147話 5月23日 ライルのイベント封じ×四攻略対象者
その時クライヴは、怒濤の勢いで自分の座高よりも高く積み上げられた、生徒会の書類を片付けていた。
「まったく…、どうしてこんなくだらないことで諍うんでしょうねえ、ここの生徒は」
同じく書類と格闘しているレダンの文句に、まあそうだなとクライヴも思う。
いくら学園にいる間は身分差を考えないと言っても、やはり高位の貴族には自尊心がある。自分よりも下位の家の者を無理に従わせようとしたり、自覚はなくとも下位の者に無茶な命令を下したり。または下位の者が学園ではみな平等を逆手に取り、高位貴族を貶めようとしたりと、さまざまな問題が起こる。まあその他にも、倶楽部や同好会の活動許可やら課外活動許可などを出したり、次のダンスパーティの準備をしたりとやらなければいけないことはたくさんある。
クライヴは、それらの書類と、サンドイッチ片手に格闘していた。
「いやあ、せいが出るねえ~」
のんびりとした口調で言いながら、生徒会室に入ってきたのは、副会長のライルだった。
その両手には、長身の彼の顔が隠れるほどの書類を抱えている。
「……今日はだいぶありますね」
立ち上がってライルの手から書類を半分取りながら、ロナンドが苦笑いをする。
「そうだねえ……これを早急に片づけるとなると……。みんな、今日から明日の予定は?」
ライルが、在籍中の生徒会メンバーひとりひとりと目を合わせながら問う。
「わたしは、明日は一日外出の予定があります。そこは外せませんので、今日は午後から鍛錬をする予定でしたが、キャンセルします」
最初に答えたのはレダンだった。どうやら書類を片付ける気満々らしい。
「……そう。じゃあお願いしようかな」
「にしても、先生も休日だからってこんなに一気に書類を持って来なくても………」
積みあがった書類を見て文句を言うレダンに、ライルが答える。
「ああごめん。おれも最近忙しくてね。気がついたら書類がたまってたんだよ」
「えっ…、いえ、そんな…、殿下がわたしなどに謝罪する必要は………」
うっかりライルに詫びをさせてしまったレダンは、慌てふためき、口ごもる。
「まあ、全員でやれば、明日中には終わるよ。おれは二日とも夜は外せない用事があるので、朝から夕方にかけて仕事をします」
「そうか。ロナンドは今日の朝も鍛錬を休ませたな。すまない」
「いえ、休んではいません。時間をみつけて剣を握っていますから、ご心配なく」
「あいかわらず練習熱心だな。で、クライヴは?」
「今日一日書類作業をして、明日はできれば午前中から出かけたいと思っています」
「どこに?」
「えっ…」
行先を問われたクライヴは、すこし困惑した。ライルは基本他人に干渉しない人だ。実際、レダンとロナンドにはどこに行くか聞いていない。それなのになぜ自分だけ?
不思議に思うクライヴに、ライルはさらに訊ねてくる。
「で? どこに行くの? 陛下からのお呼びはかかってないよね?」
「はい……」
「じゃあ遠乗りかな?」
「ディアナが望むなら、それもいいかと」
クライヴが婚約者の名前を出すと、ライルの表情が変わった。
「明日は、サルーイン嬢と会うの?」
悪だくみをたくらんでいそうな顔から、年相応の少年の驚いた顔へ。
その変化を不思議に感じながらも、クライヴは返答する。
「ええ、そのつもりです」
「約束は? したの?」
「いえ……、生徒会の仕事の状況次第と思っておりましたので、まだ……」
ずずい、とライルに顔を近づけられて、クライヴは胸をそらす。けれど気持ち開けた距離を、ライルはさらに縮めてきた。
「なら約束しておいでよ。今すぐ」
「は…?」
「生徒会の仕事があるからって、婚約者をないがしろにするのはよくないよ?」
「は、はあ……」
「特に、君の婚約者はいわれのない嫌がらせを受けているしね。出来る限り傍にいた方がいいんじゃないのかな?」
「…!」
ライルの言葉に、クライヴは息を飲んだ。
確かに、警備が強化されたおかげか、最近のディアナは平穏に過ごしているようだけれど、血だらけの小鳥の骸をディアナの机に入れた人間は、まだ捕まっていない。
「そう…ですね…。少し席を外してもいいでしょうか? 魔伝鳥を飛ばします」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
言うとクライヴは立ち上がり、奥の休憩室へと入って行った。
その背中をしたり顔で見送るライル。
ロナンドは、ライル殿下は本当にサルーイン嬢を気に入っていらっしゃるなと思いつつ、仕事に戻る。そしてレダンは。
「ライル殿下は、なんて思いやり深い方なんだ…!」
と感動に打ち震えていたのだった。
朝食を終え、部屋に戻ったディアナは、ふと思い出していた。
……そういえば、今日から明日にかけて、ヒロインと攻略対象者のイベントが目白押しなんだよなー…。今日はロナンドさまの早朝素振りから始まって、午後から鍛錬室にいるレダンさまのところに行くと、おいしい紅茶を淹れてくださったり…。明日は明日で、朝からヨハンネスと公園ベンチイベントがあって、その後すぐにクライヴさまと遠乗りに……って!!
