にくるまったまま、自分の体をぎゅっと抱きしめたのは、防衛本能なのだろうか。

「………、……」

 ……うわあ…まだ心臓どきどきいってる。そうとう体に悪い夢だな…。でも………。

 残念なことに。

 ……どんな夢だったか、ぜんっぜん思い出せないんですけれども?

 しきりに首をひねってみるけれど、まったく、ほんのかけらほども夢の内容を思い出せない。

 ……おかしいなあ…、こんなに冷や汗かくほど、いやな夢だったのにぃ…。

 うんうんとうなりながらしばらく考えたけれども、やはり思い出すことはなく。

 結局ディアナはあきらめて、ベッドから起き上がった。

 ……まあいいや。人間、いやなことが起きると、防衛本能が働いて忘れちゃうことがあるって言うし、それに夢なんだから、忘れたところで現実に影響ないでしょう。まあそうでしょう。うん。

 そう思うことで気を取り直したディアナは。

 ……そうだ、今日はクライヴさまとデ、……デート…っ! の日っ…!

 本日の予定を思い出すと、いそいそとベッドから降りてクローゼットへと向かうのだった。



 ディアナはささっと朝食を終えると、エントランスでクライヴを待つことにした。

 うすいピンク色のワンピースに身を包み、そわそわしながら椅子に座っていると、寮の扉のベルが鳴る。

「…!」

 嬉々として立ち上がり、扉を開けると。

 開け放たれた扉の向こうには、ディアナの愛しい待ち人が立っていた。

 真っ白なシャツに、春から夏にかけてのうすい空のような色のベスト、そしてグレーのパンツを身にまとったクライヴは、とてもさわやかだ。

「おはよう、ディアナ」

 何気ないあいさつをされただけなのだけれど、恋する乙女の目には、きらきらのエフェクトがかかって見える。

「おはようございます、クライヴさま…!」

 ほおを染め染め返すディアナ。その手をクライヴがそっと取る。

「昨日はよく眠れた?」

「はいっ」

 何やらもやっとした夢を見たような気がしないでもなかったけれど、きらきらクライヴを目の前にしたら、そんなのはふっとんでしまった気がする。

「じゃあ行こうか」

 クライヴがふっと笑ってディアナの細い手をすくい上げた。その時。

 ディアナの視界に、淡い水の色の髪の毛が飛び込んで来た。

「おはようございます。フィクトル様、サルーイン様」

 笑顔を浮かべながらディアナとクライヴの真横に立つのは、悪役令嬢のひとり。

「ダントンさま…。おはようございます」

「おはようございます、ダントン嬢」

 ディアナとクライヴがあいさつを返すと、悪役令嬢E、イルマ・ダントンは、無邪気そうな笑顔で言った。

「お二人は、これからおでかけですか? どこに行かれますの?」

「………」

 それは、意識せずに聞いていれば、ただの世間話のように思えるけれど。

 昨日、クライヴと出かけるときは自分も誘うようにと、しつこく言われていたディアナにとっては、いや~なことが起こる前ぶれのように思えた。

「まだ決めていないんです。ね、ディアナ」

 イルマの質問に、クライヴが答えた。するとイルマは、ぱちんと両手を胸のところで合わせて言った。

「じゃあ、三人で決めましょう」

「え…」

「そうですね…、今日はお天気もいいですし、遠乗りしてピクニックなんてどうですか? クライヴ様」

 はずんだ声で意見を述べるイルマ。

 ……というかダントンさま。すでにクライヴさまにしか話しかけてないし、わたしの存在、アウトオブ眼中だよね?

 しかも、遠乗りはクライヴが一番気に入りそうな提案だ。

 ……わたし、馬に乗るのあんまり得意じゃないからなあ……。

 ディアナもそれなりに乗馬はできるけれども、進んで乗るほどでもない。だから、ディアナの口からは、よほどのことがないと出ないだろう。

 ……ダントンさまは、クライヴさまの好みを調べていらっしゃるのかな? ていうか、またクライヴさまのこと名前呼びしてるしー…。

 人の婚約者の名前呼びは、この世界では常識はずれとも取られかねない行為だ。けれど。

 ……もし、この間のダンスパーティの時に、クライヴさまがダントンさまに名前呼びを許したんだとしたら………。

「………!」

 二人の仲が、前よりも親密になったんじゃないかと思ったとたん、ディアナの背筋に悪寒が走った。

 ……うわあ、今のぞわりって……風邪…?