ディアナは、はっとすると両手でほおを押さえ、ぷるぷると首を振る。
……で、でも、ヒロインはファルめぐちゃんだし、クライヴさまに恋愛的な興味は持ってなかったみたいだから……。で、でもでも、クライヴさまはかっこいいから、ファルめぐちゃんも、やっぱり素敵…はぁとまーくっ。とか言って、好きになっちゃうかも…! だ、だめだめ! あのおめめぱっちり超キュートなファルめぐちゃんが本気を出したら、クライヴさまもあっという間に陥落してしまう…! いやでも、クライヴさまはわたしを……あ……あ……愛……(もにょもにょ)……って言ってくださったし、だ、だいじょうぶだよね…? きっと……?
何とかいい方に結論づけて、かくかくとうなずいてみる。
と、そこへかつんかつんと何かが窓をたたく音がした。
……ん? この音は…!
それが、すでに何度かやりとりをしたクライヴとの魔伝鳥と気づき、ぱたぱたと駆けて行く。
窓の外には、濃紺色の石の鳥がいた。
商人が持って来てくれた数十種類の中から、ディアナが選んだものだ。
……だって、クライヴさまの瞳の色に、一番近かったから。
クライヴは、ディアナがいいならそれでいいと言ってくれたけれど、ライルは半開きの目でディアナを見ていた。
……まあ、みのライルは、わたしが明るい色が好みって知ってるからねえ……。クライヴさまになぞらえたことは、確実にばれてたな。まあみのライルにあきれられようが、今さらまったく気にならないけれどもー。
そんなことより、とディアナは嬉々として窓を開け、魔伝鳥の嘴をこちょんとたたく。
すると、石の鳥の小さな口がぱっかんと開いた。
……う~ん。何度見ても、魔力を通しただけの石の口が、いったいどうしたらこちょんするだけで開くのか、不思議でならない…。
わからないことはライルに聞くとして、と、ディアナは鳥の口の中にある小さな紙を取り出す。
四つ折りにされたそれを開き、手紙に書かれた内容を読むと。
「………やっ……たあ~っ!」
手紙をにぎりしめて、ぴょこんぴょこんと室内を跳ねまわる。
もしこの光景をライルかファルシナが見ていたら、きっと、ディアナの頭にうさぎの耳の幻影が見えたことだろう。
「わあ~、わあ~、どうしよう。明日何着ようかな? あっ、ちょうど今日はアルテアさまとお買い物に行く約束をしてるから、かわいいのがあったら買っちゃおう~っ」
……でも、さっき、ちょっとアルテアさまの心の傷にふれちゃったみたいだから……一緒におでかけしてくださるかな?
ふと立ち止まったディアナの耳に、こん、こん、とドアをノックする音がする。
……! この上品な音を出せるのは、あの方しかいらっしゃらない…!
ディアナが、ぱたぱたっと部屋をかけ、がちゃりと部屋のドアを開けると、そこには、にっこりと笑顔を浮かべたアルテアが立っていたのだった。
次回のタイトルは『前世夢話とその影響』です。
ディアナ「………?」
アルテア「どうなさったのですかディアナ様、胸を押さえられて」
ディアナ「……え、ええ、ちょっと…?」
イルマ「まあ確かにサルーイン様の胸はこぶりだとは思いますけれど、気にされるほどのことでも……あるかも?」
ディアナ「! ぴえん~」