 体の調子を確認しようとするディアナの頭に、ある言葉が聞こえて来る。

 ―――の? 

「……え?」

 ――――邪魔、するの?

「………えっ…?」

「ディアナ?」

 ディアナの異変にいち早く気づいたクライヴが声をかけるも、ディアナには聞こえていない。

 今、ディアナの意識は、脳内で響く不思議な声に、すべて持って行かれていた。

 ――――邪魔するの?

 ――――邪魔なのよ? わからない? 

 ――――邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔じゃま…………!

 まるで傷がついてしまったCDのように、何度も何度も繰り返されるその言葉に、ディアナの細い体がかたかたと震え出す。

「ディアナ?」

「――――っ…!」

 クライヴの問いにも答えず、いや、もしかしたら聞こえていないのかもしれない。

 ディアナは、両の腕で、自分の体をぎゅっと抱きしめた。

「ディアナ? どうしたの、具合でも―――――」

 ただ事ではなさそうなディアナの様子に、クライヴは熱でもあるのかとディアナのひたいに手を当てようとする。けれど、ディアナはとっさにその手を押し戻した。

「―――」

「も、申し訳ありません…」

「え…?」

「あ、あの…わたし、用事を思い出したので、えっと…、お出かけでしたらお二人で………」

「………」

 ディアナの突然の提案に、クライヴは言葉を失う。そのそばで。

「まあ…! そうですか。用事があるならしかたありませんね。クライヴ様、サルーイン様もこうおっしゃっていますし、今日は二人で出かけましょうか」

 ディアナの沈んだ声とは対照的に、はずんだそれで言うイルマ。

「クライヴ様、どこへ行きましょう? あっ、わたしちょうど欲しいものがあるので、お買い物にしましょうよ」

「――――ディアナ」

 うきうきと自分の意見を述べるイルマの横で、クライヴはディアナに告げる。

「医務室に行こう。顔色が悪い」

「え、ふわっ」

 突然浮遊感に襲われたかと思うと、ディアナの視界がいつもより高くなる。何が起きたのかと目をぱちくりさせるディアナのすぐそばに、クライヴの顔があった。

 ……わああ…! まさかの姫だっこ…!

「一応おれの首に手を回しておいて。落とさないけど」

「…! ……!」

 至近距離で言われて、ディアナは壊れた赤べこのようにこくこくと何度もうなずく。

「フィクトル様、早く医務室へ」

 クライヴに声を掛けたのは、ファルシナだった。いつの間にかエントランスにいたらしい。

「ああ。でもその前に―――――ダントン嬢」

「はいっ。何でしょうか? クライヴ様」

 クライヴに声をかけられ、うれしそうに応じるイルマ。何を言われるのかと、ほおを染めつつそわそわしている様子のイルマに、クライヴは言った。

「申し訳ありませんが、わたしには婚約者がおりますので、女性と二人で出かけるようなことはあり得ません。もしもあるとしたら何かよほどの――――それこそディアナの命を盾に取られて、脅されるような事が起きていると思ってください」

「…!」

「それと、何度も申し上げていますが、わたしの名前を呼ぶのは止めてください。あなたの住まう西南領は、フロンド王国と統一されてから日が経っていないので、まだ浸透していないのかもしれませんね。フロンド王国では、異性の名前を呼んでいいのは、家族と親しい友人、そして――――婚約者だけだと覚えておかれるといいでしょう」

 クライヴは冷ややかな声で言うと、悔しそうに唇をかみしめているイルマをそのままに、医務室へと歩き出した。

次回のタイトルは『傷痕』です。


ディアナ「名誉の勲章と呼べる傷があったら発表してください!」

アルテア「……ないですね」

ファルシナ「うーん、わたしも」

ディアナ「う…そうだよねえ…。貴族の女の子、めったなことでケガしないよね」

ヨハンネス「わたしはありますよ」

ディアナ「えっ、どこですか?」

ヨハンネス「指先に。……学園でうさぎに餌をあげていたら、噛まれたんです」

アルテア「まあ……」

ファルシナ「それもある意味、名誉の傷…?」

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